第6話 スマホの中の猫

 俺は数秒固まった。

 この人が斎波ソコンさんで有るのは理解できたが、自慢げに言い放った「デンモウレイバイシ」という単語が、どうしても理解できなかった。

 レイバイシとはやはり、ご先祖様の霊と会話したりするシャーマン的な、あの霊媒師の事なのだろうか?

 インターネット専門の霊媒師?

 なんじゃそりゃ?

 いや、待てよ……そうか!

 専門家でも探すのが難しい、厄介で恐ろしいコンピュータウイルスを幽霊に例え、その困難なウイルスをも見つけてくれる優秀なエンジニアを業界用語で電網霊媒師でんもうれいばいしと言うんだ。これに違いない。


「簡易的な契約書だ。読んでサインしてくれ」


 ソコンさんは応接セットの机の上に紙の契約書を乗せた。ペンは見当たらないので自前で出さないといけないようだ。


「電子契約書じゃないんですか?」

「紙じゃないと信用できないからな」


 エンジニアさんとの契約だからとて、電子契約書にサインするとは限らないようだ。

 書面を読むと交信により不具合が生じても責任は取らない等の内容が書かれていた。

 そして気になる金額は相談料二万円、交信料八万円、別途諸経費代と書かれてある。

 相場が分からないので、この値が高いのか安いのか判断できないが、俺の疑いが晴れ、巫山戯た犯人が捕まるなら安いもんだ。

 俺は納得のサインをした。


宍戸ししどロクか……」

「あ、穴戸あなどです」

「……紛らわしいな。フリガナ振っとけ」

「すいません」

「珍しいが、本名か?」

「はい。斎波さんは違うんですか?」

「ソコンでいい。俺のは偽名だ。狙われるので出来るだけ身バレしたくないからな」

「なるほど。そうですね」

「トユキの紹介だったな。ロク君よ、厄介そうな依頼なのに手土産の一つも無いのか?」

「す、すいません。気が利かなくて……」

「チッ。まあいい。そのかわり茶は出さないぞ。それで症状は?」

「はい。実は――」


 俺は木曜日の夜中から今日の朝までの顛末を事細かく話した。ソコンさんは腕を組みながらしっかり聞いてくれている。俺の話を疑わずに信じてくれてるようだ。


「だいたい分かった。ところでお前さん、顔色が悪いが眠れてないのか?」

「はい。どうもこの四日間、夜中にパソコンが稼働しているせいで睡眠不足なんです。ファン音とかが眠りを妨げてるんですかね?」

「夜中に変な夢を見てないか?」

「そう、そうなんですよ。起きると夢の内容は頭ん中からすっかり消えてるんですが、寝汗びっしょりなんで悪い夢を見てると思うんです。やっぱり目の下のクマが気になりますか?」

「金縛りは?」

「えっ? はい。な、成ります……」

「そうか。今、死体の写真は持ってるか? 有るなら見せてくれ」

「は、はい。あっ! そういえば肝心のノートパソコンがまだでしたね。これが――」

「そっちはいい。どうせ今は、もぬけの殻だ。スマホで事足りる」

「へっ?」


 俺は上司から預かった例の五枚の写真をソコンさんに見せた。するとソコンさんは鋭い眼光で写真を一枚一枚睨みだした。まるで鑑定士が絵画を品定めするかのように。


「お前さん、最近海外旅行に行ったか?」

「最近ですか? 半年前に研修でシンガポールに行ったぐらいですかね。それ以外は一年以上前です」

「そうか……」

「やっぱり、その写真本物なのですかね? まさか俺のパソコンを乗っ取った犯人が、その女性を殺したって事じゃ……」

「さあな。とりあえず痕跡を残してないか調べさせてもらう。この契約書の下段に書かれてるメールアドレスが、お前さんのスマホのアドレスだな?」

「はい。パソコンと両方書いときました」

「今から俺の相棒バディを送る。スマホの中を調べさせてもらうぜ」

相棒バディ?」


 ソコンさんは自分のスマホをポケットから取り出すと、俺のアドレスを入力したようだ。

 そしてスマホに向かってこう言った。


「誰か居ないか探してくれ。頼んだぞモバ」

「モバ?」


 いきなり俺のスマホが「ニャア」と鳴いた。

 着信音?

 そんな着信音を設定したアプリ有ったけ?

 慌ててスマホを見ると、画面に覚えのないアニメキャラクターの猫が映っていた。まるでパンダみたいに目の周りと耳が黒い。白黒のハチワレ猫のCGキャラだ。その猫キャラは挨拶するかのように、もう一度「ニャア」と鳴くと、尻尾を振りながら待ち受け画面内をウロウロしだした。アプリのアイコンをクンクン嗅いだり、ポンポン叩いたりする仕草がとても可愛い。良く見ると白黒猫は尻尾が二本有り、白い尻尾と黒い尻尾に綺麗に分かれている。

 マチキャラか?

 いやいや、そんな設定はしていない。

 どういう事だ?


