最強のSランク冒険者は最高な相棒で最愛の恋人
SEN
本編
私の名前はエリア・ライネル。この世界に二十三人しかいないSランク冒険者の一人であり、破壊の蛮姫だなんて大層な二つ名で世間に知られている。そんな私にはパーティーを組んでいる相棒がいる。彼女の名前はミーシャ・アルン。私と同じSランク冒険者で、紅蓮の魔女という二つ名を持っている。
Sランク冒険者というのは我が強い変人が大半なため、Sランク冒険者同士でパーティーを組んでるのは私たちくらいだ。自分で言うのもなんだけど、ほかのSランク冒険者と比べて人当たりがよく、民衆からの人気が高い。少なくとも、母国で知らないうちに選挙で当選するのなんて私くらいだろう。その件はちゃんと断ったけどね。
そんなわけで今日も依頼を終えて帰ってきた私は、たくさんの人に取り囲まれて大歓迎されていた。大人たちからは今日の簡単な依頼には不釣り合いな賞賛が浴びせられ、子供たちからは今日の武勇伝をせがまれる。悪い気はしないが、正直に言うとさっさと依頼完了を報告して宿に戻って休みたい。
しかし、折角私をねぎらいに来てくれたのだから邪険にできない。そういうわけで一人ずつ対応していた時だった。私の周りを炎の壁が囲んで、みんな私に近づけなくなった。こんな無茶なことをするのは世界で一人だけだ。
「一人で報告に行くって言ってなかなか帰ってこないと思ったら。相変わらずなのね」
小柄な彼女が被るには二回りくらい大きな赤いとんがり帽子のつばを指で上げて、幼さが残る可愛らしい顔を見せた。腰まで伸びるサラサラした銀髪はゆらめく炎の光を反射して輝き、黒いローブからわずかに覗く首元の白い肌はエロスを感じさせる。
「ま、魔女だ!」
「逃げろー!」
突然炎を振りまいてきたミーシャを恐れて、私の周りにいた人はみんな逃げて行ってしまった。騒がしかったギルドの前は一瞬で静かになり、やっとギルドの報告できるようになった。
「あー、そんなに待たせちゃった?」
「うん」
「そっか、ごめんね。早く報告して帰ろうか」
待ちくたびれて出てきてしまった彼女の手を取って、一緒にギルドの中に入る。その直前、さっき逃げた人たちの中でわざわざ戻ってきた奴らの声が聞こえてきた。
「なんであんな奴がエリアさんの仲間なんだよ」
「エリアさんならもっといい仲間を集められるだろうに」
そんな陰口を言うために戻ってきたのかと呆れると、私の視界の端に少し表情が翳ったミーシャが映った。
都市の中心にあるギルドもいうこともあり、煉瓦造りの建物の中には数百人分の席が用意されている。荒くれ者も多い冒険者が頻繁に備品を壊すので、いつも新品のテーブルや椅子が並んでいて、見上げるほどの酒樽が奥に積まれている。
十個ある受付の窓口に向かう途中、仕事を終えて酒盛りをしている者たち、次の依頼に備えて作戦を練る者たち、吟遊詩人を通じて武勇伝を語り合う者たちと様々な顔を見せる冒険者たちがたむろしていた。
受付まで歩いて行って依頼の完了を告げる。いつも通り受付は笑顔で応対し、報酬の受け渡しを行う。その時、ここギルド長がわざわざ挨拶に来た。
「お疲れ様です。ライネルさん、アルンさん」
白と青のチェック柄のスーツを着た恰幅の良い彼は、綺麗に纏められた白い口髭をいじりながら私たちに労いの言葉をかけた。
「新しい依頼?」
「あーいやいや、そういうつもりではないですよ。Sランクのお二人が仕事を終えたとなれば、労いの一つでも言わないとギルド長として立つ瀬がございませんので」
彼は媚びるように恭しく頭を下げた。Sランクの私たちが機嫌を損ねて出て行かないように必死なようだ。なら、私たちから注文をつけてあげよう。彼からすれば何を考えてるか分からないSランク、特に私と違って何も話さないミーシャは怖いだろう。
ならば何が気に入らないかを教えてあげれば必死になって改善してくれるに違いない。
「ならギルド前で私たちにあまり群がらないよう言って。そのせいでギルドになかなか入れなくて、ミーシャが怒っちゃったから」
「なるほど、分かりました。もしあなた達に会おうと出待ちする輩が居ましたらすぐに追い払うようにします」
