ネットアイドルの配信を手伝っていたマネージャーの俺、なぜかバズってしまう

木嶋隆太

第1話


 世界に迷宮が出現してから数十年がたち、冒険者という職業が当たり前になった。

 そして、そんな冒険者たちは迷宮での戦闘の様子を動画、配信という形でネットに公開していった。


 それが、今大人気の職業であるMeiQuberだ。


 MeiQuberはあっという間に子どもたちの将来なりたい職業ランキングでも一位を獲得するほどになり、今では連日のようにテレビにも取り上げられ、ネットからテレビデビューをしていった人たちも少なくない。


 俺も小さいころはMeiQuberに憧れていたものだ。

 しかし、俺には、魔物と戦う能力がなかった。

 だから、泣く泣く冒険者になることを諦め、今ではMeiQuberを支援する事務所のマネージャーとして仕事をしていた。


 だが――。


「おせーぞ! クソ茅野(かやの)!!」


 会議室の扉を開けるなり、社長は俺の名字に悪口を添えて叫んできた。

 初めの頃はびくびくしていたものだが、今ではこの社長のパワハラにも慣れてきてしまったものだ。

 どんな状況でも動じない心を手に入れたのは、この社長のおかげかもしれない。


 まったく嬉しくないが。


 社長がキレている原因を探るため、俺は呼ばれた部屋をじろりと見ると、見慣れた三人の女性がいた。


 女性たちは俺が担当している三人組のMeiQuber『ライダーズ』の三人だ。

 彼女らを一瞥したところで、社長がこちらへと掴みかかってきた。


 うちの社長は、元冒険者だ。

 その体はたくましく、胸倉を掴まれると喉がぎゅっと仕留められる。


「てめぇ! 『ライダーズ』のテレビ出演のオファー、断ったらしいじゃねぇか!? 向こうから連絡あったんだぞ!?」

「それは――」


 断ったのは、確かだ。

 『ライダーズ』は順調に注目を集めていて、ここでテレビに出演できれば一気に人気が出る可能性はあった。

 本当は俺だって引き受けたかった。

 だが、向こうの提案があまりにもふざけていた。


「ああ!? 何かあんのか!?」

「向こうが枕を要求してきたからですよ!」


 ……この社長のことは嫌いだが、社会人としての常識として敬語で返す。

 許されるのなら、こちらも喧嘩腰で話したが、そんなことをすれば元冒険者のフィジカルでボコボコにされる。


「そんなの関係ねぇよ! この業界に来た以上、そんくらいは覚悟してもらわなきゃならねぇんだよ!」

「まだ、彼女らは高校生ですよ!? 俺たちはこの子たちを預かっている身なんですよ!?」

「綺麗事抜かしてんじゃねぇぞ! ここだと枕くらいしないと這いあがれねぇ業界なんだよ!」

「力のある人は、何もしなくても上がっているでしょうが!」

「こいつらはねぇ奴らだから、そういう技を使うんだよ! だいたい……テメェはせっかくのチャンスを無駄にしてきただろうが!? 何度こいつらに枕の話があったと思ってんだ? 全部断りやがって……! てめぇ、担当を活躍させる気あんのか!?」

「だから! そんなことさせるわけにはいかないって言ってんだよ……ですよ!?」


 ふざけた発言を連発する社長に、キレて慌てて訂正する。

 ……ば、バレてないよな?

 社長はすっと冷めた目でこちらを睨みつけてくる。……やばい。東京湾に沈められるかも……。

 そう思っていた次の瞬間、


「ああ、わかったよ。だったら、おまえはマネージャーを辞めてもらう」


 へ?

