第13話 水曜日の朝

 あの、文字通りの悪夢の初日から一週間目にしてやっと熟睡ができた。

 夕方から爆睡したので、十二時間以上は寝た計算になる。こんなに寝たのは学生依頼だ。

 爽やかに目覚めた俺は顔を洗い、何時もの牛乳パックを飲み干す。

 今日は朝から面接だ。

 あの場の勢いで返事しちゃったけど、後から考えたら不安でいっぱいなんだが……。

 俺、ちゃんと心霊現象と向かいあえるのかな?


 髪を整えた後、モーニングルーティンの一環であるネットニュースをチェックしようと、スマホを手にした。

 今日から自分の担当商品のエゴサは必要ない。何だかすげー物足りない寂しさを感じる。決して喜びのコメントは俺に宛てられたものではない。それでも俺は自分が褒められているようで嬉しく感じていた。別に俺が褒められる要素なんて一切なかった訳だが……。


「あれ?」


 なんかスマホの動作がやたら重い。

 こんな事は始めてだ。

 まさか……いや、バレリアさんのネット霊障は無くなったはずだ。今度こそ誰かのハッキングか?

 俺は慌てて原因を調べる為に[設定]を開き、[ストレージ]を確認した。

 空き容量が、ほぼ無くなっている。

 何故だ。

 昨日まで空きは、たっぷり有ったはず。

 どうやら原因はフォトファイルだ。

 俺は慌ててファイルを開く。

 そこには……。


「な、何だこれはっ!?」


 フォトファイルの中は、どこからかダウンロードされた鼠の画像で埋め尽くされていた。

 いや、鼠の画像だけでは無い。

 チュルチュルやカリカリなどのニャンコのエサの画像も沢山保存されている。

 勿論、俺はこんな画像を集める趣味はない。

 こんな事する犯人は、奴しかいない……。


「モバの奴……これ、いちいち俺が全部消去しないといけないのかよっ!」


 朝から新たな職場仲間のネット霊障に遭うとは、なかなかの洗礼ではないか。画像プレゼントなら、せめてご当地ラーメンとか人間の食べ物にしてくれよ。


「ん?」


 画像を消去している最中、他とは異なるムービー画像が混じっているのに気付いた。

 そのムービーには課長や長谷川といった営業部の同僚らが映っている。

 場所は知ってる居酒屋で、どうやらそこの防犯カメラの映像みたいだ。

 映像を流してみると、十日ぐらい前の飲み会の現場だと分かった。俺も誘われたけど仕事が残ってたので断わった奴だ。


「何でモバは、こんな物まで持って来たんだ?」


 俺は暫く、その映像を見ていた。

 課長は長谷川達に対して「お前らのやってる営業はAIでも出来るんだよ。穴戸みたいに魂の籠もった営業をやってみろ。失敗してもいい。失敗を繰り返して成長するのが人間だ」とか言ってる。こりゃソコンさんがコッソリ混ぜたんだな。


「課長……ご期待に添えず、本当にすいません」


 思い返したら課長には俺の尻拭いばかりさせて、すげー迷惑掛けてた。後で会社に行ったら真っ先に課長に今迄お世話に成ったお礼を言い、次の就職先が見つかった事を報告する。その時、「今度の上司も課長みたいに口が悪いですが、根は凄く良い人です」と笑いながら伝えよう。


「さて、着替えますか!」


 俺はスマホをテーブルに置くと、クローゼットに向かい、扉を開けた。

 そしてクローゼットに中に潜んでいた女性と目が合う。


「どわああああああぁぁぁ?!」


 思わず大声で叫びながら後退りし、そのまま尻もちをつく。マジで心臓が飛び出すかと思ったぞ。


「バ、バレリアさん……なんで?」


 相変わらず無表情のバレリアさんは、俺を黙って見下ろしている。

 どういう事だ?

 交渉は成功したんだろ?

 なぜ戻って来たんだ?

 まさか……まさか、地元の警察が証拠を信用せずに動いてくれなかったのか?

 そうだ、たぶんそうに違いない。


「バレリアさん! ソコンさんにもう一度お願いしてみます。警察が動いてくれないなら、別の方法を一緒に考えましょう」


 俺がそう言うと、バレリアさんの口が小さく動いた。


「アスタ・ルエゴ……イッパイ、アリガト……」


 語学力がない俺でも、それが別れの挨拶なのは理解できた。

 俺が頷くと、バレリアさんは見つめたまま軽く手を上げた。そして彼女の全身にカラフルなグリッチノイズが発生したと思ったら、そのまま目の前から消えた。


「アディオス……アスタ・ルエゴ。あなたの冥福を祈ります」


 俺は別れの挨拶を告げた後、ゆっくり立ち上がってクローゼットに仕舞っていたノートパソコンを取り出して調べてみた。既に電源は切れている。俺は、そのままパソコンを鞄に入れると、スーツを羽織り、何時もの派手なネクタイを結んだ。


「やべっ! もう、こんな時間だ。面接日から遅刻は不採用に成るぞ!」


 急いで履歴書と退職届をポケットに入れると、誰も居なく成った部屋を後にした。

 今日から俺は、電網霊媒師の見習いアシスタントとして、霊界も含めたグローバルな社会に貢献する事を目指して生きていく。



[この事件ファイルは解決した為、過去ログに保存されました]

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