其の伍 ミライシ駅
夏の日差しが容赦なく照らし続ける中で、私は市内から南西側の町外れにあるある駅前に設置してあるベンチに座り、今回の取材相手を待っていた。
何故いつもの喫茶店ではなくわざわざこんな暑い場所で待っているかだが、今回の取材相手が異談の現場以外では取材には応じないと言ってきたからだ。
最初は駅の職員や乗客に迷惑もかかるのと、怪異に直接関わる事はあまり気が進まなかったのでSMS等でお話を聞けないか交渉ししたが、現場以外ではお話できないとのことだったので仕方なく了承した。
私は取材相手が来るまで自分の取材道具がちゃんと動くか最終チェックをしながら待っていると、電車の音が聞こえてきた中からは見えないが時間的にこの電車ににっているのだろうか?
電車が通り過ぎ少しの時間を置いて駅の中から誰かが出て来るのが見えた。
「秋野さん。遅くなって申し訳ありません」
そう言って駅の中からこちらに歩いてくる、どこか暗い印象のある男性が駅の入口で止まった。どうやら今回の取材相手である【マキタさん】のようだ。
「いえ、私も先程ついたばかりですので...マキタさん今回はお時間いただきありがとうございます」
私がそう言うとマキタさんは申し訳無さそうに話してきた。
「こちらこそ無理を言ってここまで着ていただき有難う御座います。外は暑いですので駅の中でお話しますね」
そう言うとマキタさんは駅の中へ戻っていく。 慌てて私も取材用の荷物をまとめ録音機器を点けると、マキタさんの後を追って駅へと入っていった。
駅舎はあまり手入れされていないのか、至るところに枯れ葉や虫などが入り込んでいた。 見たところ片田舎の古い無人駅のような様相を呈している。
「駅の中だいぶ汚いでしょう?」
マキタさんはどこか寂しげに笑いながらこの駅について話し始めた。
「この駅ができたのは私が生まれるよりも昔で、今から60年くらい前に建てられたんです。今ではこんな感じで誰も利用してませんが、昔は色んな方がこの駅から市内へ仕事や休日のお出掛けに行っていたみたいです」
そう話しながらマキタさんは駅の掲示板だったであろう物の前で立ち止まった。
「ここの掲示板には近所の学校から寄せられた手紙なんかがいっぱい飾ってあったり、行事の予定表とか色々貼ってあったんですがね。」
マキタさんはそう話しながらまた歩き始める。
「無人になってしまった今では行政の管理が全くされなくなってからは、あんな感じで誰かがイタズラで割った掲示板のガラスもひび割れた駅構内の窓そのままになってるんです」
「地域の方が役所とかに連絡したりしないんですか?」
私がそう質問するとマキタさんは苦笑いを浮かべながら答えた。
「確かに昔だったらそれですぐ対応してもらえたんでしょうけど、見ての通りいまではここは誰も利用しない上に役所の人たちもあまり近寄りたがらないからそのまま放置されているんです」
「近寄りたがらないですか?」
「ええ、それが今回お話しようと思っている異談に関係があるのです」
そう言いうとマキタさんは足を止めた。あたりを見渡すと、そこは駅のホームであろう場所だった。
「さて立ちながらだと疲れますし、そこのベンチに座りながらでも話しましょうか」
私がホームの壁際にあるベンチへ腰を下ろすとマキタさんが今回の取材の目的である異談について語り始めた。
「これは私がこの駅を通るとある電車の噂話と私が体験したある奇妙な出来事の話です」
−−−−−−−−−−−−
私はここに来てもう20年くらいになります。 実は私生まれは他県なんですが父方の祖父の家がここにありましてね、ある日祖父が病気で倒れて介護が必要になりこっちに家族で引っ越してきたんです。
そりゃあ最初は家族全員大反対ですよ。言っては悪いですがこの街が栄えてたのはそれこそ駅が建った60年前くらいまでですから。私達が引っ越す頃にはもうだいぶ廃れていたんです。
そんな理由もあって父以外の家族は反対してたんですが、なら1人でも引っ越すと聞かないので渋々引っ越すことになったんです。
最初は嫌だと思っていても人はその環境へ次第に慣れていくんです。それどころかこの街に何もないのが幸いしてか、親と電車に乗って市内へ出かけることが増えて当時の私は嬉しく思い始めていました。
そんなある時父と母が喧嘩をしていました。
その内容は…遊び過ぎだとか、電車賃も無料じゃないんだからとか、そんな内容でした。
思い返してみると父には車があるのに何故か電車に乗ることが多かったのです。
当時はガソリン代も安く下手に電車を乗るより車のほうが安上がりな場面も多かったらしいので、今思うと母の言っていることはごく真っ当な意見だったんでしょう。
