第29話 名残

 がらんとしたリビングは久しぶりで、これが当たり前だったはずなのにどこか物寂しさがつきまとう。


 今朝までこの家には、友人が泊りがけで遊びに来ていた。

 仕事を始めるまでは旅行に行くのが常だったが、仕事が始まってからは休日が仕事に塗りつぶされることが多くなり、予定が立たなくなった。

 その結果、長期休暇になると遠方の友人が家へ転がり込んでくるようになった。万一出勤になったとしても、旅行先よりはよっぽどマシ、という判断である。

 自分にとっては何の変哲もない地元だが、遠方の友人からすれば異郷の地だ。どこか観光に行くか、とふたりでガイドブックをみながらあれこれと考えた時期もあったが、結局「観光地の人混みに耐えられる気がしない」とのことですべて見送りになった。

 幸いといって良いのか怪しいが、自分も友人もいわゆるインドア派である。会えていない間にハマった本や映画の紹介会になれば時間はあっという間に過ぎていった。

 平日の時間の流れはあまりにも緩慢なのに、休日のそれはあまりにも急激すぎはしないか。友人はそんなことを言いながら、休日最終日に改札先に消えていった。


 リビングの電気をつけ、仕事カバンを放り出した。一度ベッドに倒れ込んだが最後、きっと風呂に入る気力は起きないだろう。

 かれこれ友人がこの部屋で寝泊まりしたのは一週間だ。この部屋で自分が一人暮らしをしてきたうちの、ほんの僅かな時間に過ぎない。


 それでも、部屋のそこかしこに、友人が居た気配が残っている。


 四六時中誰かと一緒にいたいと思う方ではないけれど、先程まで居た人の名残を追いかけてしまうことはある。

 それでも、慣れていかねばならないことだ。

 片付けでもするか、と荷物を下ろしたところで、携帯が震えた。見れば、友人からメッセージが入っている。

『無事に特急動き出したので予定通り帰れそう。この連休もめっちゃ楽しかった! ありがとうね。また次遊ぶ日決めよ』

 脳内に友人の声が響く。自然に頬が緩んだ。ぽちぽちと携帯画面をタップする。

『私も楽しかった! 次は旅行行きたいね。頑張って休み取るよ』

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