第6話 アバター

 ひまわり好きなんだ? と、杏里は開口一番彼女に尋ねた。無料のメッセージアプリのアバターがひまわりの画像だったからだ。イラストではなく写真をうまく切り取って使っているらしい。


 県外の大学に進学すると、高校までの友人関係はきれいさっぱり切れてしまった。初めてのひとり暮らしで、誰か相談できる人間が必要だ、と実感したのは暮らし始めて二週間後。大学の必修講義で隣に座った、おとなしそうな同期生に声をかけ、今に至る。


 人となりもよく知らない相手との雑談には苦労するが、最近はいつもこのアバターの議題でどうにか場を持たせている。

 ちなみに、自分のアバターは実家の猫の写真だ。

 ひまわりアバターの彼女ーー優菜は小さく頷いた。

「祖母の家の近くに、きれいに咲くひまわり畑があるんだ。お盆はいつも両親の里帰りに付き合うから、そこで」

「じゃあ、これ自分で撮ったんだ?」

 アバターをクリックし、拡大して写真を見る。大輪の一輪のひまわりは陽の光を受け堂々と咲き誇っている。

「写真撮るのうまいんだね。あたしそのへん全然だめだからうらやましい」

 多少大仰に肩をすくめてみせる。

 実際のところ、写真にさほど興味はない。多分こう言われれば嫌な気はしないだろう、という当たり障りのない文言を並べ立てているだけだ。

 写真の腕を褒められた優菜は小さく笑って「そんなことないよ」という。これ以上この方向で話をすすめるのはやめておいたほうが良さそうだ。

 次は何を話そうか。そう話題を探して放り投げようとしたとき、優菜が口を開いた。

「ひまわり、形も好きなんだけど、花言葉も好きなんだ」

「花言葉?」

 オウム返しに投げかけた言葉に、彼女はコクリと頷いた。

 こちとら、これまで花言葉には縁がない生活をしてきた。突然言われてもぱっと思いつかない。

「もし興味があったら、調べてみて」

 どんな言葉なの、と問いかける前にこう言われてしまい、言葉を飲み込む。

 調べるようにと勧めた彼女の笑みは、どこか蠱惑的に見えた。


 その後は講義中も当たり障りのない雑談ーー正確に言えば筆談だがーーをして、顔見知り程度には十分なれたような気分で別れることとなった。

 誰もいない家に戻り、晩御飯をどうしようか、と思いめぐらせていた最中、部屋のカレンダーが目に入った。月替りカレンダーのイラストはひまわりだ。


ーーもし興味があったら、調べてみてーー


 その言葉を思い出す。

 放り出していた携帯を手に取り、検索窓に単語を並べていく。

 ひまわりの花言葉は「憧れ」「あなただけを見つめる」

 ロマンチックな言葉だなぁ、と思う傍ら、小柄で甘い雰囲気の優菜に似合っている言葉のようにも思う。

 そのまま半ば惰性で画面をスクロールする。色や形によっても花言葉は変わるらしい。

 そこで、ふと目が止まった。彼女のひまわりのアバターを思い出す。

(ーー怖。けど、面白いな)

 答え合わせは来週の講義でできるだろう。

 少しだけ、来週の講義が楽しみになった。

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