第4話 扉2
1番奥の扉をノックした。微かに、静かに、返しのノックが聞こえた。噴き出しそうな腹圧にこらえきれずに、無意識的に扉を押した。扉が開いた・・・・・
個室の中は無人の空間である。急いで飛び込み、扉を閉める。間に合った。念願の事を済ませ、ふっと一息をつく。
「コン、コン」 軽いノックが扉を叩く。
まだ後片付けが終わっていないのに。慌てて腕を伸ばし、在室中のノックを返す。
誰かがトイレに入ってくる足音に、まったく気づかなかった。いやトイレに入ってきた気配すらも・・・・・
そういえば、満員であった個室の先客たちが個室を出て行った気配もなかった・・・・・
「コン、コン」 静かなノックが響く。
「入ってますよ!」 つい声を荒げた。
「コン、コン」 やや強めのノック・・・・・
何考えてんだ。入ってるって言ってるだろ。後片付けを急いで行う。
「ドン、ドン」強いノックに扉が揺れる。
「ドン、ドン、ドン、ドン」
ガラの悪い酔客なのかもしれない。後片付けは済ませたものの、扉を開けるのが少し怖くなった。
しばらく待てば、諦めるかもしれない。他の個室に入るかもしれない。息を潜めて扉の外の気配をうかがった。
自分の個室の前から、他の個室へ移動する足音は確認できなかった。ということは、この扉の前にまだ立っているということだ。
なぜ、なぜ他の個室に行かないんだ?気が付かなかったけど、他の個室の先客たちは、もう退出したはずだ。
扉へのノックはない。ただ無言で扉の前に立っている。もう既に数分経過しているのに。深夜の駅の公衆トイレ、いくつもある個室のうちの、この扉の前にじっと立っている。
変だろ! おかしいだろ!
なぜ? なぜ黙って立ってる?
なぜか背筋を冷気が走り、鳥肌が立った。個室の空気がスッと冷え込む気がした。
まさか まさか 違うよね。人間じゃないものが扉の前になんかいない よね。いるはずない、よね・・・・・
扉を開ける勇気は無い、いや開けてはいけないって心の声がする。個室に入ってから既に15分は経過している。
早く帰りたい。温かい布団の中で眠りたい。でもそのためには、ここから、この狭い空間から脱出しなくては。扉を開けて・・・・・
扉にそっと耳を当てて、外の気配を探る、物音は聞こえず、静まりかえっている。誰もいない、何もいない、はずなのに。でも間違いなく、何かが扉の前にいる。
身体が、心臓の鼓動が、突然凍りついた。
見られている。何かに、扉の上から・・・・・
扉の上から覗けるはずなどないのに。でも間違いなく何かが見ている。
視線を感じるのだ。凍える冷たい視線を。動けない。見上げることなどできはしない。見てはならないものなのだ、たぶん。
凍りついた空気が、なぜか一瞬緩んだ。慌ててズボンを上げ、一気に扉を開く。何もいない、普段の駅のトイレの中である。
腕時計は、まもなく1時40分を示していた。25分も個室に閉じこもっていたようだ。自分の臆病に、苦笑いを浮かべて手を洗う。
ふと見上げたトイレの鏡、自分の肩越しに、白い顔が映っていた・・・・・
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