第84話



 金曜日。

 俺は澪奈の仕事関係の打ち合わせのためにあちこち顔を見せに行っていたのだが、いくたび俺まで握手を求められたりするのは困ってしまう。

 昔は喫茶店などで打ち合わせをしていたのだが、喫茶店では俺が目立ってしまうため先方の会議室を貸してもらったり、あるいは個室がある場所での打ち合わせとなったり……。

 なんか、俺がマネージャーをしているせいで先方に迷惑をかけてしまっているのではないかと思ってしまう。


 打ち合わせも終わり、俺は家へと戻り、生放送の準備を行っていく。

 サムネを製作したり、当日のタイトルや概要欄に記入する内容を確認する。

 問題は、新しく購入してきたカメラだな。


 橋本さんに話を聞き、そこそこの迷宮用のカメラを一台購入した。

 レンズに関しては結露などが出ないようにしっかり管理する必要がある、と教えてもらったのが、よくよく考えると俺のインベントリに入れておけば問題ないということに気づいた。


 というわけで、そのカメラを生放送用に調整していき、それも終わったところで最終確認だ。

 しばらく生放送の準備をしていると、家の玄関が開いた。


「ただいま」

「……お帰り。っていっても澪奈の家じゃないからな?」


 最近はごく自然にこのやり取りをしてくるが、きちんと正しておかないとな。


「あら、あなた。ごはんにする? お風呂にする? それとも私にする?」

「……ごはん、用意してくれるのか?」

「私がごはん、ってこと?」

「夕食、お願いしていいんだな?」

「うん、どうぞ」


 なんて澪奈はふざけたことを言いつつ、すぐに夕食の準備を始める。

 ……当たり前のように澪奈は俺の冷蔵庫を開けて調理をしてくれているが、いつの間にかこれが日常の風景になってしまった。

 ていうか、俺も澪奈が作ってくれた料理じゃないときの虚しさというか寂しさを感じるようになってしまい、少しまずいのではと思っている。


 今も澪奈に頼るばかりではなくコンビニ弁当などを食べるときもあるのだが、食べているときに澪奈の料理が恋しくなってしまう。

 ……これが俗にいう、胃袋を掴まれている、というのだろうか。


 あまり、今の生活が当然だとは思わないほうがいいよな……。

 澪奈だって、これから大学進学、社会人となり、結婚するだろうしな。


「どうしたの?」

「……いや、澪奈の今後の進路とかってどうなるんだろうな、って思ってたんだ」

「大学行って、今の仕事がまだ続けられるなら続けて、最後はマネージャーと入籍って話?」

「いや、そうじゃなくてな……まあ、今の生活が当たり前と思うのもなって話だ」


 あの荒れた渋谷エリアなどの迷宮を見ていたから、余計に感じる。


「確かに。子どものことを考えるともっと大きな家に引っ越したほうがいい」

「それはな。さすがにこの家で俺も結婚は考えてない」


 俺が誰かと結婚するときはもっと大きな家に引っ越すな。


「でも、子どもが生まれるまではここでもいいかも」

「相手がそういうとも限らないんじゃないか?」

「相手の私が言っている。問題ない」

「はいはい」


 澪奈の相変わらずの様子に、苦笑しながら俺たちは夕食を頂いていった。





 食事も終わったので、生放送を開始する。


〈あれ? なんか画面綺麗?〉

〈めっちゃ画質上がってないか!?〉


 視聴者は30000人だ。……最近ではもう当たり前の数字だが、驚くよな。

 今の登録者は八十万人を超えているんだし、多少は画質などの質の部分に拘っていきたい。


「こんばんは。マネージャーが今日カメラを購入してきたそうで、色々と変わってる」

〈めっちゃ綺麗!〉

〈見やすいな!〉


 俺はあまり画質に気にするタイプではないが、それで視聴者が減るよりはこちらのほうがいいだろう。


「そういうわけで、今日はAランク迷宮の攻略をしていきたいと思います」


 Aランク迷宮というのは調べたときに澪奈に共有し、澪奈がツイッターで公開している。

 まあ、多少疑う人もいるかもしれないが、それは中に入って出現する魔物を見れば納得してもらえるだろう。

 

〈大丈夫なのか?〉

〈いや、さすがにやばくないか? Aランク迷宮ってことは、この前のキングワーウルフがうじゃうじゃ雑魚で出てくるんだぞ?〉

〈やばすぎだろ……Aランク迷宮って複数のAランク冒険者と数人のSランク冒険者で攻略するような迷宮だろ?〉

〈ソロじゃ、絶対に無理じゃないか?〉

〈ソロじゃなくて、二人だぞ?〉

〈対して変わらねぇよ! どっちにしろ危険だ!〉


 ……心配する声は今までの比にならないほど多い。

 しかし、澪奈はにこりと微笑を返した。



―――――――――――

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