第19話 爆発

 苦手なんだよね、ああいうの。

 ソファに座り、ふたりで映画を見ていたときのことだ。ポツリとサチがつぶやいた。

 場面はちょうど、主役ふたりが意見の相違から仲違いを始めたところ。どんどん言動がキツくなり、片方が荷物をまとめて出ていってしまった。引き留めようと手を伸ばした女優の手をはたき落とし、玄関の扉が重い音を立てて閉じられる。

「苦手って、どの辺が?」

「顔真っ赤にして言い合ったり、衝動で出てっちゃったり。……何ていうんだろ、こういうの」

 サチは机の上に用意したポテトチップスを数枚つまむ。う〜ん、と悩むサチの言いたいことが、何となく理解できた。

「感情爆発してそうな場面?」

「あー、そうかな? そうかも」

 映画の内容を何となく追いかけながら、ふたりはのんびりと会話を続けていく。

 金曜日の夜は映画を一本ふたりで見る。映画を通じて知り合った自分たちの決まりごとだった。


「サチは無いもんね、激情にかられて〜とかそういうの」

「それ」

 サチの感情表現はとても穏やかだ。楽しんでいるのは分かるし、少し言葉が饒舌になるけれど、普段とあまり変わらない。

 アミは、サチのことを植物のような人だと思っている。もちろん、いい意味で。

「ドラマとかに感情の変化は必要だし、状況を動かすために大事な展開なのは分かるんだけど、もう少しこう……」

「ゆっくり話し合うとか時間を置くとか穏やかに解決してほしい?」

「そんな感じ」

「でも、絵面が地味になるじゃん?」

「だよねぇ」

 やっぱり難しいか、とこぼしながら、グラスのアイスカフェオレをサチはすする。

「リアクションが大きいのは、タイミング合わないと疲れるんだよね」

 感受性豊かなサチだけれど、それを表に出すのが苦手。そんなアンバランスな同居人をアミは信頼している。


「ああいうの見ると、いい消費者っていうのはあんな感じの感情爆発型なんだろうなぁ、と思う。何となく」

 リアクションが大きい方が楽しんでもらえてると分かりやすくて良い。別に感情を伏せているわけではないけれど、表に出す方法がいまいちよく分からないまま、サチは生きてきた。出しているつもりが出せていないようなのだ。

 映画館から出て感想を言いあっているとき「本当に楽しかった?」と尋ねられることが多かったと、サチは語ったことがある。

「それはちょっと卑屈が過ぎるんじゃない?」

「……そうかな」

「そうだよ。出力のタイプが違うだけ」

 映画はそろそろ終盤、互いに会話が足りなかったと反省する場面に落ち着いている。

 アミはグラスに残ったアイスコーヒーを飲みきった。

「違うからこそ話をしようぜ、ってことでしょ。私、サチの話しぶり好きだよ」

「……どうも」

 サチは手に持ったグラスをアミのそれへと当てた。残った氷がカランといい音を立てた。

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