1『右目』-5 セキア・インジェリィ1
「っととぉ、あっぶねぇな貴様。殺す気か」
「当然殺す気よ。今じゃないけど」
跳躍の勢いのまま豪邸に乗り込んだアタシ達。壁をぶち破って突っ込んだせいで、周囲は瓦礫と砂埃が舞い上がってる。
アタシはともかく今のヨワヨワな悪魔神2人に死なれちゃ困るから一応防護の結界を張っての突入だったけど、ある意味正解だったわ。だって、これだけ埃が舞っていたら煙くって仕方ないもの。
ただ、結界はアタシ達の周囲を守ってくれるだけで視界不良自体はどうこう出来るものじゃない。だからアタシはその解消のために風の魔術で瓦礫ごと邪魔な砂埃を吹っ飛ばした。
「なっ……なななな、なな、な――っ」
晴れた視界の先。
そこには真っ赤な髪をしたヘテロクロミアの女の子がいた。アタシよりちょっとばっかり年下かな? 気配的には完全に悪魔。
アタシのダイナミックな登場に狼狽えて……って訳ではなさそうだけど。しきりにな、の同じ音を鳴らしながらパクパクと口を開閉させてる。整った顔でそんなことされるとちょっと面白いから止めてくれないかな。笑っちゃう。
「ふぅむ。この屋敷には人間の気配がないのぅ。なれば欺瞞もいらんじゃろ。のぅレイラ。アレは儂か?」
「ご自身で分からないのですか?」
「分からん」
「であれば、私に期待などしないでください。触覚としての才は私にはありません、あくまで私は『右腕』でしかありません」
「悪魔だけに、か?」
「はっ倒しますよご主人」
アタシの小脇に抱えられたまま、バカみたいな会話をする2人。
うーん! 緊張感ない! 一応この状況って、『勇者』であるアタシが悪魔に支配された都市を救うべく親玉の元に乗り込んだ、っていう物語でいえばその章とか節目のクライマックスになってもおかしくないシチュエーションなんだけど……合ってるよね? アタシ何か勘違いとかしてないよね?
ていうか、自分自身かどうか分からないんだこの2人。
え、何、そういうものなの……? なんとなく目の前にしてみたら分かるものだって思ってたんだけど……?
いやでも、分からなくっても仕方ないのかな? アタシももし自分の腕とか切り落とされちゃって、他の腕とごちゃまぜにされてさぁどれがアナタの腕でしょう!? とかされても分かる気しないし……。
「――なんで『脳』と『右腕』が『勇者』なんかと一緒に攻めてくるのよ!? おかしいじゃない!?」
とか考えてたら、甲高い声。
「おかしいおかしいおかしいわよっ!? なんでっ!? なんでウチの所にアンタらが来てんのよっ!? いや来るのは良いわよだってウチ『右目』だもんねっ!? 『勇者』が殺しに来るのも分かるし、それを止めにウチの他の部位が来るのも分かるわよっ!? でもなんで『脳』と『右腕』が『勇者』と一緒に攻めてくるのよおかしいじゃないっ!? ウチが何したっていうのよホントっ!? ぶっ殺すわよ運命!」
うがー、って勢いで頭を抱えて絶叫する、赤い髪の悪魔。
……今『右目』って言ったわよね?
