第26話 すやすや
ただいま、とリビングの扉を開いたところで、姉が「しーっ」と人差し指を己の口元に立てて声を制した。
何事かと思えば、日の当たる出窓で四つ羽の小さな獅子が寝息を立てていた。体躯は大人の両手に乗る程度で、獅子というより子犬のように見える。羽や身体には包帯が巻いてあり、見る角度を間違えれば包帯が丸まっているような姿である。
「やっと寝たとこ」
「そりゃ失礼」
物音を立てないようにひっそりと出窓から離れ、姉はダイニングでお茶の用意を、弟は一度部屋着に着替えるため自室へ向かった。
「それで、何かわかった? あの子のこと」
弟が街で買ってきたサンドイッチを頬張りつつ、姉は尋ねる。どうやら気に入ったのか、弟の答えを聞く前に頬がほころんだ。
口にあったならいいよ、と弟は姉の入れたお茶を飲んで一息つけて、頭を振った。
「……残念ながら。羽の生えた獅子なんてこの辺りにはいないっぽい」
「んー、まぁ、記録も残ってなかったしねぇ」
困ったね、と姉は首をコトリとかしげた。
この家は代々灯台守をしている。
街から少し離れた小高い崖の上に立つ灯台は街の歴史を管理する仕事も一緒に担っており、家には古くからの灯台守の記録が収まる書庫がある。
両親は早くに海の彼方へ旅立ってしまったので、今では姉と弟のふたりで灯台守の仕事をしている。
そんなふたりが先日、灯台のふもとで見つけた生物があの出窓で眠っている羽の生えた子獅子である。近くに住む獣にやられたのか身体や羽のあちこちに傷を負っており、はじめは鳥か何かかと思って保護しようと家へ持ち帰ったところ、どうやら見たこともない生物だということが分かった。
街の人々にみせてまわろうかとも思ったがあまり話を広げては騒ぎになるような気もした。街を脅かす危険種の可能性もあるのだ。
ひとまず傷の治療をしながら、自分たちだけで子獅子の正体を解き明かそうと決めた。
即決断かつ即行動、がモットーの姉弟は、姉が家で様子を見ながら地下の膨大な書庫の文献探しを、弟が街の国立図書館で文献を当たる、と分担を決めて調査をした。
けれど、今のところ成果は互いにゼロに等しい。
「どうする? 突然大きくなったり火吐いたりしだしたら」
「うー……火を吐くなら竜種だけど、これ見る限りネコ科だし大丈夫じゃないかな……羽生えてるけど体躯はネコ科」
弟は図書館で見てきた図鑑の竜種と肉食系ネコ科のページを思い起こしながら述べる。
「渡りの生物なら今までの灯台守が絶対残してると思うけど、なかったんだよねぇ。50年くらいは遡ったんだけど、足りなかったかな……」
あれ以上は見たくないんだけどなー管理が雑でさぁ、と姉は嘆きはじめる。
「まぁでも、もう少し様子、見ますかね」
「だね」
そう言い合った頃、家の時計が時報を伝える。そろそろ灯台に火を入れる時間だ。姉が立ち上がるのに遅れて、弟が「手伝うよ」と後を追う。
ふたりは眠る子獅子を背に、灯台へと向かった。
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