第166話
(……私は、聖女様の騎士だぞ)
リーンにもわずかながらのプライドがあった。
それは、国内では比肩するものがいないほどの実力者だったからだ。
(……この人は何者なんだ? 悪い感情はないが……これほどの力を持った人がいるなんて……他国の冒険者か? あるいは、貴族? それか……もしかして、この森の賢者の末裔……とかか?)
先ほど見せた黒い影の回復スキル。見たことのない力を所有し、ブラッディオーガと並ぶほどの力を持つ男性に警戒しながらも、リーンは彼を応援し続けるしかなかった。
だが、そんな彼の肩をブラッディオーガの斧が掠める。
表情を険しくしながら、男性は距離をとる。
かなりの深手だ。助太刀に向かうため、リーンが剣を構えた瞬間、男性の傷が完治する。
先ほどリーンを治療した謎の回復スキル。白い球のようなものを握りつぶしたと思えば、まもなく彼の傷は完治する。
「……さすがに、一人だと厳しいかな」
ぽつりとそんなことを呟いた瞬間、彼から複数の黒い影が生み出され、ブラッディオーガへと襲い掛かる。
影の分身のような彼らが、男性同様に雷を纏うと、弾かれたように動き出す。
(……分身を生み出すスキルに、使用者と同じスキルを使用できる分身たち……か? それに、あの分身たちも……聖女様の護衛についている騎士たちよりも動きが速いぞ……っ)
見事な連携でブラッディオーガへと襲い掛かるが、それでもブラッディオーガのほうがすべての能力が上だ。分身たちでは時間稼ぎ程度にしかならない。
その瞬間だった。男性の姿が消えると同時、ブラッディオーガからもっとも近くにいた分身のもとに姿を見せ、拳を振りぬいた。
「が!?」
分身からの攻撃を受け止めて捌こうとしていたブラッディオーガは、本体のもっとも力強い拳を腹部に受け、悲鳴とともによろめいた。
ブラッディオーガはカウンターの斧を振りぬいたが、すでにそこに男性はいなく、もともと男性がいた場所の分身のもとに姿を見せていた。
ブラッディオーガはそれで分身たちの脅威を理解したようで、それまで半ば無視するように男性に迫ろうとしていた行動をやめ、周囲の分身たちを仕留めた。
地面へと溶け込むようにして分身たちは消えるが、男性は再び分身を生み出していた。
(ぶ、分身に制限はないのか? それに、分身のもとにワープすることも可能……なのか? そ、そんな強力なスキル、存在するのか……?)
目の前で起こっている行動を、リーンはただ見続けることしかできない。
再び生み出された数多の分身たちとともに、男性はブラッディオーガへと飛び掛かる。
それはまるで、一つの軍隊だ。リーンはブラッディオーガを注視しながらも、男性への畏怖もだんだんと強めていく。
分身たちはそこまで脅威ではないが、彼らの連携は完璧だ。男性の攻撃を通すために動き、時には男性の盾ともなる。
反対に、男性を囮として、分身たちが連撃を叩き込む。筋力はそこまで高くはないだろうが、それでも何発も食らえば致命傷になる。
(……攻撃が、うまい。相手の内部を破壊するように殴っているのか……? 見た目以上に、ブラッディオーガが消耗している)
「ガアアアアア!」
苛立ったようにブラッディオーガが咆哮を上げ、乱雑に斧を振り回す。
リーンが相手したとき以上の速度を生み出すブラッディオーガ。その姿を見たリーンはぶるりと体を震わせた。
だが、男性も負けていない。
ブラッディオーガの攻撃をかわしながら、近くに配置していた分身から、弾丸を打ち出した。
「……グッ!?」
弾丸は次から次に分身から放たれていく。
決して一発は強力ではないが、それまでとは違う攻撃が増えたとなればブラッディオーガの動きも鈍る。
隙を見せた瞬間に男性は拳を放ち、ブラッディオーガを殴り飛ばす。
「……だいぶ弱ってきたみたいだな」
ブラッディオーガはいくら攻撃を食らっても踏ん張って耐えていた。
だが、先ほどの男性の一撃には堪えるほどの余裕は残っていなかったようで自ら後方に跳んで力を受け流そうとしていた。
それまで強固な肉体で圧倒していたブラッディオーガが、追い込まれている。
「ガアアア!」
その現実を拒むかのようにブラッディオーガが咆哮をあげ、男性との距離を詰める。
男性がその間に分身を生み出したが、ブラッディオーガはまさに鬼気迫る表情とともにそれらを一蹴する。
一撃で仕留めた先で待つ男性に斧を振り下ろしたが、男性はそれをかわし、ブラッディオーガの腹に拳を叩き込んだ。
これまで同様の拳だったが、男性の様子が変化する。
「こっちは、三人で戦っているんだ」
そういった瞬間、彼の手から風が吹き荒れた。まるで彼の体内から取り出されたかのような暴風が、ブラッディオーガの内部から切り刻んでいく。
やがて、風は毒のようにブラッディオーガの全身を飲み込み、内と外とを切り刻み――ブラッディオーガは膝から崩れ落ち、倒れた。
「……すご、すぎる……」
リーンはその戦いに、呆然と呟くことしかできなかった。
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