『眼球』とか『両目』じゃないんだ。『右目』だけなんだ。
どれだけ粉々に吹っ飛ばしてんのよ先代の勇者様。悪魔神の完全復活まで先が長そうじゃないのよ。や、人類的には悪魔神が弱ってるって都合が良いことなんだろうけどアタシ的には都合悪いのよ。
アタシは抱えたままのガルザとレイラさんを下ろす。
下ろされたガルザは、なんというか、うん。脈絡も何もない発言をした。
「のぅ貴様。今儂を『脳』と言って、自身を『右目』と言ったか? 分かるのか?」
「あぁっ!? 分かるに決まってるじゃない! は? アンタ『脳』なのに分からないワケ?」
「うむ、分からん。流石は感覚器じゃ。凄いの、貴様」
「……呆れた。ウチの『脳』、ここまでダメダメだったなんて」
『右目』さんはどうやら悪魔神が分かるみたい。
だよね。普通そういうの分かるよね。そういうものだよね。人間基準に置き換えて考えちゃったから納得しかけたけど、分からない方がおかしいわよね。
「して『右目』よ。自己紹介は必要か? なにせ自分自身が相手じゃからの、どう接すれば良いか儂自身検討もつかんのじゃ」
「……アタシに対してはいらないわ。『視れば』情報なんて全部分かるもの。『脳』のガルザに、そっちのチビッ子は『右腕』のレイラね」
「お初にお目にかかります、文字通り。『右腕』のレイラです」
ペコリ、と綺麗なお辞儀を見せるレイラさん。悪魔の気配さえなかったらごく普通のメイドさんにしか見えない仕草、すごく丁寧。
「お目にかかる、なんて洒落たこと言うじゃない。いつから『右腕』は『口』も兼任するようになったっての?」
「ご主人が栄養失調機能不全のゴミクズ同然なもので。自然と口が回るようになってしまいました。出来れば私以外の1人目は、『血液』か『肝臓』……そうでなくとも『口』が望ましかったのですが。『右目』、ですか。失望しました」
「勝手に期待して勝手にウチに失望してんじゃないわよチビッ子」
「……よく考えたら、これって儂の一人芝居みたいなものなんじゃよな。外から見れば阿呆らしいと思わんか? 勇者ミサ」
…………ノーコメント。
確かに悪魔神同士でこんな会話をしてるのはバカバカしいって思うけど、一人芝居って思うには3人……3部位? 共に個性がありすぎて、ちょっと厳しいとこがあるし。
「ふん、まぁ良いわ。想定より早くこの場所に突っ込まれた上に『脳』と『右腕』が付いてきたのにはびっくりしたけど、それでもびっくりしただけなんだから。ウチことセキア・インジェリィに何も問題はないわ」
あ、『右目』さんはセキアさんっていうんだ。
……そういえば、悪魔神の部位なのに皆名前ってどうやって付けてるんだろう? 自分で付けてるのかな? どうでも良いけど。
「なんで『脳』と『右腕』がいるのかは知らないけど、『勇者』がここに来た理由は明白よ! ウチを殺しに来たんでしょ! そうはいくもんですかっ、逆に殺し返してあげるわっ!」
「えっ……」
「……なによ、そのえっ、っていうの」
「……別にアタシ、セキアさん殺しに来たわけじゃないんだけど」
「違うのっ!?」
「最終的には殺すけど」
「やっぱ殺すんじゃん!? えっ、どういうことなの『脳』!? 説明しなさい!」
そのセキアさんの怒声に近い叫びにガルザは面倒そうな表情を浮かべた。
「いや、儂勇者に殺されようと思ったんじゃがな。この勇者、全部位を回収するまで儂を殺さんとか言い始めたんじゃ。じゃから儂、今『自分探しの旅』しとる。んでその第一号が『右目』の貴様じゃ」
「いや意味分かんないわよっ!? まずなんで殺されようとしてんのよ頭おかしいんじゃないのっ!? いやコイツがウチの頭だった!? あぁもうっ!? レイラ! 今のホントなの!?」
「おおよそは。私はこの勇者を殺し返すつもりですが」
「最っ高にカオスな状況ってコトだけは分かったわっ! ウチにいったいどうしろってのよ!?」
セキアさんが髪を振り乱しながら叫ぶ。その姿になんだかアタシは既視感を覚えた。
なんだか最近……というかつい数時間前、同じことしてた覚えあるなぁ、って。
相手が悪魔ながら、なんだか同族意識が湧いてきちゃう。困ったな、殺す時に心が痛むじゃない。
「……ちょっと待って。状況を整理するわ。整理させなさい。これは女王としての命令よ」
「女王じゃったんか貴様。ここは国というにはあまりに小さいと儂は思うんじゃが」
「黙りなさいポンコツな『脳』。ウチがいる場所がウチの国なの、規模は問題じゃないわ」
そうして瞑目し、時折叫び、唸り、また静かになって。
そんなことをなんどかセキアさんは繰り返した。
……アタシの時はあそこまで酷くなかったわよね? そうよね?
……そうよね?
「……それじゃあ、つまり『脳』。アンタはウチを回収しに来たって訳ね? そんでもって、間には色々あるかもだけど、『勇者』もウチを殺すことが目的、と」
「そうじゃな」
「……まぁ、最終的には?」
「レイラはどうなのよ」
「私は『右腕』ですから、悪魔神インジェリィの利となることを成すだけです」
「そう……それじゃあっ!」
ギラリ、と赤く朱く紅いその彼女の右目が一際大きく輝いた。
「アンタ達全員アタシの敵よ! 『脳』だろうが『勇者』だろうが、力を蓄えて色々備えたアタシに勝てるワケないんだから! 殺してあげるっ!」
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