1『右目』-3 魔壊都市グロリアス・アイ1
「さて、ここが魔壊都市グロリアス・アイよ。ガルザ、何か感じることはある?」
「儂は何も感じん。『眼球』も『鼻』も『耳』も無いからのぅ……レイラ、貴様はどうじゃ?」
「『右腕』に感覚器としての性能を求められても困ります、ご主人。私は『右腕』であって『右手』ではないのですよ」
「似たようなもんじゃろうが」
さて。さてさて。さてさてさて。
やって来ましたるはつい数年前にとある上級悪魔に支配された魔の都市こと、魔壊都市グロリアス・アイ。
アタシこと『神滅戦鬼』ミサがこの都市を訪れた理由は勿論! 悪魔に支配されて都市の名前も変えられてしまったここを救うため――! というのも理由の1つなんだけど、本命は別。都市市民の皆ゴメンね! でもアタシはアナタ達よりも自分の欲望が大事なの! 結果的には助ける形にはなると思うから許してね?
という訳で、その本命の理由というのが。
「だからガルザ。その話し方は人間らしくないわよ。外見と中身が乖離してると悪魔だって疑われかねないんだから、もうちょっと子どもっぽくしゃべってって言ったでしょ?」
「疑われるも何も事実悪魔じゃろうが」
「アタシは勇者なの。そんなアタシが悪魔引き連れてたら外聞が悪いじゃない。いいでしょ、そういうロールプレイだって思えばきっと楽しいわよ」
「そういうものかのぅ……んんっ、確か一人称はボク、じゃったか」
「じゃった、なんて年寄り臭い話し方も止めて。止めなさい。もうちょっと可愛げのある感じで」
「んんー……こういう感じですか」
「敬語はなんかキモいから止めて。もうちょっと、なんか生意気で世間知らずで世界の全てが自分の思い通りになるって思ってそうなクソガキっぽい口調にしてよね。ほら、とりあえず自己紹介っぽく何か言ってみなさい」
「注文が面倒じゃのう……ボクはガルザ。通りすがりの悪魔神だ」
「そう、そういう感じ。凄くいいわ。でも悪魔神を自称するのは止めなさいマジで」
「……勇者とはいえ人間風情に良い様に扱われるとは、我が『脳』ながら呆れる限りです。完全に貴女の趣味でしょう、勇者ミサ」
「なんのことかしら。それと、メイドさんもよ。街中で悪魔だって自称しないでよね」
「当然です。愚かで怠惰な『脳』とは違い、私は元の肉体を取り戻すことに積極的なのですから。無論、最後に殺されるつもりもございません。アナタの首もいずれ落とします。それとメイドさんではありません。レイラと呼びなさい、勇者」
「いいわね、やっぱ悪魔はそうでなくっちゃ」
この不完全な復活をしてしまった悪魔神インジェリィを全盛期の姿に戻すために、アタシ達はこの街に来たの。
アタシは『勇者』。そうでなくとも悪魔を退治して人を助けることが好きな普通の女の子。だから倒せるなら悪魔神を倒しにって、つい最近彼らの城を訪れた。
でも、そこにいたのは期待していた悪魔神なんかじゃなくって。
全身バラバラで、『脳』と『右腕』と『顎』だけになったクソザコ悪魔神だった。
せっかく! せっかくとびっきりの強敵と殺し合えると思ってたのに!
話を聞いた時は、まず信じられなかった。話を受け入れた時に昇ってきた感情は怒りだった。
悪魔神、なんで中途半端な状態で復活してるのよ! そんでもって先代勇者様! なんて余計なことを! 末路が自爆特攻だなんて、って感じでアタシと同類だと思って少し憧れてたのに! 聞いてみれば村を滅ぼされた復讐!? そんなことで『300年置きに発生する折角の災害』を微妙な形にしてくれやがりまして!
