第3話 月曜の朝
何度目だろうか。再びここに来た。
もう二度と来たくなかったのに。
大声で叫びたいが声にならず、もどかしさを感じる。
ここを早く去りたい思いだけが、ひたすら空回りする。
俺は又、アレを見ないといけないのか?
床面の血溜まりの中に、指が一本、二本、三本と次々に落とされていく。
指を失っていく人の喪失感が伝わり、血の気が引く。
助けを、早く助けを呼ばないと――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
目覚めると俺は寝汗で湿ったベッドの中に居た。
これで四日連続だ。
四日連続で俺は悪夢に魘された。
そして四日連続で真夜中の三時位に一度目を覚まし、パソコンが勝手に起動しているのを確認している。
しかも昨日はスリープ状態じゃなくて電源をちゃんと切って画面を閉じていた。
なのにパソコンは勝手に起動していたのだ。
明らかにおかしい。
更新やメンテナンスなんかじゃない。
あれが夢じゃなければ長谷川の言うとおり、パソコンはウイルスに感染して遠隔操作をされているのではないか。
「会社に着いたらシステム部に報告しよう。パソコンの方はネットセキュリティに相談して、修理してもらった方が良さそうだな」
この四日間まともに寝れなかった俺は、完全に寝過ごしてしまい、出勤時間ぎりぎりで起きてしまった。
今日は朝食代わりの牛乳も飲まず、軽くシャワーを済ますと急いでスーツに着替えて外に出た。
「こりゃ悪い夢を見てたのも、夜中にパソコンが起動していた
相変わらず夢の内容を思い出せないが、なんか同じ夢を繰り返し見ている気がする。
まあ、パソコンが直れば悪夢も見なくなるだろう。
それよりも大丈夫だろうか。会社の情報とか盗まれてなければいいが。
土日も普段通りにパソコンを使っていたが、重くなるなどの変な挙動は特に無かった。強いて言えば休みの日でも何時もなら会社や得意先から数件のメールが入るのに、この二日間は一件も受信メールが無かった事ぐらいか。そういえばスマホの方も、会社関係の人からの電話やメールは一切無かった。
まあ、取り急ぎの用件も無いので、これはあまり気にするものではないが。
しかし、変なサイトを開いた覚えも、知らないワイファイに接続した覚えもないのに、本当に最近のハッカーは怖いな。
朝の駅前通りは、何時のように通勤通学の人達と、街路樹で騒ぐムクドリで溢れている。
月曜が来て俺は何故かホッとしていた。
体調が悪かったから、せっかくの休みなのに本ばっかり読んで過ごしてたのだが、部屋に居てもなんか落ち着かなかった。
家で寛いでいる時よりも、仕事をしている時の方が安らぐなんて、俺も立派な社畜だな。
まあ、俺の場合は飼い主に尻尾を振らない猛犬なんだが。チワワだけど。
そんなチワワな俺の前を忠犬豆柴の長谷川が歩いているのを発見する。
「おーい! 長谷川!」
「あっ! ああ……」
あれ?
いつも陽気に挨拶を返してくる長谷川が、何か歯切れが悪い。
何か有ったのか?
「よう。どうした? 元気ないなー」
「穴戸……お前、やっちまったな……」
「へっ?」
「流石に俺もあれはフォローできないわ。悪いけど……」
そう言って長谷川は、まるで鬱陶しい羽虫から逃げるかのように、そそくさと俺から離れて行った。
「なんだアイツ。朝からムカつくな」
俺は長谷川の態度に気分を害しながらも、金曜日の高橋の事を思い返していた。
やはり俺は何か重大なミスをおかしてたのか?
嫌な予感がする。
まさかコンピューターウイルスと関係あるのでは……。
俺の不安は的中し、会社に着くなりいきなり内線で会議室に呼び出された。
会議室には課長と情報システム担当長、そして人事部長の三人が座っていた。
俺は対面に座るよう促される。
何かとても嫌な雰囲気の空気が漂っている。
これは少なくとも昇進報告ではなさそうだ。
課長は俺の机の前に数枚のコピー用紙を置き、軽く咳払いをした。
用紙は伏せて有ったが、何かがカラーで印刷されているのが分かる。
「穴戸君。君を呼んだのは他でもない。その画像の件だ」
「画像?」
「そうだ。君がメールで社員三十六名、得意先七件に送ったその画像だ」
俺は意味が分からず、動揺しながら手元の用紙を裏返した。
そして目を疑いながら驚愕する。
「な、何ですか!! これは?!」
死体だった。
しかも全裸の女性の惨殺死体だ。
手足の指は全て切断され、体は痣や傷だらけ。赤みがかった頭髪は、数カ所無理矢理引きちぎったみたいに成っていてざんばらだ。
内蔵が一部引きずり出されているし、肋骨も少し見えている。顔は……顔のパーツは無惨にも切り取られている。歯はペンチで全部抜き取られ、目玉もくり抜かれていた……。
見た瞬間に血の気が引く写真だ。もっと鮮明なら、俺はこの場で吐いていたかも知れない。
「君が経理課の高橋君をはじめとする社員達に送った画像で間違いないかね?」
「送った? 自分が、この写真を高橋にですか?」
「そうだ。高橋君は金曜日の明け方、君のアドレスから送られてきたその画像を受け取ったそうだ。彼女は二度と送るなと注意したのに、君は四日連続でその画像を送ったそうだね」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 俺、こんな写真、今、初めて見ました。高橋に送るなんて――」
初めて?
