第3話 それで……どうする?

「あれ、食べてないんですか?」

「あなたがいないのに食べるわけにはいかないわ」


 律儀というかなんというか。

 俺が風呂から上がると、女性はテーブルの上に展開されたお菓子の前で正座して待っていた。他人の、それも男の家ということもあって警戒心だったり緊張だったりがあるのだろう。


「ご飯準備できなくてごめんなさい」

「いえ、もとはと言えば私があんなところにいたのが原因だもの。気にしないで」

「ありがとうございます。それで、あの」

「私があそこにいた理由、かしら?」

「えと、まぁ……はい」


 雨はさらに勢いを増して降り続けている。この大雨の中帰る素振りすら見せず路上に座り込んでいたのなら、何かしらの理由があるはずだ。


「あ、もし言いたくないなら言わなくても……」

「いえ、助けてもらったのだもの。答えるべきだし聞く権利はあるわ」


 続けて女性は自己紹介に入った。


「私の名前はるなよ。ひらがなで〝るな〟」

「るな、さん」

「変な名前でしょう?」

「可愛くていい名前だと思いますよ」

「そうかしら」


 るなさんは自嘲気味に笑った後、事の経緯を話し始める。


「簡単なことよ。仕事がうまくいかなくてね。どうしようか途方に暮れていた時に雨が降り出してきて、完全に参ってしまった私はあそこにいた。そこを助けてくれたのがあなたってわけ」

「なるほど」


 俺はまだ高校生だから、大人の事情はよく分からない。でも物事がうまくいかない心配や焦りは今まで何度か経験したことがある。さすがに路上に座り込むほどではなかったが、果たしてそれならばるなさんが抱える感情はどれほどのものなのか。


「もうそのことはいいの。こうして助けられて目途が立ったから」

「そうなんですか?」

「ええ、まだやる事はあるけど、一番大きな問題が解決できそうだもの」

「ならよかったです」


 一旦落ち着くことで気持ちや考えをリセットすることができて、その結果何とかなりそうだというならば、助けてよかったと思える。


「それはそうと、あなたのお名前はなんていうのかしら?」

「俺のですか? 俺はあおいです。高野蒼」

「高野蒼……蒼くん、ね。覚えたわ。今度日を改めてお礼をさせてもらうわ」

「気にしないでください。やりたくてやったことなので」

「そういうわけにはいかないわ。これは私がやりたいことなの」

「そういうことなら……」


 とりあえず受け取っておこう。我を通す必要はないし。


「あら……?」


 るなさんが何か見つけたらしい。視線を追うとそこには一台のゲーム機。


「ゲームするの?」

「あんまり時間取れないですけどね。でもゲームは好きですよ」

「そう、よかった」

「よかった?」

「なんでもないわ。それにしても……これ二世代前かしら?」

「お金がないので買えないんですよ」


 るなさんが見ているのは十年くらい前に発売されたゲーム機。これの一つ前に世界で初めてフルダイブ型のVRが発売されて、そのハードの改良版が今俺が持っているゲーム機。最新型はなんかもうすごいことになっているらしいが、その分価格も高く、とてもではないが手を出せない。


「ふぅん……」

「あの……?」


 なぜがじっと見られている。そんなに見つめられると恥ずかしいし、美人なこともあって緊張感もある。


「わかったわ。それで……どうする?」


 どうするとは……? そんなこと聞かれたらまたリビドーが復活してしまうが?


「一緒にゲームでもする?」

「特にすることないですしね。何します?」

「そうね……あ、とりあえず普通の話し方でいいわよ。つらいでしょう?」

「あ、ありがとうございます」

「ふふ、少しずつ私に慣れていけばいいわ。まだ時間はあるのだもの」

「そう、だね?」


 確かに丁寧な言葉に気を付けるのは少し疲れる。言い出してくれるのは助かった。


「それで、どうする? ゲームでもしようかしら?」

「あ、ごめんなさい。うちあんまりローカルゲームってなくて」

「気にしなくていいわ。そうね……トランプとかある?」

「それくらいなら」


 確かあったはず……あった!


「蒼くんに新しい遊びを教えてあげるわ」

「まじすか、トランプに新しい遊びなんてあるんだ」

「今はVRが主流だものね。なかなか新しい遊びを開拓することはないわよね」


 るなさんの言う通り、修学旅行などのVRがない場面でしかトランプみたいなゲームはする機会がない。

 るなさんはいろいろな遊びを知っていて、そのどれもでそこそこ強かった。そこそこなのはある程度やれば俺でも勝てたりするからだ。

 そうやって遊んでいるといつの間にか睡魔に襲われ、俺たちはどちらからともなく眠りに落ちた。

 翌日、遅刻ギリギリに起きた俺は急いでるなさんを起こして家を出るのだった。

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