第7話 洒涙雨
「今年もよく泣くねぇ」
しとしと降る雨空を見上げて、母はそうつぶやいた。夕飯の片付けも終わって、冷たい麦茶でひと休みしていたときのことだった。
今年は空梅雨で、梅雨に入ったと言っても晴れや曇の日が続いていた。今日はそんな中の貴重な雨だった。
「今年も?」
「去年も、その前もこの日は雨だったよ」
壁にかけてあるカレンダーを見て、今日の日付を思い出す。7月7日、七夕だ。
「この前晴れた七夕はいつだっけ?」
「もう5年はなかったね」
「それはお気の毒様だね」
麦茶に口をつける。
相思相愛が過ぎて仕事をしなくなったせいで引き離された恋人たちの物語は、感情の置き場所が難しい。自業自得だと思う部分もあるけれど、自分にはそれほどまでに誰かを愛した経験がないから、わからないだけかもしれない、と思う。
「別に会えてないわけじゃないかもしれないよ」
「?」
母の言葉に、疑問の視線を向けた。
雨の日は天の川の水量が増えて渡ることができず、その年は逢瀬を諦めるより他にないのだ、と幼い頃は聞いたのだが。
聞けば、水が増えた天の川にカササギの群れが橋をかけ、二人は無事に逢瀬を果たしたという伝承もあるらしい。
そして、年に一度の七夕の日に降る雨は、逢瀬を迎えられずに流すそれから、逢瀬を喜び流した涙という話、別れを惜しむふたりの涙であるという話までいくつかの説に分かれる。
古い伝承、物語は諸説あるのさ、と母は話を締めくくった。
「てっきり雨が降るのは天帝の妨害だと思ってた」
「斬新な説だけど、まぁ言い得て妙だね。この時期は雨が降りやすいから、わざわざこんな日を指定するのは底意地が悪い」
母はそうクスクス笑った。笑うと目尻にシワがよる。つられて小さく笑う。
外は今もなお雨が降り続いている。天気予報によれば、この雨は明日までやまないらしい。
もし出会えて流した涙なら、もしくは別れを惜しむ涙なら、いくらなんでも泣きすぎじゃあないか。
そんなことを思ったが、さめざめと降るこの雨が誰かの涙であるというのは、少し甘い物語のようで、嫌いではなかった。
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