第30話 夜2
阿佐ヶ谷に1時過ぎに到着する終電で、何回か201号室の女性と顔を合わせたことがあつた。年は同じ位、とても美しい女性である。名前は知らない。部屋のドアの横にある表札入れに名前を入れていないからだ。
15室あるが、半分位は名札無しである。単身女性のため必要以上、他人に個人情報を知られたくないという思いがあるのだろう。
何度か終電で顔を合わせた201号さんは、顔を合わせると軽く会釈する。夜の仕事をしているようだがアルコールの匂いもしないし、お酒を扱う仕事をしているようにも見えない。
明子も多少の興味はあるが、必要以上に他人のプライバシーに踏み込みたくないので、あえて自分からは聞くことはしない。
201号さんはいつも全身黒の服装をしているが、暗いという雰囲気ではなくむしろ色白の美形を引き立てている。
夜早めの時間に201号の前を通ることもあるが、いつも帰りが遅いのであろうか、ドアの横の窓から明かりを見ることはない。
201号さんは、人気女優の武井咲によく似た、まるで夜のお姫様みたいなので勝手に『夜姫』などとあだ名を付けている。
議会は第2定例会で7日間開催されるが、福祉関係の質問もなく、むしろ来年度に向けての予算要求の資料作りに忙殺されていた。
明子は今日もかろうじて終電に間に合う時間まで残業をしていた。阿佐ヶ谷駅に電車が滑り込み、酔客なども含めて数十人の乗客がホームに吐き出された。
6月の初めなのに例年になく蒸し暑く、まるで盛夏の夜のようだ。降車客のほとんどが改札を通り抜け、明子は最後尾に改札を通り抜けた。
既に商店街の明るい照明は落とされ、街は静かな闇に包まれている。阿佐ヶ谷駅からは自宅のマンションまでは500m程で、ゆっくり歩いても7分程度の距離である。
前方に人影が2つ。明子から15mほど前に男の影が、さらにその5mほど前を女性の影が歩いている。見覚えのある後ろ姿、たぶん201号の夜姫に違いない。
明子は身長165cmあり、夜姫も同じくらいの背の高さである。明子も夜姫もヒールの高い靴は履かない。より身長が高く見えるからだ。
明子は48kg、どちらかというと凹凸があまりない体型だが、夜姫はまるで外国人のようなような魅力的なスタイルをしている。
いつものように黒ずくめのシルエットが夜の月明かりに揺れる。まさしく夜姫である。
駅からの商店街の間を450m程歩き細めの脇道に左折し50m弱でマンションの前にたどり着く。
50m程の脇道は街路灯は2灯あり、左右は民家の塀に囲まれている。マンションの住民は深夜に帰宅するとき、民家の明かりは既に消え、やや暗く不安気なこの脇道は急ぎ足になるのが常のようだ。
夢のなか 希藤俊 @kitoh910
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