あれ? 初めてだっけ?
俺はもう一度写真を見た。
そして、すぐに目を離す。
俺は昔から血や内蔵系を凝視できないタイプだ。
自分の事だからよく分かっている。
だからこの写真も、一瞬で目を背けている。
なのに指が全部切られているとか、ペンチで歯を全部抜かれているとか、なんで一瞬で細かい所まで理解できたんだ?
俺は以前、この写真をどこかで見てるのか?
そんな訳ない。この手の写真なんか絶対に見てない自信がある。
なのに俺は、この写真の情報を頭の片隅に残している。
なんなんだ、この既視感は……。
「どうしたのかね?」
「あ、いいえ。部長! 実は朝一番にシステム部に報告を入れようと思ってたんです。自分のノートパソコンがハッカーに乗っ取られていたみたいなんです。高橋に写真を送ったのは俺に成り済ましたハッカーです。時間的にも間違いありません!」
「ハッカー? じゃあ、何故君はこの写真を大事に保存してたんだね?」
「えっ?」
「こちらも外部からの攻撃だと思い、システム課に調べてもらった。だが、この画像は君のデスクパソコンにファイリングされていたらしい。そして金曜日の夕方、君がデスクに居る時間に画像は得意先に送信されている。もし、誰かにそんな得体の知れない写真を保存され、送信されたのなら、なぜ直ぐにシステム部に報告しなかったのかね?」
どういうことだ?
金曜日には既に会社の俺のデスクパソコンに、この写真を入れられていたのか?
そして知らない間に得意先に送信された?
しまった。ちゃんと確認してなかった。
けど、金曜日の夕方なら結構パソコンを触っていたので気付くはずなんだが……。
「それにお前、どうして電話に出なかったんだ?」
課長は蔑むように俺を見ながら言った。
電話って何の事だ?
「俺や長谷川が金曜の夜から何度も電話やメールをしてたのに、ずっと無視してたよな? 今回の件で疚しい思いが有ったからだろ?」
「何言ってんですか? 電話なんて一件も――」
証拠を見せようとスマホを取り出したが、画面を見て俺は唖然とした。
いつの間にか電話の着信通知マークが五十件以上付いている。メールもだ。
俺は慌てて中身を確かめた。
確かに金曜の夜から月曜の朝まで、課長の携帯や会社から何度もかかってきてたみたいだ。
そんな馬鹿な。
俺はこの三日間スマホの電源を切ってないし、マナーモードにもしていない。
なのに着信の知らせが何故なかった?
「ス、スマホもハッキングされていたみたいで、着信表示がされてませんでした。だ、誰がこんな事を……」
「苦しい言い訳だな、穴戸」
「ほ、本当なんです! 課長!」
俺と課長のやり取りを聞いていた人事部長は、目を瞑って頷いた後、少し怖い口調で切り出してきた。
「今回の件で得意先より苦情が来た。君は我社に多大な不利益をもたらしたんだよ。君の趣味にまでとやかく言う気はないが、少々悪戯が過ぎたね」
「部長待って下さい! ハッキングは自分の本当に不注意でした。得意先には事情を説明して土下座して回ります」
「高橋君をはじめ、数名の女子社員は君と一緒に働くのは嫌だ、会社を辞めたいと言ってるんだ。正直君の今回の行為はコンプライアンスに反しており、懲戒解雇に値する。だか、我社としても今回の件をこれ以上外部に漏らしたくないので穏便に済ましたい。何が言いたいか分かるね?」
「自主退職しろって事ですか? そんな――」
「見苦しいぞ、穴戸!」
課長は少し涙目に成りながら俺を睨んでいた。いつも俺と口論する時より、何故かトーンは低めだった。
「俺はお前の事を生意気な奴だとは思っていたが、信念のある有望な部下だと買っていたんだ。だが、とんだ見込み違いだったよ」
「そんな……課長……」
誰だ?
いったい誰が俺の事を嵌めたんだ。
絶対に許さない。
必ず犯人を見つけてやる……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます