第4話 サイバー警察
テレビも娯楽雑誌も置いてない六畳ぐらいの狭い一室に、俺は長い時間待たされていた。その間も、こんな目に遭わした犯人が誰なのかをずっと考えている。
何か俺に怨みがある奴か?
思い当たる節がない。
そもそもがプロのブラックハッカーの仕事だろうから、会社その物に嫌がらせをしたかったのでは?
一番考えられるのは誰でも良かったという愉快犯だが……。
答えに辿り着かないまま時間を消費していたら、待ちかねたノック音が耳に届いた。俺が「はい」と返事をすると、グレーのパンツスーツをクールに着こなした、いかにも辣腕警官って感じの綺麗な女性が入ってきた。
「お待たせ致しました。今回の事案を担当させていただきます、生安部サイバー企画課の
「穴戸録です。宜しくお願いします」
俺は今、警察署内に有る総合相談室に居る。
あの後、結局上司には俺の言い分が通らず、処分保留のまま暫く休暇を言い渡され、自分で身の振り方を考えて来るよう言われた。
なので会社を後にした俺は直ぐにパソコンとスマホを持ち込んで警察署に相談に来たのだ。
「穴戸さん。もう一度お伺いします。不審なサイトにアクセスした記憶、及び怪しいUSBメモリーなどの外部ストレージを接続した覚えは本当に無いんですね?」
「はい……たぶん……」
「結論から申しますと、各サーバーの履歴を追って調べてみても、穴戸さんのパソコンからはウイルス等のマルウェアは発見されませんでした。ファイアウォールやプロキシサーバーのログからも不正通信の痕跡は確認されません。遠隔操作で痕跡を全て消したのかも知れませんが、現段階では穴戸さんのパソコンは正常で、画像も夜中に穴戸さん本人が送ったとしか考えられません」
「そんな筈ありません! 間違いなくハッキングされてたんです! あの遺体の写真を勝手に俺のパソコンから送った奴が、何処かに居るんですよ!」
「その写真の件なんですが、幾つかお聞きしたい事が有ります。よろしいでしょうか?」
「は、はい。何でしょう?」
警察には社内や得意先に送信された画像のコピーは渡して有る。百条さんはその五枚のコピーを机の上に置いた。相変わらず俺はその無残な女性の姿を凝視できない。
「この写真の女性ですが、髪が赤みがかっています。自毛で有れば骨格の特徴からも西洋人かハーフの方だと思われますが、本当に心当たりないですか?」
「はい。赤い髪の人なら印象に残るでしょうから、知り合いではありません」
「そうですか。実は先ほど預かった穴戸さんのスマホを調べた所、この写真は木曜日の深夜、正確には金曜日の午前三時頃に、穴戸さんのスマホで直接撮影されたものだと分かりました」
「えっ? ど、どういう事です? 意味が分かりません?」
「つまり夜中に貴方がこの現場をスマホで撮影し、その画像を一度貴方のパソコンに転送してから、会社の人達に送ったと思われます」
「そんな馬鹿な! 夜中の三時は俺、自宅で寝てましたよ。一度目を覚ましてパソコンが起動しているのは確認しましたが、スマホは触ってもいません。撮影なんて出来るわけ有りません!」
「それを証明できる方は?」
「……い、居ません。でも、あの日は仕事が終わったら真っ直ぐ自宅に帰りました。夜の十時には部屋に戻って、それから一歩も外に出て居ません。この写真の撮影場所は明らかに俺の部屋じゃ有りませんよ。調べてみたら分かります」
「承知しました。この写真に関しては現在鑑識が詳しく調べています。この写真自体が、作り物の画像の可能性も有りますから。一応、過去にこのような事件がなかったか、行方不明者に該当する人物が居ないかを調べてみます。場合によっては捜査課が動くかも知れませんので、その時はご協力をお願い致します」
「あのー……」
「何でしょう?」
