第19話 感情移入して

 差出人不明の置手紙。そこには返還のため献上しなければならないものも記されていた。


一つ、竜の顎

二つ、竜の宝珠

三つ、竜の逆鱗


 この三つだ。すべて“竜の”とついていることから、何を倒せばいいのかは分かった。でも竜なんて倒せるか?


「これって……」

「ミカ、どうしたの?」


 俺と一緒に置手紙をのぞき込み、その内容を確認したミカが、何か考え込むように指を顎に当てた。


「いえ、これらのものに見覚えが……確かあそこに」

「え?」


 ミカが指さすのは家の中の棚だ。まさかそんなところにあるわけ……


「これが竜の顎、こっちが宝珠で、逆鱗はこれです」

「あるんかーい」


 収集クエストかと思って構えていたのに、実際は家の中で全て揃うという……。


「ただこれは家宝みたいなもので、ママからも決して誰にも渡さないよう言われていたんです」


 なるほど、そんな代物とミカ母を交換……何かを企んでいるというのは容易に想像できる。

 できることなら何も渡さずにミカ母を救出できればいいのだが、どこにいるのかわからない。渡すしか方法はないだろう。


「……渡そう。それでお母さんが帰ってくるなら」

「はい……」


 置手紙にはご丁寧に地図まであり、持っていく場所までの道のりがはっきりしている。それほど遠くはない。

 俺とミカはその地図通りに歩き、ついに目的の場所に到着した。


「これは……」

「祭壇、でしょうか」


 指定された場所は、森の中の少し開けた場所。そこには石でできた舞台のような円形の建造物があり、その中心に人一人が寝そべれるくらいの大きさの台が設置されている。

 石はかなり苔むしているため、できてからそれなりの時間が経っているのだろう。


「いくよ」


 俺はミカから三つのアイテムを受け取り、その台の上に置いていく。


「これで最後……」


 最後に竜の逆鱗を置いた。その数瞬後──


「よくぞ持ッテきた」


 俺とミカから台を挟んで向かい側の空間がねじれ、そこから何かが這い出てきた。黒い靄のようなものが全身にかかっており、その容姿を確認することはできない。

 そのナニカは野太く聞き取りづらい声で告げる。


「これで……これで私ハさらに高次ヘ……!」

「ママは!? ママはどこですか!?」

「ア? あァ、こいつカ?」

「ママ!」


 ミカの声に答えたナニカは、ねじれた空間からミカ母を取り出す。ぐったりとした様子だが、息はあるようだ。


「災難だよなァこいツ。娘が……オ?」

「早くママを返してください!」

「てメェら……こんナので俺様を騙せルト思ったのカァ!?」


 順調だった。今この時までは。何か企みがあるのがわかったうえで、その手助けをするようなことはしたくなかったが、ミカ母には代えられない。苦渋の決断ではあったが、これでミカ母が帰ってきてそれなりにハッピーエンド。

 そう思っていたのに。


「こリャア偽物だ! 本物はどこにヤッタ!」


 偽物!?

 いや、俺とミカは家にあったものを持ってきた。それはミカ母曰く誰にも渡しちゃいけないものらしく、それを求めて攫ったのだと思った。

 それに道中アイテムは俺が持っていたし、ミカから渡されるまでにミカがすり替えた感じもしなかった。


「どういうことだ!? 俺たちは家にあったものを持ってきた! 偽物にすり替えてなんかいない!」

「じゃあそレヨリも前に入レ替わってたんだナぁ」

「あっ、ママ!」

「本物じゃネエなら渡セねえ」

「待て!」

「本物を持っテキタらちゃアンと返しテやるヨ」


 偽物であったことに腹を立てたナニカは、俺たちの静止の声も聞かずに、出てきた時と同様に、ミカ母とともに空間のねじれへと姿を消してしまった。


「ママ……」


 ミカは悲痛そうな顔だ。そりゃあそうだ。お母さんが帰ってくると思ったのに、渡したものは偽物だと言われまた連れ去られてしまったのだから。


「ミカ……」

「……どうすればいいんですかね、私。もうわかんなくなっちゃいました」


 今にも泣きだしそうな声音で話すミカに、俺は何もしてやることもできない。

 できることなら抱きしめて何か声をかけてやりたい。でも今の俺にそんなことをする勇気はなかった。簡単に彼女の気持ちは推し量れない。

 だから。


「ミカ、俺が探してくる」

「……え?」

「俺が、本物の顎と宝珠と逆鱗を探して、ここに持ってくる。それまで待っていてくれないかな」

「でも……」

「もし断られても俺は探すからね」

「……」

「大丈夫。絶対見つける。そしてミカのお母さんを助ける。約束だ」

「やくそく……ふふっ、強引な人ですね」

「ミカのそんな表情、これ以上見たくはないからね」


 たった数時間一緒にいただけなのに、俺はこの子に感情移入してしまっている。

 ここはゲームの中だし、相手は人間の見た目をしているけど中身は人間じゃない存在。なのに俺はどうしても、彼女が悲しんでいる姿をこれ以上見たくないと思ってしまっている。


「お待ちしています。いつまでも」

「任せて」

「それと、私にできることなら何でも言ってください。なんでも協力します」

「ありがとう」


 こうして俺は、本物の『竜の顎』『竜の宝珠』『竜の逆鱗』を探し出すことを決意した。

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