彼は改善すべき点を提示され、早速仕事に取り掛かろうと仕事人の目になった。この人はギルドの利益を一番に考えていて、つまりそれは私たちSランク冒険者を大切にするということになる。故に信頼できるのだ。
「それじゃ、また明日依頼を受けに来るわね」
「はい。今後もご不満があれば何でもお申しつけください」
ギルドから出ていく私たちを、ギルド長は笑顔で見送った。外に出ると夕暮れがさしていて、反射的に目を細める。私達と同じく帰路に就く人々や、今日の夕食に買い出しをする母親たちが街路上をせわしなく闊歩している。
馬車を止めてミーシャと一緒に乗り込んで、都市から離れた場所にある私とミーシャが貸し切っている宿屋に向かった。行き先を告げて馬車が進みだして御者が私たちに目をそらしたところで、ミーシャが私の手を握ってきた。
急な行動に驚いて視線を下げると、頬が薄紅色に染まった彼女が口をとがらせて露骨に私から視線をそらしていた。
「どうしたの」
「……べつに」
どうやら長く待たせてしまったことで彼女の機嫌を損ねてしまったようだ。それでも我慢できなくて私に触れているのが、なんともいじらしくて愛おしい。
「次からは待たせたりしないから。怒らないでよ」
「……怒ってない」
「うそ、だったらこっち向いて」
「……しょうがない」
素直じゃない彼女がこっちを向いた瞬間、有無を言わさず彼女の唇を奪った。彼女は私の不意打ちに目を大きく見開いて、反射的に私の顔を押し返した。薄紅色はハッキリとした朱色に変わっていて、甘美な色気を感じる。すぐにでも食べてしまいたくなったが、私の不貞を訴えようとしたのでそれを止めるのを優先した。
「エリ……!」
「だーめ。おっきな声出したらばれちゃうよ」
人差し指で彼女の唇を抑えて、耳元で囁いて警告する。私達と御者を隔てるものは何もない。少しでも大きな声を出したらすべて聞こえてしまう。
私としては他人が私たちの関係を知ろうがどうでもいいのだけど、ミーシャはどうしても秘密にしたいらしい。だからそれを逆手にとって彼女を弄んだりすることも多い。彼女は素直だからいい反応を返してくれるし、秘密を守るためなら普段より従順になる。
顔を真っ赤にしながらなんとかこらえる彼女の追い詰められた表情は、私の食欲を強く刺激する。真っ赤に熟れた果実の味を想像して唾液があふれ出す。しかし、まだ食べられない。我慢が嫌いな私はその不快感を誤魔化すため、上機嫌に鼻歌を歌っている御者に話を振った。
「ねぇ、なにか興味深いニュースはない?」
「あぁー、そうですね」
御者のおじさんは片手でカバンから新聞を取り出し、私に手渡した。その一面には「オーサイ王国崩壊、地震にて死者多数」と大きな文字で書かれていた。
「今日新聞で知ってぶったまげましたよ。あんなに発展してた都市がたった一日で崩壊したんですから」
「実は私たち、二日前までこの国にいたのよ」
「そうなんですかい。まさに九死に一生、いや、Sランク様なら地震程度なんてことないですね」
この御者は冗談半分で言ったのだろうが、実際私たちは地震の一つや二つどうってことない。
「オーサイ王国は住み心地がよかったですかい? あの国は金持ちの別荘が多いと聞きますが」
「あぁ、最悪だったわ。王族も貴族も、あそこに住んでた金持ちどもも差別意識が強くて、その上冒険者のことも見下してたから」
あの屑どものことは今思い出しても腹が立ってくる。特に獣人への差別意識が強く、奴隷解放から数十年たった今でも獣人は奴隷として人間に使われるべきだなんてほざいてた。依頼をしてきたときなんか、私をやらしい目で見てきたし。あの屑どもが死んでせいせいした。
「ははぁ、それでこっちに移住を。それでこっちはどうなんですかい?」
「まだわからないわね。いい場所だといいのだけど」
「そうですね、少なくとも異種族への差別やら冒険者への偏見はないと思いますよ。この国は冒険者の国ですから」
御者の言ってることは本当だろう。外を見れば獣人と人間の子供が一緒に遊んでいて、エルフが薬を売っており、その隣でドワーフが鍛冶屋を営んでいる。オーサイ王国では考えられない自由さだ。
「私もそうであることを願ってるわ。引っ越しの片づけは大変だから」
そこで世間話は終わり、私たちは馬車に揺られて目的地に着くのを待った。
