5 ご飯を食べましょう


「ねえ、気持ちはわかるけど、そろそろ泣き止みなさいよ。干からびるわよ」


 砂竜族さりゅぞくの縄張りは砂漠の縁に位置しているが、少し砂漠の中央部へと向かえば、他部族が割拠する地域に出る。


 一度縄張りを出れば、強靭な水神の眷属を従え恐れられる砂竜族といえど、容易に追手を差し向けることはできぬはず。ここまで来れば安心だろうと見当を付けたラフィアは、砂岩地帯に生まれた洞穴の中、膝を抱えて蹲っている。


 虎に化けたハイラリーフの背に乗って辿りついたこの場所でもう、丸一日は泣き暮らしていた。


「干からびないようにお水を持ってきて頂戴」

「何よ横暴ね。ここは後宮ハレムじゃないのよ、皇女様」


 憎まれ口を叩きつつも、豊満な美女姿をしたハイラリーフが革水筒を差し出してくれる。ラフィアは、己の涙で塩味を含んだ口内に水を流し込む。


 革水筒を返せば素直に受け取り栓を閉じつつ、ハイラリーフは自身の口内に乾燥ナツメヤシを放り込んだ。


「うん、美味しい。あんたも何か食べてお腹を満たしなさいな。空腹は気分を落ち込ませるものよ」


 ほら、と無理矢理押し付けられた乾物をぼんやりと見つめた。後宮の朝食に並んでいても遜色ないほどの、ふっくらとした上質なナツメヤシだ。


「アースィムは見つからなかったの?」

「うぐっ。……でも、代わりにお水と食料を持って帰って来たじゃない」


 つい先ほどまでハイラリーフは、水脈を辿り白の聖地である断崖の辺りまでアースィムの捜索に向かっていた。高所から落下したとはいえ、運良く何かに引っ掛かり、命を繋いでいるかもしれない。負傷しているのならば、早急に救助する必要がある。


 しかしハイラリーフによれば、アースィムの姿どころか、痕跡一つ見つからなかったのだという。


「水脈が通っていない場所にいるのかしら」

「その可能性もあるでしょうけど……もう一日経っているし」


 言葉を濁すハイラリーフ。彼女の言わんとすることは明白だ。灼熱の砂漠で丸一日熱砂と陽光に晒されていては、生存は絶望的と思われる。だからこそ、一刻も早くアースィムを見つけ出す必要があるのだが。


 呑気なハイラリーフは、アースィムの代わりに飲食物を持ち帰り得意気にしているのだから、苛立ちが募る。ラフィアとて、あえて明るく振る舞うハイラリーフの気遣いを察せぬ訳ではない。しかし八つ当たりだと理解していても、態度を改める余裕などなかった。


「私の役に立ってくれると言っていたじゃない。もう良いわ」


 ラフィアはナツメヤシをハイラリーフの手に押し付けて立ち上がる。


「自分で行く。水脈から離れているところを調べるわ」

「ちょっと、無謀よ!」


 ハイラリーフがすかさず引き留める。腕を掴まれて、至近距離で顔を突き合わせた。


「あんた、白の集落に近づいたら連れ戻されちゃうわよ」


 そうなれば本末転倒だ。かといって、アースィムの生死をこの目で確かめるまでは、焦燥がラフィアを駆り立てる。ハイラリーフの手を振り払い、燃えるような深紅の瞳を睨んだ。


「それなら、あなたが探し出してよ」

「やってみたけど見つからなかったの」

「ハイラリーフの役立たず!」


 思わず鋭い言葉が飛び出した。後悔したがすでに遅い。発した言葉は口内に戻ってはくれないのだ。


「ごめんなさい、私」

「別に気にしていないわ。とりあえず食べなさい」


 再度手渡されたナツメヤシ。ラフィアはしばしの躊躇の末、それを一口噛む。じんわりとした甘さが染み渡り、少しだけ冷静さを取り戻した。


「八つ当たりだったの。本当は、あなたに感謝しているわ」


 ラフィアは言い、岩場に腰を下ろして両手で顔を覆った。


 そうだ、ハイラリーフがいなければ逃げ出すことは叶わず、今頃白の集落で意に沿わぬ日々を過ごすことになっていたはず。ラフィアは深呼吸をして感情を抑え込み、やがて言った。


「ありがとう、ハイラリーフ。そしてごめんなさい」


 返る言葉はない。その代わり、乾燥ブドウが差し出された。ありがたく受け取って、ラフィアは約一日振りの食事をとった。

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