1『右目』-2 悪魔神復活計画!

 寒い。

 凄く、寒い。


 儂は常々思っておったんじゃ。最も重要なのは初対面、登場時のインパクトだと。


 例えば、どんなに偉大な神だろうとカリスマのある王だろうと、肥溜めの中で溺れている所に遭遇したとする。

 するとどうだろうか。その後、凶悪な龍や悪魔と対峙しそれを圧倒的なまでの力でねじ伏せる彼らの雄姿を見つつ、脳裏を掠める光景があるじゃろ?


 ……でもこいつ、ついこの前糞塗れで死にかけてたんだよなぁ、と。


 故にこそ、例え死が待ち受けようとも辛かろうとも演出というのは大切なのだ、と。人間の女も言うではないか。着飾る際に時には我慢が必要だと。冬場いくら寒かろうと足を出していたい時があるのだと。


「あぁもうまったく! 寒さで震えてるじゃない! バカなの? 悪魔っていうのは狂暴なヤツかバカしかいない生き物なの? ほら、火を起こしてあげるからこっち来なさい!」


「なんだと、儂を愚弄する気か勇者よ。敵対者たる貴様の情けなどへふしゅっ」


「そんなくしゃみして威厳も何もないわよまったく! とりあえず今はアタシの言うこと聞きなさいぶっ殺すわよ! それにアナタも! コレが主人だっていうならバカなコト止めさせるのもメイドさんの役目でしょう!」


「私はあくまで『右腕』ですので。『脊髄』無き今『脳』の意思決定を覆す権能はありません。ご主人の愚行を止められるのは『脳』自身か、インジェリィ以外の誰かでしかありません」


 うぅむ。我が『右腕』ながら辛辣な言。愚行と言うか。どうせ不完全な復活たる今世なのだ、自由に振舞うことこそが賢いと『脳』たる儂は思うのじゃが。


 ぐい、と無理矢理玉座から引きずられるようにして冷え切った部屋から儂は勇者に連れ出された。


「うっわ、体冷え切ってるじゃない。ねぇメイドさん、何か燃やせるものとか温かい飲み物とかない? それともアナタ達悪魔は飲食とかしないのかしら?」


「飲食は娯楽目的以外では……低級の悪魔であれば必要な個体もいないこともありませんが。燃やせるもの――私自身くらいしかこの城にはありません」


「冗談言ってると本当に燃やすわよ」


「冗談ではありません」


「絨毯とかあるじゃない。燃やしていいわよね」


「良くはありません。この城の調度品は私こと『右腕』が管理しているのです。それらに損壊を加えようとするのであれば私を殺してからにしなさい」


 ボッ、という音を立てて勇者の右腕に炎が宿った。

 流石に不味い気配を感じた儂は両者の会話に割って入る。


「待てレイラ。別に絨毯を燃やされるくらい良いじゃろ? 数分後には儂ら殺されとるんじゃろうし。城ごと燃やされようと大差あるまい?」


「……はぁ。ご主人が言うのであれば、絨毯程度であれば許容しましょう」


 "ですが1枚だけです"


 儂の『右腕』はそう付け加えると不貞腐れたように儂の背後にて押し黙った。ケチ臭いヤツじゃ。


「それに勇者よ。何故儂を気遣う? 貴様、儂を殺しに来たのではないのか?」


「はぁ? アナタ何言ってるのよ」


 廊下の絨毯を引きはがしつつ、勇者は儂に疑問符をぶつけてくる。


 ……しかし、今代の勇者は女か。しかも少女と言って差し支えない年齢じゃ。

 金髪碧眼の快活系な、まるで太陽を彷彿とさせるそんな女勇者か。年若いのに、よくもまぁこの城まで辿り着いたものじゃ。


 先代は確か、黒髪の美丈夫じゃったか。その時の儂の肉体は女性ベースじゃったな。彼が儂より年上らしい外見をしていたことを思えば、勇者と儂の外見年齢や性別は相関があるやも知れぬ。


 はて、その前はどうだったか……思い出せぬ。どうにも養分が足りぬな。『血液』、あるいは『肝臓』なくして『脳』はまともに機能せぬということか。


 絨毯に拳の火を移す勇者。

 おぉ、暖かい。冷え切った体に熱が沁みるわ。


「アタシが殺しに来たのは悪魔神よ、悪魔神。正直アナタみたいな弱小悪魔に用はないのよね。見た所人間に危害を加えられそうにもないほど弱っちそうだし、見逃してあげるって言ってんの。分かる?」


 思わず『右腕』を見る。

 頷かれてしまった。


「……なぁ、勇者よ。儂、そんな弱そうに見えるのか?」


「悪魔の外見年齢が実年齢の基準にならないのは知ってるからアナタの古さはよく分からないけど、そうね。生まれたての弱小悪魔、どころか低位の亡霊クラスの力しかアナタからは感じないわ」