しばらくして宿屋に到着し、運賃と彼個人へのチップを払って馬車を降りる。鬱蒼とした森の奥に佇む煉瓦造りの三階建ての洋館。まさに森の洋館と呼ぶに相応しい出立ちを私とミーシャは気に入って拠点に選んだのだ。
入り口のベルを鳴らすと落ち着いた雰囲気の老婆、ここの家主が出迎えた。重ねた年月の重さを感じる白髪、長い人生の経験が作り出した深い皺、その全てがこの老婆の完璧さを表していた。
「おかえりなさいませ」
私たちを包み込むような優しい声で挨拶をし、扉を大きく開いて中に入るようにそっと手で促した。言う通りに中に入ると、老婆は流れるような動作で扉を閉めて私たちの前に移動した。
「夕食はいつになさいますか」
「そうね……三時間後に頼めるかしら。食事は私たちの部屋に持ってきて」
「わかりました」
夕食をどうするか話しながら、いつの間にか居た若い使用人に荷物を預ける。身軽になった私たちは家主と使用人と別れて自室に向かった。
ここの使用人は家主によってしっかり教育されており、ここに泊まる人々に完璧なサービスを提供する。それを独り占めしているのだから、私たちのここでの生活はかなり快適だ。
この洋館には家主含めて十八人の使用人がいる。彼女たちは私たちに広い洋館の中で寂しさを感じない程度で、尚且つ大人数の他人がいるというストレスを感じさせない程度に姿を現す。私たちはSランク冒険者として多くの国で何度も高級ホテルに泊まったが、ここ以上に居心地がいい場所は無かった。
カチャリと鍵を開けて、木製の軽い扉を押して部屋の中に入る。VIP用の広い部屋もある中で、私とミーシャが生活しているのは、ベッドとシャワーとトイレと最低限の家具が配置された普通の部屋。なんなら二人で生活するには少し狭いくらいだ。
でも、それくらいがちょうどいい。広すぎる部屋はどうしても持て余して寂しく感じてしまうから。
ミーシャはすぐに帽子を投げ捨てて、ダブルベットに身を投げた。すると可愛らしいネコミミがひょっこり現れた。ミーシャはくるりと体を翻し、天井を見上げた。仕事を終えて解放された彼女の表情は一気に緩み、私にあどけない顔を見せてくれた。
「ミーシャ、着替えずにベッドで寝ないの」
「んー……エリィが待たせたから疲れた」
ミーシャは私の指摘に対して不服そうな表情を返した。どうやらあの馬車の中でのキスが彼女の機嫌を損ねてしまったようだ。
「それはごめんだけど……仕方ないわね」
遊びすぎたことを反省しつつ、彼女の要求に応えるためにベッドに近寄る。すると彼女は体を起こして私と向き合った。彼女がローブの下に身に着けているのは、防火、衝撃耐性、魔術防御などの術式が施されたドレス型の魔術僧衣だ。今回の依頼での戦闘でこのドレスは汚れてしまっていて、ベッドを汚さないために洗う必要がある。
蝶よ花よと丁寧に彼女に触れ、プレゼントのリボンを解くように軽やかな手つきで彼女を彩る装飾をはがしていく。そして、黒い僧衣に覆い隠されていた純白の肌と柔らかいカーブを描く白銀の尻尾が露わになった。現在彼女が身に着けているのは情熱的な赤色の下着のみ。疲れて眠たげな目になり、私しかいないからと油断しきっている彼女はなんとも愛らしく、私の劣情を駆り立てる。
今にも襲い掛かりそうになる自分を抑えて、私も下着姿になって彼女の隣に寝転がる。するにしても夕食を食べ、体を洗ってからだ。私の隣に寝転がるミーシャは私の首筋をじっと見つめて、ゆっくりと口を開けた。
彼女の小さい口から猫の獣人らしい鋭い犬歯が見えた。そう思ったのも束の間、彼女は私の首筋に噛みついた。
「んっ」
一瞬痛みが走ったが、そのあとは指圧マッサージに似た快感に変わった。口内の熱とぬめりのある唾液が彼女という存在を明確に感じさせてくれる。私の存在を確かめるように懸命に何度も甘噛みしてくるので、私から存在を伝えるように彼女の頭を撫でた。
私とミーシャは恋人同士だ。
こうなったきっかけは忘れた。新人のころから一緒にパーティーを組んでいたミーシャと何度も死線を潜り抜けていくうちに、いつの間にかこうなっていた。でも、私のミーシャに対する愛も、ミーシャの私に対する愛も紛れもない本物だ。
だからミーシャに仇なすのなら国だって亡ぼす。
「ミーシャ、ここでの生活はどう?」
