1章『右目』

1『右目』-1 『脳みそ』だけの悪魔神!?

 『神滅戦鬼』。何時からか、アタシはそんな物騒な二つ名で呼ばれるようになっちゃった。

 こんなに可愛いアタシに付くような名前じゃないと思うけど、なんとなくの語感の良さから実は気に入ってたりする、そんな二つ名。

 乙女心的にはどうかと思う側面もあるから、絶対に気に入ってるなんて態度には出さないけどね?


 さて、そんな『神滅戦鬼』ことアタシの名前はアグラル・ミサ・レグリアル。親しい人はみんなミサって気軽に呼んでくれる、趣味は悪魔退治と人助けっていう何処にでもいるような普通の少女……だった。

 だった、っていうのも、とある悪魔を退治した時にアタシのハンターズカード――悪魔だったり魔物だったりを駆除する狩人の免許証みたいなの? 所謂身分証ね――にとある文字が刻まれてしまったの。


 それは2つ。

 1つは『神殺し』。どうも悪魔だって思って狩っちゃったそれ、荒ぶる神の類だったみたい。

 そしてもう1つ。コッチが大問題。


 『勇者』。その2文字が、アタシのハンターズカードのいっちばん下に書かれてたのよね。


 これの何が問題かって? 問題大アリよ!


 だって、『勇者』っていうのは数百年に一度目覚めるって言われてるなんとかっていう悪魔神が復活した時に、その悪魔に対抗するための人類の免疫みたいな存在なんだもの。対悪魔特攻の人類の守護者みたいな?

 うん、それはいいの。だってアタシ強いから。アタシが守護者するのは問題ないの。戦うコトも人々を守ることも好きだし。


 問題なのが、悪魔神が復活したってコト!

 この悪魔神、それそのものも強いらしいんだけどさ。ただ存在するだけで世界全体の悪魔が活性化しちゃって狂暴になって強くなるっていう性質があるの。

 正しく悪魔の神様。


 え? そもそも悪魔ってのが何なのかって?

 知らないわよ、そんなの。悪魔学の教授にでも聞けば?

 まぁ、でも、そうね。超簡単に言うと、人類にとっての捕食者、なのかしら。天敵って言ってもいいかもしれないわね。


 人間より強くて人間を襲う。そんなざっくりした認識でいいんじゃないかしら? ほら、詳しく知ったところで別に普段の生活には何の役にも立たない知識なんだしさ。雑談の話のタネくらいにはなるかもだけど。


 コホン。話を戻すわね?


 それで、アタシが『勇者』であるってことが、より正確には『勇者』が誕生したってことが世間に知れ渡ったからもう大変。

 だってそれって、逆説的に悪魔神が復活したってコトだもんね。

 知れ渡った理由? 普通にハンター協会にアタシが「なんか『勇者』って文字がカードに出たんですけど」って言ったからよ。そしたらもうびっくり、世界がひっくり返ったんじゃないかってくらいどの国もてんやわんやの大騒ぎになっちゃって、アタシの知名度も無駄にうなぎ上りで……止めましょう、あの頃のことを思いだすとちょっと胃が痛くなってくるわ。ったく、アタシは悪魔退治と人助けだけをしてたいんであって有名人になりたい訳じゃないっての。


 それからほどなくして、世界全体で悪魔の被害が増加して……まぁこれは当然よね。だって悪魔神が復活しちゃったんだもの。さっきも言ったけど、悪魔神ってのはただいるだけで世界全体の悪魔を強くって狂暴にしちゃうから。


 それで、なんだけど。当然アタシ的にはそういうのほっとけないじゃない。『勇者』だからってのは関係なく、人々を脅かす悪魔を倒して世界行脚しながら悪魔神の居所を探すことになったの。


「――ここがその悪魔神のお城、って訳ね」


 で。

 紆余曲折あって遂に今日この時、悪魔神なんとかの城に辿り着いた。


 ……なんか、想像してたのと違うわね。

 やけにボロっちいといいますか、廃墟? 城壁はツタに覆われてるし、崩れかけてるところもあるし、雰囲気は確かにあるかもだけど居住性最悪でしょここ。

 それともアレかしら。中は悪魔の不思議パワーみたいなので案外快適な謎空間になってるとか?


「それじゃあお邪魔しまーす……」


 多分いらないだろう――なにせ、アタシはここの家主を殺しに来てるんだし――そんな挨拶を小声でしつつアタシは城門に手をかけた。

 鍵は開いてた……魔術の類もなし。防犯意識ひっくいわね、悪魔神。それだけ強いのかしら?


 それにしても、城内静かね。静かっていうか……物音1つない。悪魔の気配も感じない。

 もしかして……ここ、実は悪魔神のお城って噂だけのただのボロ屋敷だったりする? 

 でもそれにしては掃除は行き届いているのよね。蜘蛛の巣とか埃とかはないし、床に敷かれた真っ赤な絨毯なんかは新品そのものだし。それにシャンデリアに光が灯ってるし。誰か、もしくは何かがいるのは確定っぽいけど……うーん。


 アタシって戦闘力特化だから探知とかそういう技術はさっぱりなのよね。不意打ちとかは受けてから殴り飛ばすし、毒とかその手の類は昔から効かない体質だし、追いかけっこみたいになっても最後には絶対アタシが追い付くから。そういうのいらなかったっていうか。


「――今代の勇者は礼儀に乏しいようですね」


 そんなことを考えていると、お城の2階からそんな声。幼い感じの、でも可愛げのない冷たい声色。

 見上げると、氷のように透き通った髪色をしたちっちゃいメイドさん。


 え、普通に悪魔じゃんあの子。しかもアタシのこと勇者って言った。

 え、え。どうしよ。もしかしてアレが……悪魔神なんとか?


