第18話 初めて入った女子の部屋
「どうぞ」
彼女の家は大通りから一つ外れた場所に位置し、こじんまりとしている。母との二人暮らしだと考えれば、十分な大きさはあるだろう。
「ミカ……?」
「ママ!?」
ミカが俺を招き入れると、奥のほうから一人の女性が出てきた。年の功は50前後だろうか。ただ病のせいか顔色はお世辞にもいいとは言えない。
ミカは母が出てきたことに驚いたのか、俺を放置して母のほうへ行ってしまった。
「歩いて大丈夫なの?」
「ちょっとだけならね……だいぶ楽になったよ」
「そう、よかった……あ、これお薬ね」
「ありがとう、ミカ」
無事に薬を届けることができた。容態もよくなったらしいし、これでミカも一安心だろう。
「ところで、そちらの方は?」
「あ、こちらブルーさん。道に迷っちゃってたところを案内してくれたの」
「それはそれは。ありがとうございます」
「当然のことをしただけです」
暴漢に襲われていたなんて言ったら、余計な心配をかけてしまう。そこで俺とミカの二人でフェイクストーリーを考えた。
「何もおもてなしできませんが、どうぞごゆっくり」
「ありがとうございます」
それだけ言うと、ミカ母はミカに後を頼んで自室へと戻ってしまった。きっと薬を飲んで眠るのだろう。
ミカはリビングに俺を招き、席を勧めた。リビングと言ってもキッチンがすぐそこにあるし、扉一つで隔ててるだけでミカの部屋とミカ母の部屋になっているらしい。
「どうぞ」
「ありがとう」
ミカはホットティーを出してくれた。ずずっと一口いただく。
「改めて、本当にありがとうございました」
「だからお礼を言われることじゃないって。結局逃げちゃったしね」
感謝されるのはうれしいけど、同時に敗走のいやな感情まで思い出されてしまう。この話はここで終わりにしたい。
そのあとも二人で他愛もない話をして、いつの間にか俺は眠ってしまっていた。
★
「あ~それはアレだね」
「アレ?」
「そ、強制ログアウト。ゲーム制作側が指定した時間以上の連続プレイができないようになってるんだよね」
眠ってしまったと思ったのだが、目が覚めた時は現実のほうだった。いつログアウトしたっけ?と思いつつ、さっきまであった出来事を朱音に報告。ついでにログアウトの件も話した。
「まーそういうのって結構長かったりするから、たぶんハード側のセーフティじゃない?」
「ふーん。で、どうやって設定するの?」
「さてはお主、かなりハマっておるな?」
「うるせ」
ニシシ、とおそらく何かに影響を受けたであろう笑い方をする朱音は、丁寧に設定の仕方を教えてくれた。ハードの種類に驚いていたが、企業秘密とだけ言っておいた。それで誤魔化そうとする俺も大概だけど納得する朱音も、ね。
「それで? すぐインするの?」
「いや、ちょうどいいしここで終わって寝てからやろうかな」
「おっけー。多分それ超レアクエストの可能性あるから受けといたほうがいいよ」
「りょーかい」
「ばいばーい」
どうやら朱音はこの後もインするらしく、ルンルン気分で電話に出て、ルンルン気分で電話を切った。ゲームをする体力だけはあるんだよな……。
俺はというと、意外と疲れていたみたいで、体中疲労感がすごい。久しぶりなのに一気に長時間やりすぎたかな。
小腹もすいているし、何か適当に食べて寝ますか。
★
時は過ぎ、日中。すっきりと目が覚めた俺は朝食をとってからすぐさまユートピアにログインした。
「お、ここからか」
「あ、起きました?」
インした俺を出迎えたのは柔らかな日の光と綺麗な声。ユートピアも朝になっていて、どうやら俺はミカの部屋で寝てしまっていたようだ。……ん? ミカの部屋?
「急に眠ってしまって、運ぶの大変だったんですよ?」
笑いながらミカはそういうが、ちょっと思考が息をしていない。え、ここ女の子の部屋……
「大丈夫ですか? 朝食できてますけど、食べます?」
「……イタダキマス」
徐々に思考が回復してくる。初めて入った女子の部屋。
とはいえ彼女の部屋にはあまりにも物がない。あるのはベッドと机、本棚くらい。少しの生活感はあるが、年頃の女の子の部屋には見えない。
なお、朱音の部屋はただのヲタ部屋なのでノーカンとする。
「ママー。ご飯食べるー?」
ミカがミカ母を呼ぶのを横目で見ながら、俺は席に着く。そこにはすでにおいしそうな朝食が並べられていた。
香ばしく焼かれたパンは丸っこく、野菜がたくさん入ったスープはほんのりと湯気が上り、食卓の中央には大きな木製のボウルに盛り付けられたサラダ。質素ではあるが食欲をそそる。
「ブルーさん!」
突然ミカが叫び声をあげた。驚いて彼女のほうを見ると、今にも泣きだしそうな表情。
「どうしたの?」
「ママが……」
「ごめん」
扉の前で立ち尽くすミカをどかし、部屋の中を見る。するとそこには。
「いない……?」
誰もいない。
ベッドは綺麗に整えられ、まるでそこに誰もいなかったかのよう。
「どこか行っちゃったの……?」
「それはないです! もしママが玄関を通って外に出たなら私が気付きます!」
「ということは」
失踪? 病に伏すミカ母がそんなことできるわけがない。それに母を想う娘の気持ちに気付かず勝手な行動をするような人には見えなかった。
「ん、これは……」
部屋の隅に置かれたベッド。その脇に小さなテーブルがある。そこに一枚の紙切れが。
『母は頂いた。返してほしくば下記に記す物を献上せよ』
短く書かれたその文章には、ミカ母を連れ去ったとはっきりと書かれていた。
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