第15話 解く

 荷解きが嫌いだ。

 どうせ荷解きをしたところで、今の仕事が終われば再びどこか別の場所に飛ぶつもりだ。これから自分はどこかに定住することはきっとないだろう。

 そう思っていると、自然と物を持たなくなった。一緒に移動するのが面倒だから。荷解きと荷造りばかりの人生は手間で仕方がない。

 自分の痕跡を消す最適解は、そもそも痕跡が残るような振る舞いを慎むこと。物を持たない、人と会わない、特徴を持たない「モブ」になりきる。

 てっきり、定住できない人間は大なり小なりあれども皆同じ考えなのだろうと思っていた。

 ダンボールの積み重なっただだっ広い部屋を前に、自然とため息が出る。

「お嬢ちゃん。この荷物の量はなんだい?」

「……すみません。なんか気づいたらこんな感じに……」

 片付けは苦手じゃないんですけど、とよくわからない弁明をする少女が、今回の「依頼人」である。

 見た目は高校生のようだが、何でも「歳を取らない体質」らしい。歳は取らずとも死なないわけではないから、不老不死というわけでもないという。

「まぁいいや。とりあえず、重い荷物はこっちでやるから。軽い荷物はお嬢ちゃんが入れてくれ」

 言いながら、ドアノブに手をかけて少しだけ力を込める。そして開けば、扉の先はこのアパートの廊下ではなく、自分がセーフハウスとして扱っている一室に繋がっていた。


 どうもこの世の中には、一般的な人間とは違う規範で生きているモノたちがいるらしい。

 超能力者、不老のモノ、おとぎ話が実体を持ったモノなど、一般的な世界の尺度では測れないモノ達。「別の場所とこの場所を扉越しにつなぐ」能力をもつ自分も、どちらかといえば「違う規範に生きるもの」側だ。

 この世の規範から「外れた」ものを、うまく生きられるように「逃がす」 それが自分の仕事である。自分自身、少々「外れた」側にいるのだ、同じような同胞が派手なことをしなければ、自分も心穏やかに過ごしていける。そんな考えから、この「逃がし屋」を始めた。


「しかし、嫌にならないか?」

「?」

 荷物をあらかたしまい終わり、依頼人を助手席に乗せて車を走らせる。

「お嬢ちゃんの「体質」とやら、治ることはないんだろ?」

「……はい。きっと」

「毎度毎度あんな荷物抱えて転々とするのは嫌にならないか?」

 何年経っても姿形が変わらないということは、どうやってもひとところに定住はできないだろう。そのたびに荷造りと荷解きを繰り返すことになる。

 非効率なことは、わかってます。少女は小さく話し出す。

「それでも、あたしは取り落としたくないんです。こんな身体になったせいで無くしたものは多いけど、思い出まで奪われる必要は、ないと思うから」


 長く生きていくうちに、忘れてしまうもの、取りこぼしてしまうものは多くある。少女は、自分が残される側になっている自覚がようやく生まれてきた。

 それなら、残されたものをできる限り多く持って行きたい。


「そのための荷造りと、荷解きなんです」

 朝焼けに照らされる彼女の顔は、しっかりと前を向いていた。

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