1『右目』-6 セキア・インジェリィ2

 魔眼の中で何が一番有名か、と聞かれればやっぱり魅了の魔眼だとアタシは思う。


 効果は限定的、目の合った対象に自身に対しての好意を植え付けるだけの魔眼。低位のものだと簡単な暗示程度の効力しかないし、そもそも目を合わさなければ発動すらしない。でも高位のそれは『魔眼保有者の視界に入るだけで』強制的に発動し、他者の心を無理矢理捻じ曲げる。


 とはいえ、魅了なんかアタシには効かない。昔からそういう体質なのだ。

 生まれ育った村では人の心がない、とか情緒がクソガキだ、とか。ハンター仲間からも色気よりも殺戮衝動だとか酷い言われ様だけど、多分そういうことじゃなくって普通に耐性あるだけなんだと思う。

 ……色恋の理解がまだなのは、事実だけどさ。


 で。魅了の魔眼の次に有名な魔眼と言えば。


「ふむ、石化か。我が『右目』ながら素晴らしいな、一歩も動けんどころか指1つ動かせない。幸い口は動くようだがこれは意思疎通のために加減されている、という訳じゃな。レイラ、貴様は動けるか?」


「分かりきった無駄口を叩くのがお好きなのですか、ご主人。私と『右目』では悪魔としての程度に差がありすぎます。どこかの無能な臓器の世話を私が焼いている期間に力を溜め込んだ結果でしょう」


「無能な臓器……? 貴様、そんな所に行っておったのか」


「ご主人のことですよ」


 そう。石化の魔眼。

 視線によって相手を石化させる呪いの魔眼。厳密には石にする訳じゃなくって麻痺させるんだけど、感覚が石になったみたいって言われるからこういう名前になった魔眼。


 分かりやすく強力な魔眼で、これを持っている眼球型の悪魔はそんなに珍しくない。


「あら、この視線でも動けるのね。流石は『勇者』」


 悪魔神2人は早速お荷物になったみたいだけど、アタシはこれにも耐性がある。魅了ほど盤石じゃなくって少しは影響受けるけど、それも全身が重くって動かしにくくなるくらい。

 ――くらい、なんだけど。


「……なんかアタシにだけ、色々と多くない?」


「当然でしょう? アンタ達の中で一番の脅威は『勇者』なんだから」


 重さだけじゃない。全身の倦怠感に発熱、それに魔力の流れを阻害されてる感覚があった。

 これは病魔とかその手の魔眼のレジストに失敗したっぽい。


 うーん。うーん。うー--ん。

 面倒な性質だなぁ、セキアさん。

 多眼だったり大きな単眼だったり眼球系の悪魔は大抵デバッファーってのは常識だけど、うん。その中でもかなり強力な力だよ。正直舐めてた。悪魔神の『脳』と『右腕』がアレだったから、『右目』も大したことないって思い込んでた。