私の首筋から口を離し、代わりに私の手をザラザラした舌で舐めている彼女に問いかけた。彼女は舐めるのをやめて少し考えると、ベッドに体を沈めて青色の瞳を私に向けた。
「楽しいよ。ご飯はおいしいし、差別もない。活気もあっていい国だと思う」
「でも、ミーシャの悪口を言ってた不届き者がいたわ。消さなくていいの?」
「別にいい。そんなことに時間を使うより、私と一緒にいてほしい」
「そっか。ミーシャは優しいね」
クズに慈悲を与える天使の頭をなでると、もっと触れてとせがむように私の手に頭をこすりつけてきた。彼女の優しさを見る度に、今まで滅ぼしてきた国の救えないクズさに呆れる。こんなにも慈悲深い彼女に滅んでもいいとされる国なんて。
私たちは十年前から平穏に生活できる国を探している。前住んでいたオーサイ王国は環境が整ったリゾート地だったが、獣人差別の思想が強い王族や貴族が多かった。それでも我慢していたが、王城での宴会でミーシャを愛玩用の奴隷にしようだなどと言っていたクズがいたので、地盤を叩き割って地震を起こして滅ぼした。結局二日しか住めなかったから引っ越しが面倒だったなぁ。
その前はワ……なんとか帝国。名前なんて忘れてしまった。その時はどこかのクズが私がミーシャにプレゼントした指輪を盗んだので滅ぼした。私たちが平穏に暮らせない国なんて滅びても仕方ない。
それより前は完全に忘れた。死ぬほどご飯がまずかったり、差別があったり、拠点に選んだ高級ホテルでミーシャが嫌いな虫が湧いてきたりした国は基本的に滅ぼしたとだけ言っておこう。
他のSランク冒険者に私達の討伐依頼が出されないよう秘密裏にやるから結構面倒ではある。でも私たちの幸せにためなら頑張れる。
「エリィ」
「ん、どうしたの」
「今は私の事だけ考えて」
「あぁ、ごめんね」
そうだ、滅ぼしたクズどもに意識を割く必要なんてない。私は目の前の堪らなく愛おしい恋人にすべての意識を向けなければならないのだから。
「好きよ、ミーシャ」
謝罪の代わりにミーシャを抱き寄せて額にキスを落とした。一瞬の触れるだけのキス。再び目を合わせるとミーシャは幸せそうに笑ってくれた。
「私も好きだよ、エリィ」
その笑顔はどんな宝石よりもキラキラと輝いていた。こんなにも純粋に私を想ってくれている彼女が愛おしくなり、今度は彼女を喰らうように唇に深いキスをした。
私が舌を入れると彼女の鋭い犬歯に触れて、舌に切り傷がつく。そこから血が流れ出したのを敏感に察知し、彼女の舌が私の傷を覆った。呼吸も忘れてじっくりと私の血を味わう彼女は、恍惚した表情を浮かべていた。
血か。冒険者という仕事をしている以上、怪我というのは避けられない。Sランクに成長した今はあり得ないが、昔は難しい依頼で死にかけることも珍しくなかった。特に前衛を張る私は怪我が多く、腹に大穴が空いたこともある。
私が死にそうになった時、ミーシャは本気で絶望して、本気で泣いてくれた。なんだかそれが嬉しくて、泣いている彼女にキスをした事もあったな。強くなり過ぎた今となってはできない体験だ。
「……もし私が死んだらどうする?」
常人よりも遥かに優れた自然治癒力があるので、あっという間に舌の傷は治ってしまった。それでも久々に血を流したことでセンチになったのか、そんな言葉を漏らしていた。しまったと思ったら、ミーシャは私を強く抱きしめて、私の腕に尻尾を巻きつけた。
「私も死んで、生まれ変わってまたエリィと一緒に生きる。来世も、そのまた来世も、私達の魂が擦り切れて消えるまでずっと一緒にいるよ」
「……いいね、それ」
一切の淀みなくそんな言葉をかけてくれる彼女の巨大な愛を、私は静かに享受する。
ミーシャは国すら簡単に滅ぼす最強のSランク冒険者だ。そして共に死線を潜り抜けた最高の相棒で、何度生まれ変わっても一緒に生きたい最愛の恋人だ。
その事実を確かめるように、夕食を持って来て欲しいと頼んだことも忘れて私たちは愛し合った。
また来世も逢えるようにと祈りながら。
最強のSランク冒険者は最高な相棒で最愛の恋人 SEN @arurun115
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