 "アタシがちょっと本気を出せば瞬殺よ、瞬殺"


 その物騒な言葉はきっと嘘ではないのじゃろう。というか、瞬殺とまではいかずとも『勇者』とは悪魔神を殺せる存在なのじゃし。


 しかし、そうか。儂、亡霊クラスか……。

 そうか……。


「ちょ、ちょっと!? なんで落ち込んでるのよ!? えっ、もしかして零落した神様だったりする訳アナタ!? だから亡霊扱いされて落ち込んじゃったの!?」


 当たらずとも遠からず……。


「……『勇者』よ。貴様、名は何という?」


「えっ、名前? アグラル・ミサ・レグリアルだけど……」


 長いのぅ。

 ミサで良いか。勇者ミサちゃんじゃ。


「ミサ。儂が悪魔神じゃ。悪魔神インジェリィじゃよ」


 儂の言葉にミサは鼻で笑った。


「アナタが悪魔神? 嘘でしょ、いくら悪魔だからって自分たちの神様を自称するなんてバチが当たるわよ? ま、アタシには関係ないコトだけど」


 信じてもらえなかった。

 儂、悪魔神なのに。多分今起きてる悪魔災害の元凶なのに。


 背後の『右腕』に視線を送る。

 あ、ため息を吐かれた。我が肉体ながら酷い扱いじゃ。


「勇者ミサ。誠に情けない事実かつ私自身認めたくない事実でありますが、ご主人の言葉に偽りはありません」


 情けない事実って。

 あと認めたくないって。


「……えぇっと。悪魔って冗談言うのね。流行ってるの? それとも『勇者』のアタシをバカにしてる?」


「信じられない、と。冗談であると受け取られるのも勝手です。ですが事実として、私達は『悪魔神インジェリィ』なのです」


「……ちょっと、ホントに話が見えてこないんだけど。私達ってどういうコト? 悪魔神ってのは複数いるの? 伝承だと1人……1柱? だったと思うんだけど」


「悪魔神インジェリィは1体。その認識は正しいです。この世界に悪魔の神は唯一ですから。そして私、レイラ・インジェリィは悪魔神の『右腕』なのです」


 そして、と。

 雑な仕草でありながら何故か丁寧さを感じさせる所作で儂のことを指し示して。


「ご主人は悪魔神の『脳』、肉体がなければ何もできない燃費最悪の絶望的司令塔、ガルザ・インジェリィです」


「酷い言われようじゃ。儂、一応本体なんじゃが」


「『右腕』と『犬歯』しかない現状で、ご主人に何が出来ると? 養分不足の影響で思考力すら私以下ではありませんか」


「儂は全部位に対する絶対命令権がある。……一部例外的な自立器官もあるが。それに『血液』か『肝臓』さえあれば思考力なぞどうとでもなることじゃろ」


「たられば論は空想でしかありません、ご主人」


 レイラの言葉は冷たいが、事実じゃった。

 所詮『脳』は『脳』でしかないのじゃ。肉体がなければどうしようもない器官じゃ。


「ねぇ」


 おっと。

 ミサが儂らのどうしようもない会話に割り込んでくる。


「今の言い方だと、まるでアナタ達が、その、悪魔神インジェリィってののパーツ? 部位? みたいに聞こえたんだけど」


「聞こえたも何も、その通りです」


「ま、これだけ儂が弱けりゃ信じられんのも無理ない話じゃ。簡潔に経緯を話すとするか。そっちの方が手間が省けるじゃろうしの」


 表情に疑問の色を濃くしたミサを前に、儂は300年前の昔語りを始めた。


「――という訳で、貴様の前の世代の勇者がバカみたいに自爆してな。その時に世界中に儂の体がバラまかれたみたいなんじゃ。それだけならまだ良かったんじゃが……」


「いや良くないわよ!? 色々と良くないわよ!? 先代の勇者様の命を懸けた一撃ってまさかの無駄死に!? それにアナタの体だってバラバラって!?」


「いいんじゃよ。きっと先代も儂と共にあの世に逝けて満足じゃったろうし。なにせ300年前の儂、自分で言うのもなんじゃがめっちゃ美女じゃったからのぅ。故郷の恨みと共に美女と死ねたんじゃ、これで何が不満というのじゃ」


「アナタ蘇ってるじゃない!? その事実知ったら先代様不満しかないわよきっと!」


 ……そうじゃろうか。儂はあの美丈夫と死ねたことは結構満足じゃったんじゃが。向こうはそうでもなかったのか……?


