第23話 静かな毒
お守りをあげる、と持たされた「それ」が何か、考えなかった訳ではない。
試すことも恐ろしくてできなかったけれど、ただ夜灯の油受けに混ぜておくだけで、きっと私は二度と目を覚ますこともなくなるだろう。
母が、そうしたものを作ることを生業にしていると知っていた。
見つめる先には広く立派な屋敷がある。
ここを掃き清めるだけでも、一体どれほどの人間が必要だろうと考える。家の掃除は私の仕事だった。これからは、そんなことをさせてもらえぬようだ。
今日、私はこの屋敷に嫁ぐ。
先を歩く使いが、屋敷の門の前で立ち尽くす私を振り返った。声に出して私を呼ぶわけでなく、ただ私が歩き出すのを待っている。
お世継ぎが生まれぬことを焦ったお上の取り巻きが、近隣の村々から年頃の女を集めていると聞いた。私もそのひとり、ということらしい。
お手つきの者に極力触れることなかれ。おそらくそんな命が下っているのだろう。
別に使いを困らせる趣味も持ち合わせていない。これから嫌というほど中を見て歩くのだ。ここで時間を使う意味はない。
使いの後ろをしずしずと歩き始める。
これからの住まいとなる部屋へ通された。使いは一度頭を下げて出ていく。何をしろともこれからのことも、何ひとつ告ぐことはなかった。私のような待遇の人間はおそらく初めてではないのだろう。慣れた所作だった。
手持ち無沙汰に座臥具へ座り、服の上から懐へ手をやった。母の「お守り」がそこにある。
正直なところ、今上帝のいい噂はひとつとして聞かない。暗君だと皆が口々に囁いている。
先帝は優秀な方だったけれど、いささか身体が弱かった。そうして冬の寒い日に、惜しまれながらも身罷られた。今上帝はその弟君にあたる。
お守りを渡された意図を、間違うことはない。
私は今、ただ静かな毒となってこの場所にいるのだ。
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