1『右目』-4 魔壊都市グロリアス・アイ2
悪魔に支配された地域ってのは、その周辺の空が真っ赤に色付く。
真っ赤、って言っても夕焼けみたいな綺麗な色じゃなけりゃ深紅って感じの赤々とした色味でもないんだけど。
どっちかっていうち、赤紫に近いかな? 毒々しくって、少し暗い雰囲気の赤い空。まさに魔界よね。
その色は特に星月夜に強まるんだけど、日中でも陰鬱とした色合いってのはそう変わったもんじゃない。
この空の色、やっぱり悪魔の象徴だから不気味に感じたり気味悪がったりする人達って多いんだけど、アタシはそうでもないのよね。
だって、この空が広がってるってことは必然的にそこには悪魔がいるってコトじゃない。好きなだけ暴れられるし、仮にその場所が都市だったり城だったりって場所なら人々を救うっていうお題目すらもらえるんだもの。まさに一石二鳥、イイことしかないわ。
ない、んだけど……。
「ちょっとコレは……勇者として、ていうか人としてマズいわね」
「なんだ、そんなに強いのか?」
「強くはないんだけど。でも、相手は人間よ? ただの人間」
「なら殺せば良いじゃないか。進むのに邪魔だろう。先の門番のように殺せ」
「殺すわけにいかないわよ。だってこれって、明らかに操られてるだけじゃない」
魔壊都市グロリアス・アイに入ることは簡単だった。なにせ悪魔に支配された都市だもの。都市入口を守る衛兵的な存在も当然悪魔、通行許可なんていらないわ。殺せば良いのだもの。
アタシ達は彼らを問答無用で斬り殺してサクッと都市に入り込んだ。
でも、いざ入ってからが問題だった。
「ったく、ここの支配者は性格が悪いわね。悪党だったりするならともかく、明らかに操られてるだけの人間を兵隊として寄越すなんて。こっちが『勇者』ってバレてるのかしら」
アタシ達は街の入り口で、兵隊さんと思われる集団に包囲されていた。
それも全員が人間。悪魔は誰一人として見当たらない。
兵隊さんの表情は誰も彼もが無表情で無色透明。老若男女入り混じった彼ら彼女らが『魅了』あるいは『支配』によって操られていることは誰の眼にも明らかだった。
……やっぱり、『眼球』がいるのかも。高位の悪魔の持つ魔眼ならこの程度のコトはサクッと出来ちゃうから。
彼らはアタシ達を取り囲んだまま、一定距離を保って微動だにしない。統率が取れている、ってより完全に操り人形ね。ってことは目的は時間稼ぎ……?
「バレてるってんならそれこそ良いコトじゃねぇか。だってよ、ここの支配者が『眼球』ならバレない方がおかしいからな」
アタシの背後でガルザはそう不敵に笑った。
……コイツ、状況理解してるのかしら?
「それはそうだけど……手加減、苦手なのよアタシ。普通の人間相手に殺さずに立ち回るなんて無理よ」
「だから殺せよ」
バカ。ホントバカだわコイツ。
分からずやの悪魔の『脳』め。殺せ殺せって言うけど。
「あのねぇ。普通、まともな人間ってのは人間を殺したがらないの。必要なら殺すけど、そうでないなら誰だってイヤなものなの。悪魔がどうなのかは知らないけど」
「そうなのか? だが、今は必要な時だろう? 必要ならば殺すのが人間だろう? ボクは何度もそういうのを見てきた気がするぞ」
さらっと酷いことを言ってのけるガルザ。それ絶対アナタがそうなるように仕組んだヤツでしょ。悪魔か。悪魔だったわ。
単純な数の話だ、とガルザは続けて言う。
「ここで数百人……数百人くらいだよな? それだけの人間を殺してさっさと都市を支配してる悪魔をしばき倒した方がどう考えてもトータルの被害者は少ないだろ。それにたかが数百人がなんだって言うんだ。人間はすぐに増える、そのくらいの数字、誤差だろ」
「……合理的かもだけど。アナタ、人間の気持ちってのがホントに分からないのね」
コイツが人の命を数字でしか見てない、ということが今の発言で分かっちゃったし。あーあ、こんな弱っちい見た目でもやっぱ悪魔なんだなぁ、って思い知らされる。価値観とか倫理観とか、基本的にそういうのが終わってるのよね彼ら。
だからこその悪魔なんだろうけど。その神様にそういうのを期待する方が間違ってるんだろうけど。
だけど、次の発言でそのアタシの認識は改められることになる。
「だけど、しゃーないな。人間ってのがそういう生き物だってのは分かってたことだしよ。だから人質とかいう良く分からん戦法が有効な訳だし。感情で動くのは悪魔も一緒だが、どうも人間ってのは欲望以外の感情もバカデカい。だからしゃーない――レイラ、『顎』を出す。今のボクは何分持つか?」
「ご主人、何分などと思い上がらないでください。精々30秒程度が限界です。ただでさえ『脳』は燃費の悪いゴミの様な臓器なのですから」
「……ゴミは言い過ぎじゃろ」
……えっ?
