第7話 デジタルスペクター
バレリアさん?
この記事を見ると一週間、いや、もうこのニュースから四日経ってるから少なくとも十日前には亡くなっているはずだぞ。
なんで、そんな亡くなって数日経った人が、俺のパソコンをハッキングできるんだ?
「ソコンさん、どういう事なんですか? どうして死んだバレリアさんがハッキングできるんです? 説明してもらえます」
「
「デジタルスペクター?」
「
「はい?」
「お前さんは運が悪く、偶々この新聞記事に
駄目だ。どうしても理解できない。
まさか俺のパソコンをハッキングしたのは、お化けだと言いたいのか?
冗談だよね?
「ちょーっと待って下さいね。よしんば俺のパソコンをハッキングしたのが亡くなったバレリアさんだとしましょう。けど、何で普通の新聞サイトから、わざわざ遠い日本にやって来たんですか? 俺、アメリカに行ったこと無いですし、この人とは何の縁もゆかりも無いんですよ。それなのに何で俺のパソコンに取り憑くんですか?」
「そこがデジタルスペクターの厄介なとこだ。今までの幽霊なら死んだ場所や墓など、生前にゆかりの有る場所や記憶した場所にしか現れる事はない。浮遊霊にしても人間、又は人形や物などに取り憑く事でしか遠くに移動する事はできないんだ。アフリカで丁髷した侍の幽霊を見たとか聞いたことないだろ。だが、デジタルスペクターはインターネットを介してゆかりの無い場所にも移動できる。それこそ一瞬で地球の裏側までもだ。心霊スポットに行ったわけでもないのに、ある日突然見知らぬ幽霊に取り憑かれるって事さ。通信ケーブルでの交信範囲が広がって多様化、複雑化すると、霊の行動も加速し、影響範囲も広がる。これを懸念したからこそエジソンやテスラはスピリットフォンの研究を断念した。だが、インターネットがそのスピリットフォンの役割りを果たしちまってるってわけだ」
「だ、だったら何故そんな噂を耳にしないんです? パソコンを介してお化けが出るのなら、もっと世間で騒がれても……」
「パソコンババァって知ってるか?」
「パソコンババァ?」
「放課後、学校のパソコン室に出るという妖怪さ。全国の学校で噂は既に広まっている。夜中にパソコンが勝手に起動し、女の姿が映ったり、声がしたりする現象が度々目撃されているんだ。そのパソコンに近付き、画面を覗き込むとパソコンの中に引きずり込まれるそうだ。俺はこれを只の都市伝説とは思っていない。夜中に人気が無くなるパソコン室は、奴等の絶好の棲み家だからな。昔は理科室や音楽室が定番だったが、今やパソコン室が学校のお化けの溜まり場さ」
おいおい、学校の怪談が具体例に出ちゃたよ。
エジソンの名前が出た時は、うっかり信じかけちゃったけど、流石にそれは……。
そうか。これ、新手のスピリチュアル詐欺なんだ。
百条さんは、この詐欺師さんの信者さんだったんだな。
昭和や平成のオカルトブームだった頃は、こういったスピリチュアル詐欺に高学歴の人でも引っかかっていたと聞いた事がある。
今は令和なんだし、ちょっとググれば分かりそうなもんだけど、それでも信じてしまう人は居るんだな……。
俺も藁をもすがりたい心境だったから、危うく引っかかるとこだったよ。
別の人、探そ。
「このバレリアって女は、生前にマフィアを怒らせるぐらい掲示板に書き込みをしているところを考えると、たぶんネット依存症だったんだと思う。そういった人物の方がデジタルスペクターに成りやすい。犯人はこの女で十中八九間違いないだろう。さて、ここまでが相談料の二万円だ。ここから交信するには危険が伴うので八万円――」
「あー、いいです、いいです。犯人が分かっただけで十分です。ありがとうございました」
「いいのか? 俺は別に構わないけど」
「はい。犯人が分れば後は自分で何とかします」
「自分で? お前さん、どうするつもりだ?」
「どうするって?」
「パソコンを神社か寺に持ち込んで、お祓いを頼んでも無駄だぜ。端末に奴等は留まっていない。どっかのサーバーに一時逃げ込むだけだ。アドレスを変えても、初期化しても、端末を買い替えても無駄。一度取り憑いたら痕跡を探って再びやってくるぞ。それに日本はインターネットの普及が遅れた分、デジタルスペクターの知識を持った霊能者はまだ少ない。紙切れの御札や生半可な除霊は効果がないんだ」
「ご忠告ありがとうございます。大丈夫です。あ、宛がありますから……」
「そうか。なら、俺もこれ以上何も言わねーよ」
ここは適当な事を言って逃げよう。二万円は勉強代だ。これ以上この人と関わってはいけない。
俺は謝礼を払うと、急いで部屋を出て行く事にした。帰り際に「俺の事は口外すんなよ」と釘を刺されたが、大丈夫ですよ。こんな変な詐欺に有ったなんて、恥ずかしくて他人に言えませんから。
しかし、あの猫のキャラを送り込む技術なんか凄かったのに、今のスピリチュアル詐欺はけっこう手が込んでるんだな。サイバー警察の人が騙されるぐらいだもんな。
とりあえず今日はもう遅いので、自宅に帰ろう。明日、犯人を見つけてくれる本物のエンジニアさんを自分で探すんだ。
俺はそう思いながら、その古びたマンションを後にした。
近場の駅に向かって歩いている最中、ポケットから「ニャア」という声が漏れた。
慌ててポケットからスマホを取り出すと、画面にはあの白黒猫が鼠の画像を咥えて映っている。確か名前はモバだっけ。
「なんだ、お前まだ居たのかよ」
これ、どうやって削除するんだ?
とりあえずモバの頭をなぞってみたが、消えるどころか「ゴロゴロ」言いだした。
やっぱ、可愛いな。
このアプリが正規の物なら俺もインストールしたくなってしまうじゃないか。
「もう鼠の写真はいいから、お家に帰んなさい」
そう言うと白黒猫のモバは再び「ニャア」と、一言鳴いてから画面をフェイドアウトしていった。
AI機能を搭載されてるのかな。お利口さんだ。
「はあー、しかし色んな事有った一日だったなー。情報量が多すぎて脳みそワヤクチャだ。部屋に返って一度頭の中を整理しよう」
俺は疲れ切った表情で天を仰いだ。
そう言えば朝から何も食べていない。
見上げる空は既に黄昏時を告げていた。
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