第24話 ビニールプール
連日の猛暑に、もう身体はすっかりバテてしまっていた。今やクーラーは生活必需品のひとつだが、古いこの家は寝室にクーラーがついていない。朝、汗だくで起きるのが常だった。
リビングに降りてお茶を1杯飲み干して、ようやくひと心地ついた頃、和室のふすまを開け放ってバタバタと「怪獣」が駆けてくる。
「おじさんおはよう!」
「おはよう!!」
「はいおはよう。おじさんじゃなくてお兄さんと呼びなさい」
5歳の双子にもお茶を用意して飲ませながら、何度目か分からない訂正をする。見た目こそ老け顔と揶揄されようとも中身はまだ20代である。おじさんなどと言われるいわれはない。
「真那は?」
「お呼ばれしたー!」
「またか……」
ふたりの母親はどうにも「人ならざるものが見える」体質で、それを利用して「霊障相談」をなりわいとしている。相談主は人だけにとどまらず、いわゆる「あちら側のモノ同士」の調停にも顔を出したりしている。人からの依頼は「お仕事」人以外のモノからの依頼は「お呼ばれ」と子どもに教えていた。
人間はまだいい。大体一般的な時間を守って訪問してくれる。問題はそれ以外の場合で、人の規範やリズムに彼らが合わせるはずもなく、24時間365日ところ構わず依頼を持ち込む。
そんな中で、子どもを預かってくれる人が必要だ、と白羽の矢が立ったのが自分である。父親は子どもたちが生まれたすぐあとに「袂をわかった」と聞かされた。どうにも、その先を聞くことはできていない。
「健一くらいしか頼れそうな人がいなくてさ」
幼馴染で真那の体質を知っており、頼まれたら断れないお人好し。そんなふうに自分のことを評する真那の頼みを、結局断れずに聞いているのが現状だ。
幸い、自分は所帯を持たないし持つつもりもない。人との交流も苦手で周囲との関わりもあまり持たず、家にひきこもっているような状況だ。
また、彼女ほどではないが自分も何某かが「見える」体質である。勘がいい、くらいの力ではあるけれど。
そんな理由で、子どもたちが何かしらの危険に巻き込まれないように、真那がいない間のベビーシッターを仰せつかっている。
ありあわせのサラダとハムエッグ、トーストを食べさせながら、彼女が帰ってくるまで何をさせて体力を使わせるかを考える。
朝から彼らは元気の塊であるし、夜にちゃんと寝かせようと思うと午前中から目一杯動き回らせて体力を減らしておかないと後が困るのを、健一は身を持って知っている。
本当なら近くの公園にでも連れて行って走り回らせておけばいいのだが、今日の天気予報の最高気温を見て諦めた。子どもたちもさることながら自分が耐えられる気がしない。
「なんかやりたいことあるかい?」
「プールいきたい!!」
双子の姉が指差したテレビ画面には水遊びに興じる子どもたちの映像が流れている。県営のプールやビニールプール、噴水など多種多様の水遊びが紹介されていた。
とはいえ、この付近にプールはないし、あまり遠出も今はしづらい。
プールかぁ、と頭を悩ませながら、健一はトーストの最後のひとかけを口に放り込んだ。
食事を終えた子どもたちを連れ、何かあるかとやってきたのは裏手の倉庫だ。
この家のもとの持ち主が残していった物品が所狭しと並べられている。
「おじさんこれなに?」
「お兄さんな。あー……こんなもんあったっけ」
双子の姉が指差したところにあったのは埃をかぶったビニールプールだった。ご丁寧に空気入れもセットで置かれている。
「……まぁいいか。よかったな、願い事叶うぞ」
健一は2人の頭へぽんと手をやった。
後に、真那から聞いた話である。
例にもれず、彼女の子どもたちも何らかの能力を有していること。弟の方はまだわからないが、姉はどうやら「ほしいものを取り寄せる」力らしかった。
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