 先入観ってやっぱり良くないよね。反省しなくちゃ。


 そんなことを考えてると、今度はアタシの全身から炎が噴き出した。


「うわっ、パイロキネシスまでできるのね。魔眼なんでもありのテンコ盛りじゃない、反則よ反則」


「……えっと。なんでアンタまだ立ってるワケ?」


 物理的に炎上するアタシに対してセキアちゃんはそんな声を上げた。


「『右目』よ。今代の『勇者』は多分化け物じゃぞ。その程度で殺せると思うな」


 そして何故か完全に観戦モードになってるガルザ。石化した体勢のまま訳知り顔でそんなことを宣う。


「『脳』、アンタ『勇者』の仲間なんじゃないの? なんでそういう態度なワケ?」


「別に儂、ミサの仲間じゃないぞ。むしろ今は貴様の味方じゃ」


「な、なんでよ。同じ悪魔神だから? 取り入ろうったってそうはいかないんだから。折角手に入れた自我なのよ、吸収なんてされてたまるもんですか!」


「貴様を回収はするが、それとこれとは無関係じゃ」


「……じゃあ、それこそなんでよ」


「儂、こういう戦いは負けてる方とか弱い方を応援する質なんじゃ。だから儂は貴様の味方じゃ」


「ぶっ殺すわよ!」


 心の中でアタシも同じことを思った。仮にも自分の一部に弱いだなんて。そりゃあ頭にくる。

 それに誰が化け物よ。化け物はアナタ達悪魔じゃない。アタシはただ普通に善良な人間だっての。ぶっ殺すわよ。

 や、いずれはホントにぶっ殺すんだけど。


「でも、動けるっていっても面倒なのは事実なのよね。炎は熱くて痛いし体は重いし、それに魔力が乱れてるせいで身体能力一本で戦わなきゃいけないなんて」


 ぼやきながら、アタシは腰に差した剣を抜いた。

 この剣は無銘の、なんてことないごく普通の剣だ。切れ味も普通、耐久力も普通。でもアタシにとっては特別な一本。

 村の幼馴染、鍛冶屋の見習いやってたアイツが、アタシの出立の時に手渡してきた普通の剣。


 だから、壊れないように丁寧に振るわなきゃいけない。


「ねぇガルザ。どの程度までならいいの?」


「殺さなきゃ構わんよ。……いや、最悪殺してもいいか。目は2つあるしの」


「いけませんご主人。部位1つでも失われたら完全復活出来ないではありませんか」


「ちょっと!? 殺されていいってウチをなんだと思ってるワケ!? アンタの『右目』よウチ!?」


 そうだったんだ。部位1つでも……。

 完全復活してもらわなきゃいけないアタシ的には、これは制約が増えちゃったな。

 丁寧に処理しなきゃ。魔術なし、剣術と体術だけってハンデで。


 いけるかな……? 自分でいうのもなんだけど、アタシって不器用なのよね。


 少し考えて、アタシは方向性を変えることにした。


「ねぇセキアさん。アナタの配下の悪魔、皆殺しにしたら降伏してくれる? アタシ的にもアナタに傷つかれると困るのよ」


「なによ!? アンタももうウチに勝った気でいる訳!?」


「や、違う違う。違うわよ。だってほら、眼球系の悪魔って基本呪いとかそういうのが中心で決め手っていうか火力に欠けるじゃない? だからきっと、そういう暴力担当の部下がいるんじゃないかなーって。だからそいつら全員殺せば降伏してくれるでしょ?」


「……普通、魔眼持ちの上級悪魔なら魔眼だけで決め手になると思うんじゃが」


 なんかガルザが呟いてた。小声だったから聞き取れなかったけど。


 セキアさんはアタシの言葉にちょっとだけ安堵の表情を滲ませた。え、なんで安堵? 降伏する気になってくれたのかな?


 ……そうじゃないみたい。すぐにその表情は好戦的な笑みに代わる。


「どこまでも『勇者』的ね、アンタ。いいわ、ウチの土俵で戦ってくれるってんならそれこそ望むところよ! 慢心をあの世で後悔するがいいわ『勇者』! ホントにあの世なんて場所があるかなんて知らないけど!」


 そう言うとセキアちゃんは右目を抑えてブツブツ呟き始めた。


 ……なんだろう。その姿からは、こう、言語化出来ない感情が溢れてくる。アレ、マネしたい。呪いとか傷とか受けた時とか、あるいは魔眼起動の時とか。そういう時にマネしたくなる熱さがあるわ……。

 アタシが傷つくことなんてそうそうないだろうし、それにアタシ自身魔眼なんて持ってないことが悔やまれる……あぁ、羨ましい!


 そして、しばらくして。


「ふっ。ウチがアンタと戦う必要なんてないし始めからそのつもりはなかったけど、ウチの配下が倒したなら実質ウチが『勇者』を倒したも同義よね! 見てなさい『脳』! 歴代悪魔神インジェリィが誰も成せなかった勇者殺しをウチがしてみせる! その後はアンタよ!」


「凄く凄い、今から負けそうなヤツが言いそうなセリフじゃのぅ。悪役的には満点じゃ、儂も悪魔神として鼻が高い。今は『鼻』ないけどの」


「さっきから余計なコトばっかりねアンタ! 『勇者』より先に殺されたいワケ!?」


 ……ゴメン、セキアさん。

 アタシも正直悪役として……ていうか三下的なキャラの台詞として感動覚えてたとこだった。すごく負けそうな悪役のセリフ、『勇者』としてちょっと感激しちゃってたところある。ホントゴメン。


「ふ、ふんっ! まぁいいわ! 勝つのはウチなんだから! なにせウチの配下は5000体! ほとんどが上級悪魔な上に今さっき休日出勤の連絡が終わったとこなのよ!」


 あ、さっきのやつ休日出勤の連絡だったんだ。

 というか悪魔にも休日とかって概念あるんだ。

 ……そりゃあるか。労働力として人間を支配してても、それはそれでそれを管理する悪魔が必要で、どうやってもお仕事ってのは出てきちゃうから。社会性みたいなのも生まれるわよね。


 それで休日出勤。ご苦労様です。

 尤も、彼らの命日は本日なので今後労働から解放されて休日も休日出勤とも無縁な状態になる訳ですけど。


「この城をこれ以上壊されると冬場とか辛そうだし、一騎打ちの形態にしてあげる。感謝してよね。何人まで持つか……楽しませてもらうわ!」


 そう言うとセキアさんの正面に魔法陣が浮かび――


「えいやっ!」


「――ぶもっ」


「…………えっ?」


 とりあえず一体、斬り殺した。


 うーん! この悪魔の肉を断つ感覚! 人類の敵っていう罪悪感を感じずに済む相手を一方的に絶命させる感触! 最高に気持ちいい! 体の重みとか怠さとか、皮膚が今も灼けてることすら忘れそうなほどの快楽が! 脳内麻薬が迸ってヤバい!


 どんな悪魔だったかもよく分からない一体目の悪魔は塵になって消えた。一部例外を除いてアタシが悪魔を殺すとこうなっちゃう。普通は死体が残るんだけど、なんでだろ?


「……こわー」


「ご主人、能力はともかく悪魔神としての威厳は保ってください。奇妙な表情になっていますよ」


 なんか後ろで声が聞こえたけど、悦楽に震えるアタシはそれどころじゃない。

 これが、あと、4999回も!


 ブウン、と剣を薙いで血霧を払う。


「さ、セキアさん。2人目をお願い。出来れば今のよりとびっきり強いのをお願いね?」


 どうしても緩んでしまう頬を必死に諫めつつ声をかけるとセキアさんは絶句して固まってた。

 なんでよ。こういう形式にしたのはそっちじゃない。驚くことでもないと思うし、それにまだ沢山部下のストックはあるでしょ?


 だからほら、早くしてよ。

 早く、早く。早くアタシに殺させてよ。

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