第2話


 澪奈(れいな)は肩ほどまで伸びた銀色の髪を揺らすように歩いてくる。

 モデルのように伸びた手足、女性らしく成長した体を持つ澪奈は、この場の皆の視線を集めるだけの力を持っていた。


 ……俺は、『ライダーズ』の三人に対して誰かを贔屓するつもりはない。

 皆を平等に評価しているつもりだったが、それでも澪奈は別格だと……思っている。

 まだまだ冒険者としての能力は低いが、それでも将来力をつけたとき、人気になるだろうとは思っていた。


 その澪奈が……辞める……?

 澪奈の突然の発言に困惑しているのは俺だけではなく、高野と社長もだった。麻美と花梨も何も聞いていなかったようで、驚いたように澪奈を見ている。


「は? いやいや、何言っているんですか澪奈さん?」


 沈黙を破ったのは、高野だ。

 少し慌てているように見えるのは、澪奈が辞めるからだろうか?

 ……高野も、この三人の中で力がある人間を見抜いていたのかもしれない。


 彼の問いかけに、澪奈は一瞥だけして俺の隣に並んだ。


「私は、茅野マネージャーを選ぶって話。何かおかしいことでもある?」

「いやいや、その人はもう辞めるからマネージャーじゃないんですよ?」

「じゃあ、なんて呼べばいい? ダーリンとか?」


 澪奈が冗談めかした様子で、俺の腕にぎゅっと抱き着いてくる。

 大きな胸が押し付けられ、俺は喉の奥が閉まるような感覚に襲われる。

 ……こいつはいつもこんな感じである。


 押し返そうとするのだが、冒険者と一般人である俺には力の差というものがある。

 それを見ていた高野が、顔を真っ赤に声を上げる。


「ふざけている場面じゃないんですよ! どうして、茅野さんを選ぶんですかって話です! その人は事務所を辞めます。茅野さんについていってもMeiQuberとしての活動はできないってことですよ!?」

「別に、できないってことはない。事務所の力を借りられないだけ」

「だとしても、規模は小さくなります。それに……僕なら大きな仕事を持ってこれますよ」

「体を払う代わりに? それは嫌」

「……」


 澪奈が小さく息を吐いてから、口を開いた。


「私たちはまだ実力が足りてない。実力がないのにテレビとか出たって冷やかしにしかならない。笑いものにしかならない。枕して出るって、そういうこと」


 それは、たぶん高野ではなく花梨たちに向けての言葉なのだろう。

 花梨と麻美が煩わしそうに眉を寄せている。

 ……澪奈の真面目さを、花梨と麻美は結構嫌ってるんだよな。

 「意識高すぎ」、と。


「マネージャーは何が足りていないか分かってる。デビューするのに運は大事。でも、継続的に売れるには実力も必要。私は今みたいに活動していってファンを増やすほうが大事だと思ってる」


 澪奈はそう言ってから社長に視線を向ける。


「私はマネージャーについていきますから。コネしかない人とは、やっていけないです」


 澪奈のその言葉は、恐らく高野に向けてだろう。

 高野が苛立ったように澪奈を見ていたが、社長はじっと澪奈を睨んでいる。


「ついていけばいいじゃねぇか。ただまあ――他の事務所に所属できるとは思わないことだな」


 うちだって別に大きな事務所じゃないが、多少の圧力はかけられるだろう。

 社長はきっと、あることないこと言って他の事務所への移動を阻むつもりなのだろう。


「……そうですよ。もうあなたは一生MeiQuberとして、活躍はできませんよ。うちの事務所を辞めてしまっていいんですか?」


 高野も社長も、事務所を辞めた末路について、脅すように言っていた。

 ……MeiQuberは子どもたちにとっての憧れの仕事だ。

 俺が小さいころに憧れたそれは、こんな大人たちの悪意に満ちた仕事じゃなかった。


 もっとキラキラしていて、楽しくて、わくわくするものだった。


 気づけば俺は社長と高野をじっと睨み、澪奈を守るように立っていた。


「大人の問題に、子どもたちを巻き込まないでください」

「……あ?」

「……枕だとか、コネとか……MeiQuberはそういうものじゃない」


 社長と高野が眉間を寄せてこちらを見ているのを気にせず、俺は宣言する。


「あんたたちがどれだけ邪魔しようとも……俺が澪奈を守って――」


 ……これは、俺自身への決意だ。


「――あんたたちとは違うやり方で、俺は澪奈を一流のトップMeiQuberにさせるだけだ!」


 宣言してやる。

 俺はそれから澪奈を見ると、彼女は頬を僅かに染めてから嬉しそうに微笑んだ。


「……行こう、マネージャー」

「ああ」


 ……不安はある。

 だが俺は、勢いに任せて歩き去っていた。


「はっ! せいぜいあとでほえ面かくなよ!」


 社長が捨て台詞のようなものを吐き、俺は澪奈に腕を引っ張られるままに部屋を後にした。


「マネージャー。荷物とかまとめてくる」

「お、おう。俺も……澪奈、良かったのか?」

「なにが?」


 澪奈は無表情のままであったが、怒っているのが分かった。

 ……俺は一度深呼吸をしてから、澪奈に伝える。


「とりあえず、荷物を回収してくるか」

「うん」


 今後の方針については後で考えるとして、早いところこの事務所から出ていく準備をしたほうがいいだろう。

 俺も、それほど荷物を持っていたわけじゃないので、鞄に荷物をまとめて事務所を後にした。


―――――――――――

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