第11話 飴色

 一目惚れだった。

 輸入雑貨ショップで友人の朝陽がアルバイトを始めたというので、冷やかしがてら行ってみることにした。

 元々、巴は雑貨にあまり興味を持たなかった。ひとりならそうした店にも入らないし、持ち物にもこだわりはほとんどない。もう少し気に掛ければ、と朝陽が色々見繕おうとしてくる程度には無頓着であった。


 朝陽の働く輸入雑貨ショップはこぢんまりとしていながら奥に広く、物は多いのに不思議と狭さを感じることはなかった。

 店内は控えめな音量でクラシック音楽が流れている。

「巴〜、いらっしゃい!」

「店員やってる朝陽の顔見に来ちゃった」

「できれば商品見てってほしいけどね」

 あんたは興味ないもんね、と言外に朝陽は笑っている。

「奥でコーヒーでも飲んでってよ。あたしもう少しで休憩だから」

 見れば奥にカフェも併設しているようで、数人の客がカップを傾けていた。

「売上に少しでも貢献してあげますか」

 そう言いながら、それでも世辞の一環として店内をぐるりと見て回る。この店はチェーン店でもない個人オーナーの店だという。すなわち、個人の城のようなもの。自分の好きなもの、美しいと思ったもの、愛おしいと思ったものしか置いていない。

 置かれている商品は小物から家具までを扱っていた。

 何気なく眺めているうちに、ソレに出会った。


 ドライフラワーや小物に囲まれたその中に鎮座した、ひとつの椅子。網目の背もたれを要した年代物の木彫の椅子だった。この色はなんと言っただろう。深く時間を閉じ込めた色……飴色、だったか。


 ひと目見て、視線を外すことができなかった。息すら止まるのではないかとすら思った。

「好きなの?」

 その言葉で、ようやく現実に意識が戻ってきた。巴は弾かれるように声の主ーー朝陽の方へ振り返る。

 朝陽はといえば、ゆったりと笑みを浮かべていた。

「抗えないよ。惹かれたなら、ね」

 朝陽の笑みは妖艶さを増して、今まで友達として無駄な話を続けてきた友人と同一人物とは思えなかった。

 けれど、不思議と恐怖心はなかった。

「巴もさ。分かってるんだよ。自分が何を愛するのか。何を糧とするのかを」

 気づけば、店の中には自分と朝陽しかいなかった。店の様相は同じままに、人間だけがいなくなっていた。

 ごくり、と生唾を飲み込む。この先、何が起こるか分からなかった。

 けれど、その警戒は朝陽にも伝わっている。

「怖がらせる気はないんだよ。ただ、あたしはこの子達を活かしてやりたいだけなんだ」

「……生かす?」

「活かす、だよ」

 言の葉に載せたニュアンスは分からない。巴が理解していないことを朝陽は分かっていた。そうだよね、と朝陽は笑う。

「ここにあるモノたちは、人に作られて人に使われるために残ったものなんだよ」

「残ったもの……?」

「そ。人とモノは引き合うんだよ。巴に会うために、きっとここまで残ってたのさ」

「いや、だって私の部屋知ってるでしょ、座椅子とローテーブルしかないんだけど?」

 巴が「恋した」椅子は背の高い木製の椅子だった。巴の部屋にはどうしても似合わないし用途を見いだせない椅子だった。どう考えても自分には必要がないし使いようもない。

 ただ立ちすくんだ巴の様子に、朝陽が苦笑する。

「ごめんごめん。わかってるよ。押し売りはしませんとも」

 奥へどうぞ、と朝陽は道を指し示す。それに従って奥のカフェへと向かった。

 その合間に、一度だけ振り返った。視線の先に飴色の椅子がある。


 その後この雑貨屋に通いつめた末、一目惚れしたその椅子を迎えるのはもう少し先の話。

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