今コイツ、何のことを言ってるの?
僅かに素の口調が混じったその悪魔神は、表情にそれはもう面倒だという色をありありと浮かべ、そして。
「『上顎』ソーン、顕現――ミサ、悪魔ってのは見栄っ張りだ。だからこの都市の支配者も一番でっかくて豪華な建物にいる、と思う。この人間の兵隊はボクがちっとばっかし相手してやるから隙を見てボクとレイラを抱えてそこへ飛べ。勇者なら、出来るだろ?」
十歳にも満たない外見の、いずれは美少年になるだろう容姿をした灰色の髪の悪魔神は、どこからともなく現れたシンプルなナイフを右手に携え。
「殺したくないってんならその無茶な要望を聞いてやる。なにせこれでも儂は神様じゃからな」
「今のご主人では殺したくても殺せない、の間違いでしょう」
「やかましいわ」
レイラさんと交わされた間の抜けたその言葉と共に、ガルザは駆けた。人間の兵隊に向かって。
「ちょっと――っ!?」
アタシが制止するよりも早くガルザは兵隊さん達の前に躍り出る。当然、彼らの持つ槍が襖が覆いかぶさるが如く彼に向かって突き出された。
「――――ふっ!」
軽い呼吸。
その槍衾に、身を屈めたガルザは薙ぐようにしてナイフを振るった。
すると、どういう理屈なのだろうか。ナイフに絡めとられるようにして槍が吸い付く。まるで磁石に引き付けられる鉄のように。
「『下顎』バカラ――顕現」
呟きと共に左手に現れたのは、幾重にも切れ込みの入った短刀。鋸よりも荒い目の刃が重なった、俗に言うソードブレイカー。受けた刃を折ることに特化した奇剣。
それを彼は、槍が吸い付いた右手のナイフとこすり合わせる。
甲高い金属音。まるで石臼を挽くような鈍い音。相反する音色と共に、兵隊さん達の武装が砕け散った。
――直感で理解した。戦士としてか、あるいは『勇者』としてのそれが由来なのかは分からないけど、本能的に、第六感とでも言うべき感覚で理解できた。
アレは、牙だ。獲物を食い破る悪魔の牙。食いつき噛み砕く悪魔神の大顎。あの2本の短剣こそが、『脳』と『右腕』以外の今のインジェリィなのだと。
「持ちませんね」
その、アタシの背後で呟かれた言葉でアタシはハッと我に返る。
「……持たないって、アレが? 殺さずに無力化って意味だと十分だと思うけど」
「今の『脳』は無理をして『顎』を使用しています。なぜなら、『脳』は『顎』を動かす器官ではないのですから。ただでさえ機能不全の状態であるというのに『口』がない状態で駆動させるなど、蛮行でしかありません」
"アナタの所為です、勇者ミサ"
そう彼女は続けた。……アタシの所為?
