第66話



 ……普段、澪奈は抑えてくれていたのだ。

 たぶん、俺が何も言わなかったから。

 だが、さっきの発言で澪奈のリミッターが切れた。


「マネージャー。配信の準備」

「……い、今からか?」

「うん、今から。こういうのはさっさと説明したほうがいい。私が持ってる問題音声の一部を公開する。動画はいくつもあるけど、それは裁判のときに使うって説明する。社長が話していることは事実無根だって、証明する」

「……分かった。ただ、その前に少しいいか?」

「……何?」

「社長に、連絡する」


 俺がそういって社長に電話をすると、何コールかのあとに楽しそうな声が返ってきた。




 スピーカーモードにして、澪奈にも聞こえるようにする。


『おう、なんだよ無能じゃねぇか。そっちから電話かけてきて、どうしたんだよ?』


 ……ニヤニヤしている光景が、電話越しでも浮かんでくるほどにその声は楽しそうだった。

 これから社長には様々な問題が降りかかってくると思うが、それらから目を背けて楽しんでいるようだ。


「……社長。さっきの配信みていました。今すぐ再開して、俺たちのことを否定してくれませんか? 名誉棄損で訴えますよ」

『名誉棄損んんん!? 訴えればいいじゃねぇか! いいぜ! いくらでも金払ってやるぜぇ! だけどだけどだけど……? おまえらについた悪評はどうなるかなぁぁぁぁ? 裁判結果でるまで、きえまえせーん! というわけで、オレ様に生意気言って戻ってこなかったおまえたちはここでオワリ……なんだよー! ひゃはははは! ざまぁみろ! オレも終わりだけど、てめぇらだけがうまくいくのは気に食わねぇからな! 道連れだこのヤロウ!』

「……分かりました。嘘だと、言うつもりはないってことですね? 本当に訴えますよ?」

『嘘ねぇ。じゃあ配信再開して言ってやろっかな? 澪奈とマネージャーから、「嘘だと言ってください」って泣きつかれたってよぉ! それ見たバカな視聴者たちは何を思うかねぇ?』

「本気で、訴えていいんですね?」

『ああ、いいぜ! ま、もう手遅れだけどねーん。嘘だとしてもなぁ、先に情報を公開したこっちの勝ちだからな! オレの勝ちぃ! ネットの馬鹿ども、アンチどもは餌を見つければそれに群がるからよぉ! 全部嘘でも、疑念は残ったままだ! ははっ、オレのいうこと聞いてりゃあ、今頃うまい汁吸えたのによぉ』

「……そうですか、分かりました。失礼します」


 俺は小さく息を吐いてから、澪奈を見る。

 澪奈がすべて録音していてくれたし、俺も録音していたので新しい証拠を手に入れてしまった。


「社長ってバカなの?」

「バカなんだと思う。配信、開始するぞ」


 澪奈や社長の言う通り、これは早めに対応しないと尾ひれがついてまわる。

 情報が早く出回るのは、ネットの利点であり、欠点でもある。

 今の澪奈の勢いは、確実に削がれるが、多少はどうにかなるかもしれない。




 配信が始まった。

 同時に澪奈の視聴者はすぐに50000人を超えた。

 ……先ほど、唯一個人名を上げられ渦中の人となったのだ。

 ネットニュースを見れば、飛ばしのような記事がいくつも出ているからな。


 もともとのファン以外も、茶化しにきている。

 コメント欄はすでに荒れまくっていて、とてもじゃないが対処しきるのは難しい。

 澪奈はそれらを一切気にしていない。ただ、事実だけを伝えるつもりでの配信なので、処理しなくていいと言っていた。


〈どうなってるんだ!〉

〈マネージャーを出せ! 事情を説明しろ!〉

「今回。私はかなり怒っているので、コメント欄に関して一つずつ説明するつもりはありません。怒っているのはさっきの配信に対してです」

〈さっきの配信?〉

〈事実言われてキレてるとかww〉

〈売女! 売女!〉

〈おい、コメント欄うるせぇよ。澪奈もマネージャーもそんなことするわけないだろ〉

〈だいたい、マネージャーがそんな奴なら澪奈も完全にソロでやるだろ〉

〈マネージャーが力で脅してんだろ? クソマネージャー死ねよ〉


 ……めっちゃ荒れてるな。

 俺も澪奈もこういうのを冷静に見られるほうだから別にいいが、人によってはこの画面だけでもえぐいことになるぞ。

 コメント欄を見ずに一方的に話すほうが、澪奈の精神状態にもいいだろう。

 そうでないと、澪奈は落ち込むというよりも……キレている。


「まず、先に説明します」


 澪奈は、それでも冷静に淡々と状況を話していく。


「それで、マネージャーが会社で今まで言われてきたことなどについての音声をこれから流していきます。切り抜き班! いるならここ切り抜いて拡散お願い!」


 部ちぎれ気味に澪奈が叫び、それからスマホで音声を流した。

 そこからは、澪奈が収めてきた俺がパラハラを受けている場面や、他の人に枕を強要しているセリフなどなど。

 ……やばい音声が続々と流れていく。

 コメント欄も、初めは合成などを疑うものが多かったが、そのどれもがあまりにも真に迫るものであり、先ほどの社長の声と一致するものもあった。


 澪奈が録音していた音声は……スマホに入っているものだけでも一時間ほどあった。

 気づけば、コメント欄は……俺に対しての同情であふれていた。


〈ま、マネージャー……どんな環境で仕事してきたんだ〉

〈……ええ。ブラック企業も顔が真っ青になるレベルじゃねぇか……〉

〈ていうか、どんだけ枕強要させようとしてんだこの社長……そのたびにマネージャー庇って暴言いわれてるのか?〉

〈それを、担当の前でやるのはありえねぇだろ……いや、ありえてしまう社長なのか……?〉


 恐ろしいほどに、沈下していた。

 ……一応、時々「演技だ」「普通ここまでやられる前に労基とか行くからありえないだろ」というアンチコメントもあったのだが、それ以上の同情に押し流されていく。

 ……視聴者も、10万人を超えている。それを喜んでいる場面ではないのだが。


「いくつかは動画も残ってるけど、マネージャーと相談して肖像権の問題もあるからということでやめた」

〈それが正解〉

〈これだけ証拠あるなら、もう余裕で勝てるからな〉

〈わざわざこっちが不利になることしなくてもいい。事実とはいえ音声を公開するのも本来あんまりよくないからな〉

〈今回に関しては仕方ない。こっちも勢いを殺される可能性もあるんだからな〉


 ちらと澪奈はコメント欄へと視線を落としながら、頷いた。





―――――――――――

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