「俺の無実は証明されないんでしょうか? このまま会社はクビですか?」
「残念ながら、そう成る可能性が高いとだけ申し上げときます。穴戸さんが組合の方に不当解雇を申し入れても、画像を送られた方々が被害届を出されたら、貴方の方が不利な立場に成る事は間違いないでしょう」
俺の頭の中は真っ白に成った。
警察に身の潔白を証明してもらおうと来たのに、まさか殺人罪まで擦り付けられるかも知れない状況に成るなんて。
嘘だろ。
せっかく仕事の方も一人前にこなし、やっと楽しく成って来たとこだぞ。
何も悪い事してないのに、こんな……こんな理不尽な事あるか。
「ショックが大きいようですね。顔色が真っ青ですよ」
「はい……俺、人生終了なんでしょうか?」
俺はパニックと寝不足で目まいを起し、倒れそうになった。そんな俺を見ながら百条さんは急に立ち上がったかと思うと、少し微笑みながらドアの方に向かう。何をするのかと思ったら、ドアの外に誰か居ないか聞き耳を立ててるようだ。
「本当、上の人間って頭カッチカチで嫌よねー。私も苦労してんのよ。あっ、君、穴戸録君だからロッくんって呼ぶね。ロッくんさあ、ずっと気になってたんだけど、そのネクタイ何処で買ったの? すっごく似合ってて可愛いんわよぉ。私も欲しいから、色違い買いに行こっかなぁー」
何だ?
百条さん、急に喋り方が砕けだしたぞ。
ジェスチャーも入れだして、まるで飲み屋のお姉さんみたいじゃないか。
「ロッくん。悪いけど警察としては、これ以上君に何もできないの。だから今から
舌出しウインクをしながらオッケーサインのハンドジェスチャーをした百条さんは、ドア前から戻り、足を組みながら再び机前のイスに座ると、例の写真を二枚選んで俺の前に差し出した。
「この二枚の写真を比べて見て。何かおかしいところに気づかない?」
「おかしいとこ?」
言われて俺は遺体をできるだけ見ずに比べた。写真はどうやら左右反対側から撮影されたものみたいだ。正直まともに凝視できないので、おかしいとこは分からなかった。
「すいません。何処がおかしいんですか?」
「よく見て。こっちの写真は切り取られた親指が、奥のコンクリートの壁横に転がっているわよね。そしてもう一枚の写真は反対側から写していて、壁横の親指が手前に写っている。これって、どう考えても変よね」
「どうしてです?」
「だって、この親指の直ぐ後ろはコンクリートの壁なのよ。壁を動かさないと、こんな角度から撮影できないじゃない」
「あっ、そうか。壁に穴が開いてるようには見えませんからね。どういう仕組みなんでしょう?」
「さあね。この撮影の時だけ壁が透けたのかも。それか撮影場所が、元々この世に存在しない場所なのかも知れないわね」
「えっ?」
「ロッくん。残念ながら貴方をこんな目に合わせた犯人は、警察では絶対に見つける事ができないの。けど、私は犯人を探せる人物を一人知っている。その人なら必ず今回の犯人を特定してくれるわ」
「本当ですかっ! 是非、その人を紹介して下さい!」
「但し、犯人が見つかっても根本的解決にはならないかも知れない。それでもオッケぇ?」
「構いません! 犯人さえ見つかれば、後はこっちで何とかします!」
「分かった。じゃあ紹介してあげる。諄いようだけど、必ずその人の事は口外しないでね。もちろん親族や恋人にもよ。その人の存在が世間に広まったら大変な騒ぎに成るの。オッケぇ?」
「分かりました。約束します」
百条さんは頷くと、黙ってポケットから小さなメモ紙を取り出す。
その紙には綺麗な字でメールアドレスと、一風変わった名前が記されていた。
親切にフリガナが振ってなかったら、その名前はきっと読めなかったであろう。
「
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