第21話 朝顔

 大型連休に郊外の少し大きなショッピングモールに行くと、浴衣販売の特設コーナーができていた。5月初旬のことである。

「もう浴衣売ってる」

「ここの地方は早いんよね、売り出すんが」

「そうなん?」

「とうかさんがあるけんね」

 母は遠い北の生まれだ。この郷には嫁ぐ形でやってきた。今ではもうこの郷で過ごす方が、故郷で過ごしたそれより長くなってしまったそうだが。

 娘の律はといえば、生まれてこの方他県へ出たことがない。無事高校入試を終え、なんとなく学校に順応しようと努力をしている最中、といったところだ。

「とうかさん、行ったことないね」

「人が多いけんね」

「うちからは遠いしね。電車も車も混むし」

 とうかさんとは、市内で行われる祭りの名である。大通りに露天がひしめきあい、なかなかの活気を見せる。

「普通は7月頃からじゃろ、浴衣の売出しは」

「花火大会とか夏祭り的な?」

「そうそう」

 律たちの住む地元でも、7月下旬には水上花火大会が催される。浴衣でそぞろ歩くのが定番の楽しみ方と言われていた。

「花火大会もちゃんと見てみたいけど、浴衣もちゃんと着てみたいな。母さん着付けできる人?」

「できるよ。あと、あんたの浴衣家にあるよ」

「え、初耳なんだけど」

 ぱっと母の顔を見上げれば、言ったことなかったっけ、と言わんばかりの視線が返ってきた。

 初耳である。

「昔におばあちゃんが買ってくれたんよ。あんたそういうの興味ないんかと思ってしまってあるけど」

「えー、あるなら着たい!」

「手入れめんどくさいんよね」

「クリーニング代は出しますので……何卒……近々あるしさ、花火大会」

 そう拝み倒すこと数分、無事に浴衣を着る機会に恵まれたのだった。


 そうして迎えた水上花火大会当日は無事に晴れた。高校でできた友達ふたりとは、夕方に会場で待ち合わせだ。

 母に無事着付けてもらい、鏡の前に立つ。腰回りにタオルを巻かれたり、思ったよりも浴衣は暑い。

「不満そうなね」

「いや、そんなことないけど、朝顔かぁ、って思って」

 祖母が律のためにと買ってくれたという浴衣は朝顔柄だった。別に嫌いなわけではないし、きれいな柄だと思う。ただ少し、古移管時がするだけで。

「母さんが昔持ってた浴衣も朝顔だったよ」

「そうなん?」

「お父さんを落とした浴衣」

 母が浮かべた笑みはどこかいたずらめいている。両親の馴れ初めに近い話を聞くのは初めてだった。

 もっと詳しく聞こうとしたが、母はそれ以上言うつもりがないらしい。時間もないでしょ、と壁時計を指されれば、たしかにそろそろ出なければ間に合わない。

 見送る玄関先で、母は律の背中に声を掛ける。

「浴衣の柄にも、意味があるらしいんだけどね。朝顔の意味は、「固い絆」だってさ」

 いいお友達になれたらいいね。その思いを受けながら、律は「行ってきます」と玄関を出ていった。

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