 社長がにやりと笑うと、会議室にもう一人の男が入ってきた。

 そいつは、高野だ。俺とは同期であるが、すでに彼が担当しているグループはテレビなどにも出現するくらい、有名であった。


 ……高野の場合、親が芸能界で活躍していることもあり、業界にコネがあるのも強いんだよな。

 何より高野は、女性の扱いがうまい。

 うちの事務所は女性が多いこともあり、高野の人気は非常に高く、はっきり言って、俺が勝っている部分はゼロである。


 部屋に入ってきた高野は俺のほうを見て、小馬鹿にしたように笑う。


「茅野さん。久しぶりですね。最近は忙しくてあまり事務所に顔を出せていなかったので。茅野さんはいつも事務所にいたそうで」


 相変わらず嫌味な奴だ。


「……ええ、まあ。それで? 社長、これはどういうことですか?」

「察しの悪い奴だな。高野にはこれから『ライダーズ』を担当してもらう。おまえはクビだ」

「そういうことですよ」


 高野と社長は笑みを浮かべていた。

 ……クビ。

 それ自体に悲観的な思いはなかった。


 ……正直、ブラックすぎて仕事自体をやめたいと思ったことは何度だってある。

 だが、それでもこれまで頑張ってきたのは、『ライダーズ』のメンバーを誘って、ここまで育ててきた責任からだ。


「……高野が新しく担当するのはいいけど、枕とかもさせるのか?」


 俺が聞きたかったのはそこだ。


「当たり前です。枕どころか、なんでもやらせますよ。そのほうがより早く、簡単に上に上がれますから。知名度がつけば、それからはそのブランド力で勝負していけますからね。最初の一歩、それが大事なんですよ」

「……三人はいいのか?」


 俺がちらと視線を向けるのは、『ライダーズ』の三人だ。

 澪奈、花梨、麻美の三人は俺がスカウトした子たちだ。

 ……俺は間違っていると思っている。


 仮に、そういった行為で手に入れた地位があったとして……それを守るためには結局能力が必要だと思っているからだ。


 澪奈はスマホをじっと弄り、いつも通りの無表情気味な表情でこちらを眺めていた。

 この三人に実質的なリーダーというものは決めていないが、もっとも能力が高いのは澪奈だ。

 その澪奈が花梨と麻美に向けると、二人はあっさりとした様子で答える。


「いや、まー、別にいいって感じ?」


 花梨はあっさりとそういった。


「高野さんから聞いたけど、別に大したことじゃなさそうだし。ていうか、それで有名人になれるならむしろお得っていうか。一回股開けば大金手に入るかも、ってことでしょ?」

「ねー。私パパ活とかで稼いでるし、別にいいって感じかな?」

「おまえ……だからそういうのはやめろって」


 別にパパ活を否定するつもりはないが、MeiQuberというのは印象が大事だ。

 パパ活に関しては賛否両論様々な意見があり、そういった後に漏れたら荒れそうな行為はしないほうがいいに決まっている。

 俺の言葉に、麻美と花梨は苛立った様子で言ってくる。


「ああ、もううるさいよ。茅野さんはもうあたしたちのマネージャーじゃないでしょ?」

「そうそう。高野さんはレッスンとかもそんなにやらなくてもいいって言ってるし、茅野さんは本当面倒くさいっていうか、まあ、そういうわけであたしたちとしてもマネージャー交代してほしいんだよね」

「そうそう。高野さんかっこいいし」


 ……そうか。

 二人がちゃんと理解して、決断しているのなら俺が止める理由もないだろう。

 悔しい思いはある。

 俺が『ライダーズ』を結成したのが二十歳のとき。今年で三年目になり、順調にステップアップしていたところをすべて掠めとられるのだから。


 でも、彼女たちがそれだけの覚悟を持ってMeiQuberとしての活動を続けたいというのなら、俺の考え方とは合致していなかったというだけだ。

 ……唇をぎゅっと噛んでから、息を吐く。

 俺が駄々をこねるような内容じゃない。割り切るしかないだろう。


「頑張れよ。花梨も麻美もテレビに出るようになるかもしれないんだから……もっとちゃんと時間を守れるようになるんだぞ?」


 澪奈はまあ……今でも十分大丈夫だが、この二人は時間にかなりルーズだ。

 約束した時間に来ないことはザラにあったため、俺は最後に一言、それだけは伝えておいた。

 しかし、俺の言葉は二人には届いていないようだった。


「はいはい、うざいからもうマネージャー面するのはやめてね」

「そうそう。もうマネージャーじゃないんだから」


 二人がひらひらと手を振っているが、俺はもう伝えることは伝えた。

 俺が高野たちに目を向けると、勝ち誇ったような笑みを向けられる。


「そういうわけで、これからは僕が担当になりますから、茅野さんはすぐに荷物をまとめて会社を出て行ってくださいね」

「自己都合での退職だからな。わんわんわめくんじゃねぇぞ」


 ケラケラと笑っていた彼らに、悔しかったが、そこで何か言っても余計に惨めな気持ちになるだろう。

 俺はすっと頭を下げて歩き出そうとしたときだった。


「それじゃあ、私も辞めるから」


 これまで沈黙を貫いていた『ライダーズ』の実質的なリーダーである澪奈が、ぽつりと呟いた。


―――――――――――

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ゲームの悪役キャラに転生した俺が、裏でこっそり英雄ムーブで楽しんでたら、俺のことが大嫌いな許嫁にバレてしまった

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