第17話 砂浜

 「すごい憧れてたんだよ」と、ホテルの窓から外を眺めながら舞香は言う。声には未練がこれでもかとたっぷり込められている。がりがりと理緒は頭をかく。

「ごめんて」

 そう謝りはするけれど、正直なところ、こんな状況になったのは不可抗力だと思う。

「青い海! 燦々と照る太陽! 白い砂浜! そんな海が見たかったのに……この大雨はひどくない?」

 彼女の声に重なるように、雷鳴が轟いた。


 なかなか取れない休みをどうにかあわせて、憧れていたという海へ行く計画を立てた。

 舞香は海のない県の出身で、海にまつわる憧れが強い。

 普段忙しい彼女の慰安旅行を兼ねて、と様々計画を立て、ホテルも少し値が張ったが海の見える部屋を取った。

 たまの休みの外出だ。どうして働いているのかと言われたら、こういうときに思い切り楽しむためだと理緒は常々思っている。

 ただ、どれだけ準備を万全にしたとしても、うまく行かないことがある。

 それが、天気だ。


「理緒、私と会うの楽しみにしすぎ」

「……ごめんて」

 ふたりで旅行に来るのは一年ぶりだった。楽しみではなかったといえば、嘘になる。

「それを言うなら、舞香は楽しみじゃなかった?」

「楽しみだったに決まってるじゃん……でも私は仕事で疲れ果ててて晴らす力は残ってないんだよ……」

 そんなことを言い合いながら、窓を叩きつける雨を見る。

 理緒は「楽しみにしている予定の日ほど雨が降る」 逆に舞香は「楽しみにしている予定の日ほど晴れ渡る」 そんな正反対の性質をしているのだった。

 これまでの「戦歴」はだいたい五分五分であり、理緒のおかげで外を歩く日に限って雨に遭ったり、舞香のおかげでアウトドアの日にきれいに晴れ上がったりした。

 今回はどうやら自分が勝ってしまったらしい。


「よく漫画でさ、砂遊びで城作ったりする人いるじゃん。あれ、ほんとにできるのかな」

「強度計算できる器用な人がいれば……あるいは? 多分水混ぜるんでしょ、砂に」

「それはそうだろうけど、あんま想像つかないんだよね。理緒やったことないの? 海近いじゃん、実家」

「うちの近くの海は海水浴場じゃなくて港だから。海辺はコンクリかレンガで覆われてるよ。砂浜ゼロ」

 いわゆる「きれいな海」を想像してはいけない、と理緒は手をひらひらと振った。そういえば彼女は理緒の地元まで来たことがないのを思い出す。

「しっかし、これ今日どうする?」

 今日の予定は海で一日使うことにしていたのだった。この様子では外へ出るのもままならない雰囲気である。

「数時間でいいから晴れてくれないかな~マジで。それまで時間潰して待ってるから~」

 そう言いながらカバンから取り出されたのは二人用のボードゲームだ。いつかやろう、と買っておいたものである。時間を潰すには確かに最適だ。

「まぁ、様子見だな」

 ゲームの準備をしながら、ちらりと窓の外を見た。先程より雨脚は弱まっているように見えたが、先の天気はまだわからない。


 そうして数ゲーム遊んだ頃。ようやく舞香が本調子を取り戻したらしく、先程の雨が嘘のように晴れ渡った。

「外行こう外!」

「はいはい」

 楽しみそうな彼女の様子に、自然と笑みが浮かんだ。

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