だけど、うん。怒りって感情は案外継続しないもので……いやごめんウソ言った、今でもちょっと怒ってる。でも波自体は結構治まってる。
だから冷静なアタシはすぐに思いついた。
バラバラになって弱ってるなら、パーツ全部回収して元に戻せば解決じゃん? って。
これが人類にとって、世界全体にとって損になるってことは分かってる。今の悪魔神は簡単に殺せて、悪魔災害も簡単に収束させられる。
でも、それをしたら悪魔神が復活するのは300年後。
30年じゃないのよ!? 300年よ!? いくらアタシがまだ10代の若者っていっても寿命でポックリだわ!
つまり、ここを逃せば悪魔神をぶっ殺す機会は訪れない。
幸い悪魔神の本体? らしい『脳』のガルザは栄養失調かなんかで機能不全に陥ってるみたいで結構なポンコツ。上手く扱えば簡単にアタシの思い通りに動かせそう。
『右腕』のレイラちゃんは……うーん、正直どうだろ? 悪魔としてはそんなに強そうじゃないけど、アタシって自分が強すぎるからいまいちその辺の感覚がよく分からないのよね。
とりあえず、悪魔神のパーツ集めことガルザ曰く『自分探しの旅』は無事始めることが出来た。ガルザはさっさと殺してほしいみたいだけどアタシが殺させないって言って半ば無理矢理参加。レイラちゃんは悪魔っぽく普通にアタシを殺したがってて、それでいて全盛期に戻ることにも積極的。
……この『脳』、やっぱおかしくない? 死にたがるって気質もそうだし、元の時分に戻ることにも怠慢なんて、すっごく変。例えばアタシが右足とか耳とか失ったら、治るのなら治したいと思うんだけど。
レイラちゃんの様子からも悪魔全員がガルザみたいって訳じゃないみたいだし。
あと、『顎』ってどこにいるのよ。『脳』のガルザと『右腕』のレイラちゃんしかいないんだけど。ガルザに聞いてみたけど"持ってる"とだけ。レイラちゃんは完全に黙秘……。
持ってるって、何のことよホント。
「んで、なんで儂……ボクらはここに来たんだよ。普通の都市じゃねぇか」
「感性が終わってるわね、流石悪魔。いい? 人間の言葉でこういう場所を地獄って言うのよ。それに悪魔が支配してる都市。アナタが『在る』場所として絶好の候補じゃない」
「地獄……うーん、地獄か? レイラ、貴様はどう思う」
「普遍的な都市かと」
「バカじゃないの」
この街では人間が悪魔に使役させられて強制労働、衛生環境最悪、それでいて人口確保のために人間同士の強制交配まで行われてるのよ? それを普通? 普遍的?
……いや、バカはアタシだわ。こう見えて彼彼女は悪魔神。その存在が在る時は世界中の悪魔が活性化して人類の落陽が迫ってる時なのよ。逆に言えば、その世界しか知らないのよ。
だとすれば、これを『普通』と感じることこそが『普通』よね……。
あれ――ってことは。
それしか知らないってことは、平和な街並みとか見せてみたらどうなるのかしら……?
