第12話 門番

 観光に来たんです、とはつらつとした声で言う旅人は、キラキラとした目をしていた。これから向かう未知の国への期待を隠そうともしなかった。

「観光ですか。どんなところを見て回るおつもりですか? いえ、そんな観光するような場所がこの国にあったかな、と思いまして」

 手を止めることなく、門番は続けて尋ねた。幼い頃から一度も国の外で暮らしたことのない門番としては、小さい辺境のこの国に見るべきところがあるとはあまり思えなかったからだ。

 門番の問いかけに、旅人は「そうですか? そうかもな」とひとり呟きながら思考を整理していた。そのうち「門番さんからしたらそうかもしれませんね」と朗らかに笑った。

 笑うと少し幼く見える。思ったよりも若いのかもしれない。

「私は海辺の国に生まれました。なので、こんなに高い山々に囲まれていることがすでに興味深いんです。ーーあと、山の上に湖があると聞きました。一度行ってみたいんですが、立ち入れますか?」

 この国は周囲はぐるりと山に囲まれている。むしろ海辺の国というのが理解し難い。自分が一度、海を目にしてみたいと思うのと同じようなものだろうか。

 そして、旅人の言うとおり登山用の装備を持たずとも登れる高さの山の上に、ポッカリと湖があるのは確かだ。

「あー、ありますが、時期が悪いですね」

「時期」

「今じゃまだ雪の中ですよ」

「雪!?」

 この国には四季がある。冬は雪と氷に閉ざされ、夏は陽光がさんさんと降り注ぐ。今は町中こそ雪解けも終えたが、山頂や湖あたりはまだ雪に埋もれていることだろう。

 シャ、シャと門番は絶えず鉛筆を走らせる。

「確かに美しい光景かもしれませんが、それを見るにはあと三月はかかると思いますよ」

 残念でしたね、と門番が世辞代わりに言えば、とんでもない、と旅人は興奮気味に答えた。

「雪も一度は見てみたいと思っていたんです! また冬に違う国へ行かねばと思っていましたが、ここで見られるなら幸運だ」

「……楽しそうですね」

「えぇ!」

 旅は楽しむものですから。旅人はそんなふうに言葉を続けた。

 門番はちら、と背後の事務方を見たが、両手でバツのジェスチャーが返ってきた。

「すみません。もう少し時間がかかるようです」

「いえいえ。ゆっくり待ちますよ」

 門番は旅人の言葉に再度「すみません」と返して、再び視線を手元の紙へ落とした。


 入国審査が終わるまでの間に世間話を、と旅人の前に出されるのはいつも門番の役目だった。めったに旅人などやってこない国なので、毎回旅人が来るたびに手続きに時間がかかる。

 手持ち無沙汰になるのはわかりきっているのだから、もう少し会話が得意な人間をよこせばいいのに、と門番は常に思っている。


 旅人はこれまでにも様々な国を回っているのだと言った。そうして旅行記を書くのが仕事なのだという。そんなものが仕事になるのか、と少し驚いた。

 門番は代々の家業であり、これ以外の仕事は認められなかった。

 ほんの少し、羨ましく思った。


「どれくらい滞在されるつもりですか?」

「ひとまずひと月ほど。その後、延ばすことはできますか?」

「あー、っと、でき、ますね。その際は町中の役所に向かってください」

 そうこうしているうちに、後ろで書類作成をしていた事務の人間がようやく書類を持ってきた。

 ちょうど、門番の手慰みも終わったところだ。

「おまたせしました。ようこそ我が国へ」

「はい。お世話になります!」

 来たままのはつらつとした笑顔を最後に、彼は開いた門から国の中へと入っていく。旅人の背を見送って、ようやく肩の力が抜けた。

「今回もうまく描けてるねぇ」

 事務処理を担当した姉が、門番の描き上げた似姿を見て言った。

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