第10話 火曜日の朝

「本当にすいませんでした。これ手土産です」

「何だこれは? 土産が牛乳に明太子おにぎりだと?」

「まだコンビニぐらいしか開いてなかったもんですから……」

「それにしても組み合わせってもんが有るだろ!」


 朝六時にメールがまともに送信できるように成ったので、速攻でソコンさんにマンションに向かう旨を伝えた。

 そして四〇四号室の扉を開けると、ソコンさんは心底嫌そうな顔で出迎えてくれたのだ。

 昨夜はコッソリ助けてくれたのに、ツンデレな人だなあ。


「何言ってんだ? 助けた覚えねえぞ」

「えっ? だってモバが……」

「ああ、だったらモバが勝手にやった事だ。俺は本当に知らん」

「ど、どういう事ですか?」

「モバは生前、俺の飼い猫だったが、今はペットじゃなくて仕事の相棒だ。だから昼は大概俺のパソコンやスマホの中に居るが、夜は自由に他人のパソコンの中に遊びに行く。たまたま昼間に覚えたお前さんのスマホに遊びに行ったら、先客が居たので追い払ったんだろ」

「ちょ、ちょっと待って下さい! 生前って事は、まさかモバもデジタルスペクターなんですか?」

「そうだよ。電子の化け猫アパリションキャットだ」


 AI搭載のCGキャラじゃ無かったのか。

 俺、お化けにお化けから助けてもらったの?

 何か複雑な心境。


「で、どうすんだ? もう一度仕事の依頼するなら今日の相談料も貰うぞ」

「勿論構いません。除霊をお願いします!」

「除霊?」

「はい。バレリアさんの魂をお祓いして下さい」

「お前さん、何か勘違いしてないか?」

「勘違いとは?」

「俺は神仏の存在を否定しないが、『ふーん、居るんだ』程度で崇拝なんかしていない。そんな俺がお祓いなんか出来るわけないだろ」

「えっ? でも霊媒師さんなんでしょ? 除霊をするんじゃ……」

「霊媒師はミディアムだ。言わば仲立ち人だ。相手の霊と交信をするのが仕事だよ」

「ええっ?! じゃあ、俺はどうやったら救われるんですか?」

「だから交信して相手と交渉するんだよ。何でもかんでも除霊をするのは、俺の性に合わねえ。相手の意見も聞いてから考えようぜ」

「もし、その交渉が成立しなかったら?」

「まあ、そんときは、そんときだ。別に俺は困らん」


 答えに成って無いんですけど。

 バレリアさんと交渉?

 俺から離れてくれるように、交渉するんだよね?

 勿論、相手は条件付けてくるだろう。

 嫌な予感しかしないんですけど。


「あ、あのー……護衛役にモバを貸してもらえるとか、できないですか?」

「俺の相棒なんだから四六時中貸せるわけないだろ。さあ、始めるぞ。用意は良いか?」

「よ、用意って?」

「先ず、チャネリングと言ってパソコンを使って奴の居場所を特定し、コンタクトを取る。周波数が合えば反応してくれるはずだ。恐らくコチラに現れる」

「わ、わざわざ呼び出すんですか? いや、テレワークで済ましたらよい仕事でしょ? 遠方から御足労願わなくても……」

「直接来ていただいた方が話が早えだろ。そんなにビクビクすんな。相手はただのエネルギー体だ。例外も有るが、通常は生きた人間の方が強い。虫ケラだと思えば良いんだよ」

「いや、亡くなった御方にそんな無礼な気持ちに成れません」

「とりあえず虫ケラには人を殺せない。安心してソファに座っとけ。何か見えたり聞こえたりしても無視しろ。交渉は俺がする。いいな」


 そう言ってソコンさんはデスクチェアの方に座り、卓上のパソコンを起動した。

 俺は又あの恐ろしい姿を見ないといけないのか?

 勘弁してよ。頼むから怖い姿で脅かさないでくれよ。


 ソコンさんがキーボードやマウスを動かし始めてから二十分が経過した。

 その間、俺はソファに座り、固まったまま緊張と戦っていた。

 ソコンさんはやけにゆっくりとタイピングを行なっている。

 霊との交信だから慎重の上に慎重を期しているのだろう。

 部屋の中は静粛し、ソコンさんのボードを叩く音だけが、まるでアナログ時計が時を刻むかのように小さく響く。


「おい、キューってどの辺だ!」


 ソコンさんが突然叫んだ。

 キュー? キューとは何だ?