でも父はどこに行くにも電車を使っていました。仕事自体はそれなりに収入もあるのと父も介護のストレスがあるだろうからと、母もそれ以上はきつく言うことはありませんでした。
ですが私はどうしても電車に乗る父が不思議である時、父にその事を尋ねましたがそのことについて話すことはあまり気乗りしない様子でした。
ですが子供特有の気になったことは一生聞く私に参ったのか、とうとう父は何故電車に乗るのかについて話し始めました。
「あー…この駅はなミライシ駅つってこの駅を電車の窓から覗くと、極稀にそこにいるはずのない親しい人がそこのベンチに座ってるところが見えるんだ」
私は少し唖然として聞いていました。
そんな私を無視して父は話を続けます。
「そんでそのベンチに座ってる人が見えたら、その人は近い内に死んじまうんだ」
「それって幽霊が出るってこと?」
私は父にそう聞くと、
「違う違う!」と笑いながら続きを話し始めました
「そこにいるのは狐様なんだ。」
私は突然話に出てきた狐に困惑します。
「狐様は神様の使いでな、この駅に着いたら電車に乗ってきては近い内に死んじまう大事な人を教えてくれるんだよ」
「何で狐がそんな事知ってるの?」
純粋な私の質問な父は困惑しながら、
「いやーそこまでは知らないな…でも俺が小さいときからこの駅ではそういう事が沢山あって大事な人が大きな病気とかになったらここに来て病気が治るまで大丈夫か見るんだ」
「もし大丈夫なら病気が治るまでそこに狐様はその人の姿で出てこないし、出てもすぐに病院に行くと手遅れにならずにすむんだ」
なるほど何故父がこの街へ頑なに引っ越そうとしていたのにか、そして電車に乗っていたのかわかったし納得しました。
もちろん母やこの街に住んでない人がそんな事を聞けば、頭を疑われるかもしれないがまだ小さかった私はその事に素直に納得しました。
「これは俺とお前の秘密だぞ!お母さんにバレたら大目玉だからま!!」
笑いながらそういう父でしたが、その顔はどこか寂しそうでした。
それからというもの父と私は出かける度に窓からこの駅を覗き祖父が居ないか見るのが日課のよう(と言っても毎日電車に乗っているわけではないですが)になっていきました。
引っ越ししてから1年ほど経とうかというある日、家族で電車に乗っていつものように窓の外を見ていると…
「あ…」
何故か駅のベンチには父が座って此方に手を振っています。
私は慌てて一緒の電車に乗っている父の方を見ますが父は何も気がついていないようです。
私はもう一度窓から駅を確認すると、先程までベンチに座っていた筈の父がいなくなっていました。
私は母に気が付かれないように父に耳打ちします。
「さっき駅にお父さんがいた」
「それを聞いた父は目を大きく開けそれは本当か!?」
と私の方を掴み揺らしてきます。せっかく私が母に気が付かれないように静かにいったのに、これでは母に気が付かれてしまう。
当然母はそんな私達に怪訝な表情を向けてきます。
その様子に父は慌てて、
「こいつ漏れそうらしいから次の駅で一回降りよう!」
漏らしそうと言われたのはちょっとムッとしましたが、仕方なく私も「うんうん」とうなずき、それに納得したのか母は呆れた表情で、
「だからさっきあんなに飲むなって言ったでしょ…」
そう言ってため息を吐きながら先程から読んでいる雑誌をまた読み始めました。
そうしてしばらくすると次の駅に着き私達はトイレに向いました。
トイレでさっきの駅で見た事を話すと父は深刻そうな顔で、
「明日からはもう電車に乗らなくていいぞ」
そう言ってきたのです。
何でそんな事を言うのかと私は父に聞きますが父は私の話を無視し、乱暴に私の手を掴むと電車に戻りました。
それからは父は電車に乗ろうとせず、車で出かけることが多くなりました。
あれ以降父はいつも何かに怯えたり、私があの時の話をすると急に怒り出すようになり、次第に私もその事にふれることはなくなりました。
そして父のそういった態度が原因で次第に母とも喧嘩が多くなり、家にいることがあまり好きではなくなってきました。
しばらくしてある日、私は新しく出来た友達と遊びに行くことになりました。
私は初めて大人無しの子供のみで、電車にのり遠出をしました。その日は最近の父との出来事なんかも忘れて大いに楽しく過ごしました。
夕方になり友人も別れ、揺れる電車の中で1人寂しく夕焼けに染まる外を眺めていると、電車のアナウンスが聞こえてきます。
次はミライシ駅〜、ミライシ駅〜
そんなアナウンスが聞こえ私はふと、父のことを思い出します。
あの時私が父を見たと言わなければ…父はおかしくならなかったのかな?