「我が『脳』……いえ、悪魔という種族は基本見栄とプライドの生き物です。特にその中でも神である悪魔神インジェリィはその傾向が強い」
「……つまり?」
「簡潔に言うと、勇者の前で格好いい姿を見せたい、という根性だけで今のご主人は動いています」
そう言うとレイラさんは呆れた吐息を漏らした。
「ねぇ。だったらレイラさんが代わってあげたら? 『右腕』なんでしょ?」
「ご冗談を。『右腕』に『顎』が動かせるとでも? 『脳』は司令塔故にある程度の無理が利きますが、その他の部位は関連ある部位以外には干渉できない、それが今の私達です」
……うっわー。めっちゃ使い勝手悪い。
でも、戦いぶりを見てる限り普通に動けてると思うんだけど、ガルザ。武装破壊に専念してるのもあって怪我だってしてないし。
あ、ほら今だって斬りかかってきた兵隊さんの剣をまとめてへし折っちゃった。
レイラさんにそう聞いてみると、バカを見る目で見られた。
「ご主人は『脳』ですよ? 『脳』単体にスタミナがあるとでも?」
自分よりちっちゃい幼い女の子からのその冷たい視線は、いくら相手が悪魔だって言っても結構効いた……。
「分かったらご主人の提案通り、さっさとこの都市の主の住居の目星を付けてください。ご主人はあと10秒も持ちませんよ」
「わ、分かったわよっ」
『右腕』の役目はなんなんだろう。レイラさん自身は何もしてなくない?
そんなことを思いつつ、アタシはその場から跳躍した。高さにして10メートルちょいくらい?
そんでもって周囲を睥睨。
……んー、アレかな? なんかお城みたいな建物。お城って言うにはちょっぴり小規模だけど屋敷としてはかなーり豪華な造りのヤツ。
きっと支配した人間を無理矢理働かせて造ったのよね。だって、この都市の規模にあの建物は合わないもの。悪魔が見栄っ張りってのが正しいなら、多分あそこだと思う。
重力に引かれて着地。ちょっぴり足の裏がじんわりした。毎度のことながら跳ぶと痛いなぁ。
ふと視線を感じると、レイラさんがドン引きしてた。
「……え、何よ」
「…………貴女、本当に人間ですか。飛び跳ねて確認するとは思いませんでした。先入観ですが、魔術か何かを使用するものとばかり」
え、魔術?
いやいや。そんな小難しいことより直接目視の方が手っ取り早いじゃん。それに魔術使うと痕跡残ったり逆探知されたり、そういう痕から妙な攻撃もらったりするし。
そういうと、何故かさらにレイラさんの表情が引きつった。なんでよ。
「……まぁ、いいです。問題ありません。『勇者』という存在が化け物染みてることは知っていましたから」
む。
本物の化け物な悪魔に言われたくはないな。
レイラさんは呆れ顔のまま、兵士さん達と交戦するガルザの服の襟首をつかんで引き寄せた。
「――おわっ!? おいレイラ、危ないだろ」
「危ないのはどちらですか。ほぼ活動限界です、それに都市の主の居場所も目星が付きました」
「早っ!? 今代の『勇者』は化け物かよ!? 少なくとも先代よりは絶対優秀じゃねぇか!」
褒められてしまった。悪魔神に。
そんでもって、それが悪くない気分の自分もいた。
悪くない。うん、悪くない。
味方に褒められるよりも敵に褒められる方が気分がいい。
ヨワヨワとはいえ仮にも悪魔神相手だし。うん、悪くないわねこれ。
「ガルザ、またアタシのスゴい所が見れたら存分に褒めなさい。いいわね?」
「お? おう?」
困惑顔のガルザと相変わらず呆れたような表情のレイラさんをアタシは小脇に抱える。2人が小柄、そんでもってアタシの体格が同世代と比べても大きいこともあってすんなり達成。結構持ちやすいわね、コイツら。
「ぐえっ」
「……勇者ミサ。苦しいです。もう少しどうにかならないのですか」
見た目的には米俵を両脇に抱えた感じ。腕にお腹が食い込んでで2人ともちょっと苦しそうな表情になったけど、まぁ悪魔だしいいでしょ。
「それじゃ、跳ぶわよっ!」
アタシは両者の反応を無視してそう叫ぶと、再度大きく跳躍した。
目指す先は、この都市に見合わぬ大豪邸!
さてさて! 悪魔神の『眼球』はちゃんとあるのかしら!?
なくてもここを支配してる悪魔を殺して都市を解放するから無駄骨にはならないけど、出来ればしっかりといて欲しいものよね!
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