 何かを探る暗号の数字か?


「アルファベットのQだ。キーボードのどの辺だ。右側か? 左側か?」


 Qの位置?

 ま、まさか……この人、インターネット専門の霊媒師と豪語したのに、ブラインドタッチも出来ないのでは……ひょっとしたら俺よりパソコン苦手?


「あー、有った、有った。スマホばかり使ってると忘れるよな。アルファベット順に配列しろってんだ」

「あ、あのー……」

「何だ?」

「本当に大丈夫なんでしょうか?」

「心配すんな。相手の素性は分かってんだ。取り逃がさねえよ。俺は電網霊媒師だ」


 本当に大丈夫か?

 そもそも交信が取れても、こんなパソコン音痴な人をバレリアさんが相手にするのか?

 不安で仕方ないのだが……。


「よし、繋がったぜ」

「本当ですか?」

「ああ、もうこのパソコン内に居る」

「へっ? も、もう、そのパソコン内に?」

「これから奴とチャット形式で会話する。向こうも日本語が分からないだろうから、翻訳しながらだな。時間はかかるぜ」


 何か拍子抜けした。

 パソコンの中かよ。

 だったら、あの怖い姿は見なくて済むんだ。

 なーんだ。ちょっと安心……ではない。


「ソ、ソコンさん……」

「どうした?」

「この部屋にソコンさん以外の人は住んでいますか?」

「いや、俺一人だ」

「じゃあ、あれ……誰です?」


 奥の部屋へと繫がる扉の前に、いつの間にかフードパーカーを着た女性が、ポケットに両手を突っ込み、俯向きながら立っている。

 フードを深く被っているので顔ははっきり見えないが、服装は昨晩ネットカフェで出会った方とまったく同じ物を着ていた。

 勿論、トラウマに成ってるので俺の身体は自然と小刻みに揺れる。


「見えるのか?」

「ひゃ、ひゃい……」

「残念ながら俺には見えない」

「えっ? いや、あの扉の前ですよ!」

「俺は他の霊媒師と比べたら霊感はそれほど強くない。パソコンでコンタクトを取るのは得意だが、リアルに見たり聞こえたりするのは得意じゃないんだ」

「そ、そんな。だって長谷川にも見えたぐらいですよ。俺も今、しっかり見えてます」

「霊感が強くなくても、チャンネルが合えば見える人間はいる。その長谷川って奴はたまたま見えちまったんだろ。心配すんな。奴はお前さんをビビらす為、脳に電波を送って幻覚を見せてるだけだ」

「け、けど……」

「奴がお前さんが眠っている時に悪夢を見せたり、金縛りに合わせたりするのは、脳の活動が休んでいる時の方が、電波を送って操りやすいからだ。お前さんが起きている時は、脳に深く干渉できない」


 な、何だ、そうだったのか。

 必要以上に怖がり過ぎてた。

 目を瞑って交渉が終わるまで遣り過ごそう。

 うん。

 うん。

 うん。

 アレ?


「ソコンさん……」

「何だよ。うるせーな。集中できねーじゃねえか」

「目が……目が瞑れません」

「はあ?」

「あっ! 身体も動かせません。金縛りに合ってます。なんか、すげー操られてる感あるんすけど……」

「何だと?」

「でも、殺されたりはしませんよね? だって、相手は虫ケラですもんね」

「……アナフィラキシーショックて知ってるか?」

「はい。確か、何らかのアレルギー物が体内に入った時に身体が過敏に反応するやつですね。大変危険で、スズメバチなんか2回以上刺されたら死に至るケースも有るとか聞きました」

「つまりだ。虫ケラでも人を殺せる奴は居るって事だ」

「んーと……ソコンさん。『殺せない』って言ってませんでした?」

「例外もあるって言ったぞ」


 扉前に立っていた、その例外らしきバレリアさんは、被っていたフードを払うように脱ぎ、赤い髪を顕にした。

 そして不気味な笑みを浮かべると、ゆっくり俺に近づいて来る。

 全身にグリッチノイズを纏いながら……。

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