ああ…帰りたくないな。今の怖いお父さんなんかいなくなってしまえばいいな。
そんな事を考えて何気なく窓の外を見ると電車はあの駅に停まっていました。
いえ、そんなことより…あのベンチに座っているのは…
「お父さん?」
あの時の用にいるはずのない父がベンチで手を振っています。
「どうしよう…一回降りようかな」
どうせこの駅から祖父の家の近くにある駅までそこまでは距離はないので、私は降りることにしました。
電車の扉に近づき開閉ボタンをおそうとしたその時、後ろから肩を掴まれた。
私の心臓が跳ね上がり、少し過呼吸になります。私は意を決して後ろを振り向くとそこには、
祖父が居ました。
「そっちからは家に行けんぞ」
そう言うと祖父は外へと指を指します。
私は祖父が指をさす方へ向くとそこには、
電車の入口の前に父のような何かがいました。離れた場所にあるベンチに居るときは気が付きませんでしたが、顔も背格好も全て父なのに何故かコレは父ではないとわかります。
それよりも驚いたのは父のような何かの顔は最近よく見る父の怒る顔にそっくりでした。
突然のことに私は腰を抜かしてしまい、その場にへたり込んでしまいました。
すると電車の扉が閉まり出発のアナウンスが聞こえてきます。
…行かなくて良かった。
そう考えながら私は祖父にお礼を言おうとしますが、先程までいた祖父がいなくなっています。
どんどん離れていく駅には未だにあの父ではない何かがこちらを睨んでいましたが次第に遠ざかっていき最終的には見えなくなりました。
そこまで来てようやく私も普通に動けるようになり、祖父の家が近い駅まで着くと急いで家へと帰りました。
家につくと異変に気が付きます。家の前にはパトカーが停まっていたのです。
外で母と警察が話をしているので私が近づくと母は泣きながら、病院の帰りに父と祖父が事故にあったとのことだった。
その現場はどうなっているのかは教えてくれなかったが酷いということは、何となく察した。それと同時にあの駅での出来事を思い出した。
祖父は私がおかしくなった父に、連れて行かれそうなとこを助けてくれたのだろうか?
それからしばらくは私と母、そして祖母の3人で暮らした。お金は祖父の保険によって幾分か貰えたのでしばらくは大丈夫だった。
しばらくして母は働き始め、私も勉学に励みながら母が居ない日は祖母と二人で家事をしたり、何でも無いような日々を送りました。
あの件以降私はこの駅に電車で来ることはしなくなりいまでは命日に花をここに置きに来てます。
−−−−−−−−−−−−
「これが私が体験したこの駅の奇妙な出来事です。」
マキタさんはそう言うとベンチから立ち上がり駅のホームの真ん中へと歩いていく。
「確かにとても奇妙な、そして悲しいお話ですね。こんな貴重な話を見ず知らずの私がお聞きしてよかったのですか?」
私がそう聞くと少し考えことをした素振りを見せ、
「この事はもう私以外誰も知りません。独りだと寂しいじゃないですか?だから貴方にここで聞いてほしかったんです」
そんな事を話していると電車の音が聞こえてくる
「おっと、ちょうど時間みたいですね」
電車が駅のホームに停まり扉が開く。
「それでは秋野さんお時間いただきありがとうございました。わたしはいきますね」
そう言うと扉は閉まり電車が発車した。
まだ聞きたいことなどもたくさんあったが有無を言わさずそのまま行動するとこは、マキタさんのお父さんに似ているのだろうか?
わたしは少し笑った後に、自ら冒した過ちに気が付き急いでその場を離れた。
通り過ぎる電車の中に【私】がいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます