其ノ肆 オセダリ
私はいつものように知り合いの喫茶店である女性の取材をしていた。
「初めましてカワタさん。今回はお忙しい中お越しいただきありがとうございます。」
「いえ...仕事上日中は暇ですので」
カワタさんは少し言いずらそうに言った。
「一応今回の取材内容の確認をさせていただきたいのですがよろしいでしょうか?」
「はい。私は今は他県に住んでいるのですが、実家がこの【かんな市】の【大瀬垣】て地区にあるんです」
「なるほど。応募にも【大瀬垣おおせがき】の不気味な風習についてと書かれてますね」
そう私が今回の内容を確認するとカワタさんの顔が少し暗くなる。
「はい...その風習についてなのですが...私も詳しいことは分からないので私が小さい頃に聞いた内容になってしまいますがよろしいですか?」
「応募内容にもそう書かれているのは確認してますので大丈夫ですよ」
【大瀬垣】は【かんな市】の中でも特に秘密主義的な風習が今も続いていると聞いたことがある。こういった機会でもない限り調べることが難しいので正直助かる。これが今回カワタさんの応募を採用した理由だ。
「ありがとうございます。では改めて、今回私がお話しするのは大瀬垣おおせがきで行われていた不気味な風習【オセダリ】についてです」
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かんな市にお住みの秋野さんであれば一回は聞いたことがあると思いますが、私の実家がある【大瀬垣】は今でも出身者が差別されているのです。理由は昔の地名に関係しています。
今でこそ【大瀬垣】という地名ですが、【かんな市】に吸収される前は【柴折】って名前だったらしいんです。意味としては餓鬼?っていう妖怪みたいなやつらしいんです。すみません。あまりそういうのには詳しくないので... とにかく【大瀬垣】は昔はそんな妖怪が住む集落だと被差別集落として扱われてきたのが理由みたいです。
ここまでは私の実家がある【大瀬垣】が何故差別されているかご説明したのですが、元々の地名が不気味だからという理由だけでここまでされるのは疑問が残りますよね?
おそらく差別される主な原因となったのは、最初にお話しした【オセダリ】という風習によるものだと思うのです。
【オセダリ】っていうのは【大瀬垣】で数年に一度行われる祭事らしいんです。
...なぜらしいと言ったかというと、この祭事は特定の家系の人のみが夜に行う行事なんです。主に【えたの家】【えだむら家】【ばんのへ家】そして私の家系である【かわた家】の長女以外の女性が【斎場】と呼ばれる古臭い平家で秘密裏に行うのものです。なので長女の私にはどんなことをしているか教えてもらえないんです。
でもこの祭事から帰ってくる人は多少の差はあれど、どこかしら怪我をして帰ってくるんです。例えば足に擦り傷があったり、痣があったり。ひどいときは骨が出るような大きな骨折していることもありました。
私にも二人妹がいるのですが、二人が帰ってくるたびに怪我をするのを見ると流石に心配になりいつも何があったかを問い詰めました。小さい頃は妹と仲が良くそんな家族が怪我をして帰ってくるなんて普通は何かあると思いますよね? でも姉妹や親に聞いても何も教えてくれません。ただ一つだけわかることがありました。
普通怪我をした個所は消毒や水で洗うと思いますが、なぜかそういった行為をしないんです。ただ例外はあるみたいで大怪我の場合は普通にお医者さんに診てもらったり、処置してもらうみたいです。
ただこの祭事じたい数年おきに不定期の行事なので、前回の怪我はたいていの場合次の祭事までには完治しています。
そんな不気味な祭事ですがあるとき友人がこの祭事をのぞいてみようと提案してきました。最初はしきたりを破るなんてダメだと友人に注意していましたが、妹のこともあり最終的には私はこの提案を了承してしまいました。
...今思うとこの提案はたとえ友人を殴ってでも止めるべきだったんだと思います。
この祭事は秘密裏に行っていると先ほどご説明しましたが、妹と同じ家にいる私は当然この祭事が行われる時期を知っていました。妹が夜出かけて数日不在の時があるのでその時に祭事が行われているのです。
そして待ちに待ったその時が来ました。妹が夜中だというのに外出したのです。それを確認した私は家族が完全に寝静まった頃に見計らって家を抜け出し、友人の家を訪ねました。
友人の家も電気が消えており皆眠っているのだとわかります。友人の部屋は二階の角部屋にあるのであらかじめ用意していた棒で窓をたたきます。それに気が付いた友人が窓を開け私に祭事が始まったのかと尋ねてきました。
私はそれに肯定するように頭を縦に振り、はしごを友人の部屋にかけます。友人が音を出さないようにゆっくりとはしごを降り、はしごと棒を隠してから【斎場】へと向かいました。
道中に友人から妹が何をしてるのか本当に知らないのかと聞かれましたが私が知らないと答えると、
「もしかしたら夜這いされてるかもな」とふざけながら言い出しました。
いくら友人でも言っていいこと悪いことがあります。そんなことをいう友人についカッとなってしまった私は声を荒げて、
「いくらお前でもふざけたこと言うなよ!わたしの妹なんだよ!!」
そう言った段階で私は忍んで抜け出してきたことを思いだします。それで私は謝ろうとすると、
「ごめん...さすがにひどいよな。もうそんなこと言わないよ」
友人が謝ってきました。友人も非日常的なことをして興奮しているだけだと心の中で自分に言い聞かせわせながら、私も大声出したこと謝り【斎場】へと向かいました。
そしてついに【斎場】へと到着する不思議なことに気が付きます。
...窓の中で明かりがついているんです。
いえ普通の電気みたいに窓全体が明るくなっているのではなく、窓の下あたりがオレンジ色に淡い光が見えるんです。まるで中で焚火をしてるんじゃないかという感じの明かりです。もちろんそんなことすると危ないとはわかっているのですが、じゃあいったい何なのかそんな疑問が頭に浮かびます。
【斎場】は古い建物なのと庭は砂利がしいてあり近づくと音で気づかれてしまうかもしれないので、私と友人は少し離れた場所の茂みで隠れました。すると私たちが来た道から誰かが来るのが見えます。
私たちはバレない程度に草むらから顔を出し、来た人を見ます。
それは【えたの家】の次女でした。彼女はお盆のようなものを持ちながら【斎場】へ近づいてきます。
これはその時初めて知ったのですがどうやら、この祭事は各家の女性が皆集まっていたようです。
【えたの家】の次女はお盆を一度入口にある小さな机に置くと少し拝み、お盆に乗っている椀わんのようなものを細い棒でたたきます。すると当然ですが、陶器をたたく音があたりに響きました。そしてしばらくすると【斎場】の扉を誰かが開け、【えたの家】の次女はお盆をもって入っていきました。
椀わんを叩く行為にいったいどんな意味があったのかはわかりませんが、おそらく儀式のうちの一つなんでしょう。実際それまで【えたの家】の次女は自身で扉を開けずに誰かが開けるまで待ってましたし、音が鳴ったとたん誰かが扉を開けたのを見ると、これも儀式だと思うのが自然です。
それからはしばらく何もありませんでした。私たちが【斎場】についてから大体1時間くらい経った頃でしょうか。中から誰かの声が聞こえました。
...いや声というより叫びに近い感じです。
妹の声ではありませんでしたがおそらく【えだむら家】の女の子だと思います。【えだむら家】の子は各家の中でも一回りくらい年も若かったので、あの淡い明かりしかついてない部屋の中で何かしら怪我をしたのかもしれません。しばらくすると泣き声と複数の椀わんを叩く音が聞こえてきます。
泣き声は分かります。でも椀わんを叩く音とはいったい何なのか。さっき持ってきたお盆には椀は一個しかなかったので、おそらく【斎場さいじょう】にあるいくつかの椀を何人かでたたいてるのだと気が付きました。
...なぜ椀を叩くのか?そんな疑問で私が思いに更けていると、突然友人が私の腕を掴んで、
「おい!もう帰るぞ!ここに来ちゃっダメだったんだ!!」
いきなり友人はそんなことを言い始めます。声は抑えながらも息が荒く、それによく見ると冷汗がにじんでいました。そんな彼に向かって私は、
「覗こうって言ったのはお前だろ!今なら近づく音もわからないよ!」
私は友人にそう言いますが、止める私を無視してまるで何かから逃げるように来た道を全力で走りながら帰ってしまいました。ここで私も異常に気が付きます。窓の奥から見えていた明かりが消えているのです。
確かに先ほどまでついていたのに気が付くと消えていました。なぜかわかりませんが私の背筋に冷水を入れられたような寒気が走り、後ろを見ると友人が道で誰かと一緒に立っていました。
暗くてよくわかりませんがおそらく男性だと思います。何を言っているかはわかりませんが、その男性と友人は何か話しているようです。そんな姿をみて私は非常にまずいと思い草むらの奥へ進み遠回りをしながら家へと帰りました。
家に着いたら音が立たぬように急いで自分の部屋へ戻り布団にもぐりました。
先ほどの寒気が原因かはわかりませんが私は中々眠りにつくことができずにじっとしていると家のチャイムが鳴りました。
心臓が飛び出るかと思うくらい私は驚きました。
なぜこんな夜中に家のチャイムが鳴るのか?
いったい誰が来たのか?
私は高鳴る心臓を落ち着かせるために、一度深呼吸してから息をひそめて耳を立てます。すると聞いたことのある男性の声がふたつ聞こえてきました。
ひとつは自分の父の声。 そしてもうひとつは【ばんのへ家】のお父さんの声でした。
【ばんのへ家】のお父さんは【大瀬垣】の駐在さんをしている人です。
駐在さんがなぜこんな時間に来るのだろう。少し嫌な予感がします。
私は駐在さんと父の話を息を殺して聞き耳を立てました。
「ばんのへさん、こんな時間にどうしたんだ?」
「いやなにオセダリのみまわりしてたら、こずみんとこのわらじがほっつき歩いてたんでな」
落ち着いてきた心臓がまた高鳴り始めます。【こずみ】は友人の苗字です。
「こずみさんとこの悪ガキか?それならこずみさんとこ行けばいいじゃねえか」
「この後行くつもりだよ。それよりあのわらじとおまえんとこのわらじは仲良かったよな」
私は必死で息を殺します。
「オセダリはほかんとこの家の奴はいつやるかわかんねえはずだろ」
「まさか俺の娘を疑ってんのか?」
「まあ待てよ!あのわらじも一人でいたって言ってたし念のためだよ」
友人は私のことは話さなかったようです。私はそんな彼に感謝を心の中でつぶやきます。
「そんなに気になるんなら娘の部屋に来るか?今頃寝てるからよ」
「...いや信じるよ。ただおまえんとこのわらじも問題行動がたびたび目立つからちゃんと注意しろよ。いざ手遅れな状態になっちまったらどうしようもねえんだからよ」
どうやら私の部屋までは来ないようです。ですが手遅れとはどういうことでしょうか?
「ああ、よく言い聞かしとくよ。遅くまでご苦労さんだったな」
「おそくにすまんかったな」
駐在さんはそういうと玄関の戸を閉めて出ていったようです。それからすぐに父が私の部屋に入ってきて、
「...起きてるだろ?そのままの状態でいいからよく聞きなさい。お前は明日から母ちゃんと一緒に引っ越さないとだめだ。もうここには戻ってくるないいな?」
そういって父は出ていこうとします。そんな父に向かって私は、
「わたしが祭事を覗いたから?」
父はこちらを見ることはなく溜息を吐いて、ゆっくりと頷きました。その時父は肩を私から見てもわかるくらい震わせていました。それからは私の部屋を出ていき、部屋の中は静寂に包まれます。
どれくらい時間がたったでしょうか。外がすでに明るくなり始め、鳥の囀りも聞こえます。
そして部屋の外から母の声亜聞こえてきました。
「起きてるわね?着替えはここに置いておくから準備ができたら行くわよ」
そういうと母は玄関へ向かっていきました。
私は準備を手早く済ませ玄関へ向かうと母以外にも父がいました。いつも厳しい父でしたがその時だけはとても寂しそうに母と話しています。そして私が来たのに気が付くと笑いながら、
「カワタもう俺や妹たちとは会えないけど元気でやっていけよ。母ちゃんを悲しませたら化けて出てやるからな?」
そう笑い、そして涙を流しながら私を抱きしめます。つられて私も泣いてしまいます。
それから少しして私たちは母と一緒に車で【大瀬垣】を出て今の住んでいる母の実家へと向かいました。
私が知るのはここまでです。それ以降は父との約束通り戻っていないので今でもその風習があるのか、それともあれ以降なくなってしまったのかはわかりません。
...いや、知ろうとも思いません。だって知ってしまったらきっと、戻らずにはいられないから。
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「いかがでしたでしょうか?私の故郷の祭事怖いでしょう?」
異談の話を終えたカワタさんは少し冗談めかした感じで言いました。
「正直大瀬垣でそのようなことがあったことに驚いている一方で、妙な納得感があります。失礼ですがカワタさんのお父さんと妹さんがどうなったかなどはご存じですか?」
「先ほどお話しした通りこれ以上は私もわかりませんし、知ろうとも思いません」
「それはなぜですか?」
「これは父から言い聞かせられたことなんですが...見ることは受け入れることだって、それはすごく勝手な行為で本当なら、むやみにしてはいけない行為なんだと言われました。長女だから祭事は行てませんでいしたが結局は私も穢けがれた家の子なんですよ」
「...なるほど。私からは以上です。他に何か伝えたいことはありますか?」
「いえなにもありません」
そういうとカワタさんは席を立ちあがり喫茶店の外へと消えていった。
「これは...あまりかかわらないほうがいいかもしれませんね」
私は先ほどから背筋に伝わる寒気が消えたことに安堵しながら既に冷めたコーヒーを飲みほした。
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