「勇者ミサ。ご主人はこれでも悪魔神です、人間の価値観を押し付けられても機能不全状態のご主人には理解できません。ダチョウ以下なので」


 そして我が『右腕』が馬鹿にしてくる。凄く馬鹿にしてくるんじゃが。

 ダチョウ以下……。


「……はぁ。分かったわ。納得も理解も完璧って言えないかもだけどとりあえず分かったことにしといたげる。それで? 問題ってなによ。ここまで問題しかなかった気がするんだけど、まだ何かある訳?」


 レイラの言葉に多少沈んだ儂じゃったが、ダチョウ以下ならダチョウ以下らしく落ち込んだことを忘れることにした。

 今の儂がダチョウ以下なのは儂の所為ではないからな。先代の勇者……なんという名前じゃっただろうか……あの阿呆が馬鹿をやらかした所為じゃからな。


「問題しかないのじゃよ。なんとバラバラになった儂の体な、自我を持って1個体の悪魔として独立し始めたんじゃ。儂として復活するんじゃなく、独立した悪魔として蘇ったんじゃよ」


「……は?」


「ほれ、レイラ自身みたいにの。レイラは『右腕』じゃ」


「『右腕』でしかありませんけれど。『指』も『爪』も持たない、文字通りの『右腕』だけです。今の私は能力的に、平均的な悪魔を大きく下回るでしょうね」


「……ごめんなさい。ちょっと整理させて。お願い」


 こめかみに指を添えて唸りだしたミサ。

 しばらくして、ようやく彼女は口を開いた。


「……先代が無駄死にしたことは、まぁいいわ。良くはないけど300年も前のことだものね、今更どうしようもないから。それにアナタが悪魔神なのも、とりあえず受け入れるわ。つまりアナタを殺すことが『勇者』であるアタシの役目ってコトよね。うん、シンプルで分かりやすい。アナタの肉体……バラバラになったヤツが悪魔として自立してるなんてそれこそどうでも良いコトよね。だって悪魔神を殺せば悪魔の活動は抑えられるんだもの。アナタを殺せば解決よ」


「おぉ、随分と物分かりが良いのぅ」


「人間にしては柔軟な思考です。尤も、所詮は人間の範疇ですが」


 頷き合う儂とレイラ。相互理解は十全に得られたと見て良いじゃろう。

 故に儂は――雰囲気は気に食わないが、この際仕方がないじゃろう――本題に入ることにした。


「して、勇者よ。サクッと儂を殺してくれんか?」


「……なんですって?」


「じゃから、儂を殺せと言うとるんじゃ。悪魔は自殺が出来んからな」


 儂はその単純明快な要求を突きつける。


「今回の儂の復活は不完全じゃ。不本意極まりないものじゃ。好き勝手生きる儂の体を今の儂は制御出来ておらん。じゃが、本体である『脳』の儂が死ねば体はその内死ぬ――これはそういうモノじゃ。バラバラになって死ぬなど初めてのことであったが故に確証はないがな、とりあえず死んで300年後に再度復活しようと思ったんじゃよ儂は。次の蘇生では完全復活出来るやもしれぬしのぅ。やってみなければ分からぬが、なに、今以上に状況が悪化することもあるまい。なにせ今の儂は『脳』だけじゃ」


「そういう訳ですので、勇者ミサ。我が主の介錯を。これは人間にとっても悪くない提案でしょう」


 うむ。

 実際この提案は人間に何ら不利益などない。


 儂が死ねば悪魔の活動は収まる。数百年後に儂は蘇るが、それは何時死のうと同じことじゃ。儂としても不完全な状態で生きるのはなにかと不便じゃし、とりあえず死んでみようかと、そういう次第の話じゃ。


「…………よ」


「ん? なんじゃ?」


「…………いでよっ」


 勇者ミサは俯いたままプルプルと震えだす。

 と。


「ふっざけんじゃないわよっっっ!? アタシが何のためにこんなとこまで来たと思ってんのよアナタはっっっ!」


 迫力ある大声じゃった。

 耳が……耳がキーンってなった。

 振り返るとレイラも耳を抑えて蹲っていた。


「何の為って……儂を殺すためじゃろ? 儂自身が殺されたがってるんじゃ、都合が良いのではないか?」


「ちっがうわよバカ!」


 "アタシは確かに『勇者』だし人助けも悪魔退治も大好きよ! でもそれ以上に好きなコトがあるの!"


 そんなことを目の前の勇者は突然言い出した。


「いいっ!? アタシは確かに人にとって正義でありたいし善性でいたいとも思ってるわよっ!? でもそれ以上に! それいっじょうに!」


 "強いヤツをぶっ殺すコトが大好きなのよ! なのになんで悪魔神のアナタがこんなに弱いのよ!"


 ……こわ。

 今代の勇者、悪魔以上に悪魔じゃ。


「多分アレよね? こういうのって失くしたパーツ集めて行けば本来の力が戻るってヤツよね?」


「あ、あぁ。多分そうじゃが……」


「じゃあ決まりよ! アタシがアナタの全部を集めてあげるわ! その後でぶっ殺す!」


 …………こっわ。

 なんだこの勇者。

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