…………。
……………………。
…………………………………………。
止めておきましょう。良い方向に転がればいいけど、その逆だってあるんだから。それに最後にはどうせぶっ殺すんだし関係ないわ。そう、関係ない。
「悪魔が支配する都市……都市ってのは悪魔が支配してるモノなんじゃねぇのか?」
「バカ。普段は人間が管理してんの。それをアナタが生き返った時だけ悪魔が好き勝手してるの。いい迷惑だわホント」
「人間だって世界を好き勝手してるじゃん。悪魔が好き勝手しちゃ悪いのかよ」
「悪いわ。少なくとも人間にとって都合が悪い。悪いから悪魔なの」
「人間ってワガママだな、最高だ」
「最低の間違いですよ、ご主人。自己都合で善悪を判断する。なんと浅ましい生物でしょう」
そう。人間はワガママなのだ。そこんとこはアタシもちょっとばっかし思うトコある。
でもアタシ自身が人間である以上、受け入れなくっちゃいけないワガママだ。清濁併せ呑む、の濁の部分っていうか。
閑話休題。
「まぁ、よく分からんがここが悪魔の巣窟になっていてボクが在るかもってのはなんとなく分かった」
「分かってるのか分かってないのかよく分からないわね」
「で、だ。なんでこの都市なんだ? ここ以外にも悪魔がいる都市なんざいくらでもあるだろ?」
「簡単な話よ。あの城から近くって一番規模の大きな被害に遭ってたのがこの都市。それに名前」
「名前?」
"魔壊都市グロリアス・アイ"
グロリアス・アイ。
アイ。
「どう考えても、『眼球』が在りそうでしょ?」
――――
その都市の女王は激昂していた。
「なんでよっ!? なんでウチのトコに『勇者』が来てんのよ!? すぐ近くには『脳』がいるあの城があるじゃないっ!?」
否。正しくは激昂ではない。意味合いとしては近く、またあながち的外れではないのだが。
「殺されるっ、殺されるのよウチっ! まだ生まれて7年しか経ってないのに! この都市を支配してまだ5年なのに! なんで!? なんで!? なんでなのよぉっ!? バカ!? バカなの!? 運命ってのはバカなのよっ!?」
ヒスっていた。ヒスりまくっていた。それはもう酷いくらいヒステリーだった。
自我を獲得し力を蓄えること1年。人間を操り都市を事実上支配するのに1年。そして支配下の悪魔達による人間の完全支配まで約1週間。
灼熱色をした魔の女王は、豪華な寝台に家具を投げ散らかして破壊しまくっていた。
壊して。直して。壊して。直して。
繰り返される物理的な破壊と魔術による再生。
明らかに異常な光景であった。
自らの能力をこれほどに呪ったことは彼女にはなかった。
彼女は『右目』。彼女の『右目』。悪魔神の『右目』。眼球から視神経に及ぶ全て。魔力だろうと不可視の放射線だろうと全てを見通す魔眼。魅了させ石化させ発火させと、なんでもできる魔法の『右目』。遠視だろうと透視だろうとなんでもできる悪魔の瞳。
唯一出来ないのは能力の停止。
彼女には常に見えてしまう。
故に、気付いてしまう。
魔壊都市グロリアス・アイに。彼女の街に。彼女の縄張りに。特級の異物が、毒が混じりこむのを感じてしまう。
殺される。自分は殺される。だって、『勇者』は悪魔神を殺す存在だから。
だから『右目』の自分は殺される。
嫌だ。折角手に入れた自我だ。自由だ。自分自身だ。死にたくない。消えたくない。終わりたくない。まだ、まだ、もっと、やりたいこともいっぱいあるのに。
なんで『脳』に行かないの。そうでなくても、他にもっと有力な部位はいっぱいあるのに。どうしてウチなの。
「――いいわ。受けて立つ。ウチはまだ死ねない。死にたくない」
不意に、その狂乱が止まった。
そして女王はその『右目』から指令を出す。
"人形兵、全員動員して。相手は勇者よ、人間をぶつければ時間稼ぎになるはず"
人形兵と呼ばれる、女王自らの魔眼で支配した人間の兵団を動かす。
人間には人間を。人間の守護者には人間の兵をぶつける。
悪魔殺しに悪魔自ら出向くなど、万有にも程がある。
"……あぁ、でもそれじゃ足りないわ。近衛の悪魔を全員招集。全員よ、休暇の者も全員。ウチが死ねばこの都市の悪魔は全員終わりなんだから。文字通り死ぬ気でウチを守りなさい"
それでも怖いから。
女王は自らの周囲を精鋭で堅め、盤石の態勢を整える。
「来なさい勇者。返り討ちにしたげる。バカな『脳』とウチは違うんだから。正面からなんて戦ってあげない」
――それは、生を得てしまったからか。自我を得てしまったからか。彼女が生まれたてで経験が浅く、情緒が未成熟であったが為か。
あまりの恐怖心に。勇者という存在の激しさに。
『右目』こと、セキア・インジェリィは見落としていた。
あるいは両目であれば見落としていなかったのかもしれないが。
女王曰くバカな『脳』が、その勇者と共に都市へと入っていく姿を彼女は見落としてしまっていた。
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