「その猫が相棒のモバだ。お前さんのスマホに異常がないかを調べてくれている」

「このキャラクターが、ウイルススキャンをしてくれてるんですか?」


 このスキャン猫ちゃんのアプリをインストールしていないのに、こんな事ができるとは、流石は一流エンジニアだ。

 しかし、ソコンさんは一見強面なのに、こんな可愛いキャラを使って仕事するんだ。すげー意外過ぎ。絶対ギャルからは、ギャプ萌で「カワヨォー」とか言われてモテるんだろうな。俺がこんなキャラをスマホの待ち受けにしてたら「キッショ」とか言われそうだけど。


「やはり手掛かりは無さそうだな……」


 ソコンさんが自分のスマホを覗きながら呟いた。よく考えたら猫ちゃんをスマホから遠隔操作してるんだよな。それも凄い。


「やっぱり痕跡は無いんですか?」

「いや、痕跡は有るみたいだ」

「本当ですか?」

「ただ、相手を特定する手掛かりがない。何か手掛かりが無いと、コンタクトを取るのが難しいんだ」

「そうなんですか……」


 俺は少し項垂れながら再びスマホの画面を見た。そこには――。


「うわああああぁぁぁ!」

「どうした?」

「ね、ねずみが……」


 スマホの画面いっぱいに、リアルな鼠が映っていた。

 ハッカーだ!

 きっと俺を陥れたハッカーが鼠の画像を送ってきたんだ。

 くっそー、揶揄からかってやがるのか?

 これは明らかに「見つけられものなら見つけてみろよ」という犯人の挑発だろ。


「ああ、それはモバのプレゼントだ」

「へっ? モバのプレゼント?」

「猫は気に入った人間に鼠をプレゼントする。お前さん、モバに気に入られたんだよ」

「ちょ、ちょっと悪い冗談やめて下さいよ! 俺、鼠は超苦手なんですから……」


 なんだよ。ソコンさんの悪戯かよ。てっきり犯人の仕業だと思ったじゃないか。

 しかし、どうしよう。この人でも見つけられないなら誰を宛にすればいいんだ。

 待てよ。そういえば、この間見たサイエンスニュースでアメリカの有名なエンジニアさんが来日するとか……。


「ソコンさん。サイエンスニュースで日本に有名なエンジニアさんが来日する記事を見たんですが、その人とお知り合いじゃないんですか? もし、お知り合いなら、何か良いアドバイスとか貰えないですかね?」

「サイエンスニュース? それは海外のウェブニュースか?」

「はい。俺、健康食品の会社に務めてますから、毎朝欠かさずニュースチェックをしてます。世界的な動向を調べる為に海外のウェブ新聞も購買してるんですよ。英語あんま得意じゃないんで翻訳版を読んでますけど」

「英語って事は、アメリカのウェブサイトにアクセスしたのか?」

「は、はい。でも大手メディアのサイトですから怪しいサイトじゃないですよ」

「最近そいつにアクセスしたのは何時だ?」

「うーん……確か水曜、いや木曜日だったかな……」

「そのサイトを教えろ」

「は、はい」


 俺は言われた通り何時もの新聞社の名前を教えた。

 ソコンさんは黙ってスマホで調べだす。

 新聞社のサイトからウイルスが入ったとは考えにくいが、何か引っかかるものが有ったのだろうか?


「見つけた。これだ」

「えっ?」

「写真に写ってる死体の女、こいつだろ?」

「あっ!」


 ソコンさんに見せてもらったスマホの画像は、俺が言った新聞サイトの事件欄の記事を拡大したものだった。赤っぽい髪はまさしく遺体の女性と同じで、顔の輪郭も似ている。恐らく同一人物だろう。

 俺も自分のスマホでその記事を開いた。

 どうやらアメリカで起こった殺人事件のようで、事件の内容はこうだ。


 一週間前、アリゾナ州の郊外のとある廃墟ビルで、女性の惨殺死体が発見される。

 被害者はヒスパニック系アメリカ人のバレリア・ソトさん。

 バレリア・ソトさんは匿名掲示板にて、マフィアの批判を常日頃書き込んでいた為、報復と見せしめで殺害されたのではないかと、警察は考察している。

 なお、この事件は現在捜査中で、犯人はまだ捕まっていない模様。


「よく見つけましたね! 間違いなく被害者の女性はこの人ですよ。じゃあ、あの写真が本物なら、俺のパソコンをハッキングしたのは、このバレリアさんを殺したマフィアなんですかね? 犯人が海外のマフィアかあ……厄介だなー」

「いや、たぶん違うな」

「えっ? でも現場の写真を持ってるのは犯人か警察位しかいないんじゃ……あっ、そうか! ハッカーだからマフィアのパソコンから画像を盗んだんだんだ。なるほど……」

「違う。そうじゃない」

「ええっ? じゃあ、いったい誰が遺体の写真を俺のパソコンに仕込んで、ばら撒いたんですか?」

「お前さんのパソコンを使って写真をばら撒いたのは恐らく……」

「恐らく……」

「この殺されたバレリアという女、ご本人だ」

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