 うわー、ちびっ子女の子タイプかー。まさかの姿、想定外。戦いづらいなー、気持ち的に。それにめっちゃ弱そう。


 ……いやいや。いやいやいや。アレが悪魔神な訳ないじゃんアタシ。冷静になりなよアタシ。多分悪魔神のお抱えの下僕とか、そんな感じでしょきっと。メイドさんだし。


 努めて冷静に、友好的な態度になるようにアタシはそのメイドさんに声をかけた。


「アタシは『神滅戦鬼』、アグラル・ミサ・レグリアルよ! ご存じの通り『勇者』! 悪魔神なんとかってのをぶっ殺しに来たわ!」


「『神滅戦鬼』……? 『勇者』はともかく、自分で言っていて恥ずかしくないのですか、それ。痛々しいにも程があります」


「…………」


 う、うるさいわね。悪魔のくせに! 人間相手だとちょっと恥ずかしいから、こういうソロの機会じゃないと名乗れないのよ! 折角呼ばれてるんだから名乗りたくもなるじゃない……いいじゃない、別に! 恥ずかしいなんてちょっとしか思ってないんだから!


「……まぁ、いいでしょう。我が『脳』がお待ちです。まったく、今代の勇者をあのようなお姿で招き入れるとは、ご主人にも困ったものですね」


 アタシの様子と他の何か、複数の事柄について嘆息しつつその悪魔のメイドさんは2階への階段を指し示すと奥の通路へと消えていった。


「『脳』……?」


 脳って……脳みそ? 我が脳って、なんのことかしら?


 アタシはメイドさんを追いかけて2階の通路を歩く。

 前を歩く彼女の仕草はとても丁寧で、基本的に狂暴な悪魔とは思えないくらい瀟洒だった。はっきり言って、めっちゃ無防備。


 ……今背後から斬りかかったらどうなるかしら?


 そんな欲求にも似た感情を抱きつつ、アタシは彼女の背を見ながら長い廊下を歩く。水晶にも似た材質のカンテラみたいな灯りが等間隔で壁に設置されているため、石造りの廊下は結構明るい。あんなにボロい外観と比べたらまさに異世界的なまでにちゃんとお城してる。

 これは、もしかするとちゃんと悪魔神がいるかも……?


 不安とも期待とも言えない感慨を胸に歩くこと数分。いくつかの扉を通り過ぎた先にあったその大きな扉の前でメイドさんは立ち止まった。


「こちらです。誠に理解不能ながら、我が『脳』は奇妙なこだわりをお持ちになっておられます。どうか、殺害前にご主人の趣味に多少なりともお付き合いくださいませ」


 ……え。

 今この子、なんて言った?

 殺害?


 ……いやいや。うん。確かにアタシは悪魔を殺すために、悪魔神を討つためにここまで来たよ? でも普通、殺される側は殺されたくないものなんじゃないの? アタシだって逆の立場ならそうだし。

 てか、殺害容認しちゃうんだ。ご主人とか言ってるのに。


 アレかな? 悪魔の上下関係的に、本心ではご主人殺したいけど出来ない的な、そういう複雑なカンジ? いやでもその場合だって、アナタのご主人殺した後アタシメイドさんも殺すよ? 悪魔だもん。いいの?


 というか、趣味ってなんのこと?


 色々とちんぷんかんぷんなアタシを他所に、メイドさんは扉を開いた。


 壁のカンテラの灯がオレンジから青へと変わる。扉が石畳を擦る重々しい音を奏でる。肌を震わせるほどの冷気が開かれた扉から漏れ出し――


「よくぞ来た、勇者よ。我が名はインジェリィ。悪魔神インジェくしゅんっ」


「……だから言ったではありませんか。物理的に寒くする必要性は感じられません、と。『脳』でありながらご主人の知能は人間以下なのですか?」


「いや。いやいやいや。300年ぶりの勇者じゃぞ。儂的にこう、コイツを倒せば世界は平和にー、みたいな演出は大切だって思う訳――へくちっ」


「失礼。人間以下という表現は不適でした。ダチョウ以下へと改めましょう」


「そこまでかっ!? そこまで今の儂は阿呆なのかっ!?」


「『血液』も『肺』も『肝臓』もありませんからある意味仕方のないことではありますが……『右腕』でありながら頭の痛くなる話ですね」


「頭が痛くなるって、それ儂の役目じゃろ。『脳』なのじゃし」


「比喩表現です、ご主人」


 無駄に着飾った豪華な王室――謁見の間、とかいうのかな?――にて、王座に座るメイドさん以上にちびっ子な悪魔の少年。


「えっと……悪魔神、インジェリィ? なのよね? え、ホントに?」


「はくしゅっ――うむっ、儂が貴様ら人類の天敵たる悪魔の神、悪魔神インジェリィじゃ!」


「正確にはその『脳』、ですけれど」


 ……うーん! 意味分かんない!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る