第16話 レプリカ

 もの好きだなぁ、と言われるのはまだ良かった。こちらの感情を踏み荒らしたりしないから。そんな相手と付き合うのをやめろ、なんて言ってくる相手はどうしてやろうかと思う。

 ランチの帰りに食料や日用品を買い込んで、向かう先はひとつの工房だ。

 彫金師の工房は居住スペースがほとんどあってないようなものだ。のめり込みすぎて寝食を忘れる人間が多いから、最低でも二日に一度は家に帰るように、というなんとも言えない理由がある、と聞いたことがある。

 華やかな大通りから一本脇道に入れば、あたりの建物に日を遮られ、薄暗く入り組んだ迷路のような路地が続く。蟻の巣、と呼ぶ人間もいる小規模な工房の密集地である。はじめの頃は迷いもしたが、この道を通い始めてかれこれ五年になる。今では目を瞑ってでも歩けるような道のりだった。

 幾度か抱えた荷物を持ち直しながらたどり着いた工房の扉を、ライラは足で蹴り開ける。どうせ丁寧にドアベルを鳴らしたところで、この工房の家主は出てこないのだ。

 扉を開いた正面にはカウンターがあり、その奥には彫金や成形に扱う品々が雑然と並んでいる。奥にある作業机にはいくつもの試作品らしき細工が並んでいた。一見すると人の気配はない。やっぱり、とライラはため息をつく。荷物を置いて、カウンターを上に跳ね上げた。

 部屋の中へと入り込むと、床に大の字で眠るひとりの青年がようやく目に入った。眠っているのか気絶しているのか最初のうちは判断がつかず恐ろしかったものだが、長い付き合いになればこれがまだマシな睡眠状況だというのが分かる。

「起きろヤト!!」

 その一喝でパチリと彼の両目が開く。覗き込むライラと目が合った。

「おはよう、ヤト」

「お、おはよう……ございます……ライラ」

 仁王立ちで声をはるライラに対し、彼女の前へ正座して罪悪感にまみれた小声で返す青年がこの工房の主、ヤトである。

 主と言っても、本来の工房の責任者はライラだ。彼に工房を貸している、といった方が正しい。いわゆるパトロンである。

「二日に一回は帰ってきなさいっていったでしょうが」

 そう言いながら、どうせ何も食べていなかったであろうヤトへハードパンのサンドイッチを押し付けた。ありがとうございます、と掲げ持つように受け取った彼は床に座ったままもそもそと食べ始める。

「でも、今度は、うまくできそうな、気がしたんだよ」

「食べてから喋りな」

 手近なところにあった木の椅子を引っ張り出して、どっかりと腰を下ろす。そうしてようやく、机の上へと視線をやった。ヤトが机にかじりついて、寝食を忘れて入れ込む彫金細工はひとつのネックレスだった。月と花の意匠をあしらったそれは繊細で美しい。

 けれど、彼は「できそうな気がした」といった。つまりこれは不完全な代物なのだ。

「だめだったんだ?」

 まだサンドイッチを咀嚼している彼は、首を縦に二度振った。ごくり、と音がなりそうな飲み込み方で、再度口を開く。

「レプリカだよ。それは。今回も女神様は振り向いてくださらなかった」

 その声に落胆の色は見えない。ただ己の技量が足りぬことを自覚しているがゆえの、淡々とした声音だった。


 この国は夜の女神の祝福を受けているとされる。夜になると魔力が満ち、夜の女神に選ばれた「創造物」に力が宿る。

 魔術を扱うために欠かせない魔導具は、そのほとんどがこの国の彫金師によって作られている。形やモノは様々だ。従来の魔術師のように杖にこだわるものもいれば、ヤトが作ろうとしているネックレスのような装飾品を魔導具としている者も少なくない。

 作り上げた物を魔導具に仕立て上げるのは夜の女神だ。彼女が選んだものが魔導具となる。選ばれた物は魔力を帯び、魔法を扱う媒介となる。

 魔導具にするべくどれだけ丹精こめて作ったとしても、女神が振り向かねばただのレプリカだ。きれいなだけのアクセサリー。

 ヤトは、いつか夜の女神に選ばれるような職人になりたいと長年工房にこもっているのだ。


「それで? まだやるんだ?」

「うん。振り向かせたい」

 難しいことに挑戦するのが好きだとヤトは言っていた。現に、今も目をキラキラと輝かせている。もう片手はとうに超える年月を、実在するかもわからない女神の寵愛のために捧げている。

(振り向かせたい、ねぇ)

 応援したくもあり、良くない感情もいささかあり、ライラの心中は複雑だ。ごちそうさま、と食事を終えた彼は、レプリカとなったネックレスを手に取った。

「これがダメだったのは、なんとなく理由がわかってるからいいんだ」

「?」

 ヤトは椅子に座るライラの後ろへ回ると、彼女の首にそのネックレスをかけた。正面へ回ってきて、うんうんとうなずく。

「やっぱり」

「どしたの」

「このネックレスは、ライラに似合うだろうなぁって思いながら作っちゃったから。多分だめだったんだろうな? と思って」

 似合ってるよ、と屈託なく彼が笑うので、ライラは頬が熱を帯びるのを自覚した。

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