第3話 文鳥

 鳥籠の中に「餅」がいた。真っ白な餅だ。ぱちくりと眺めていれば、席を外した家主が戻ってくる。手に持つ盆の上には麦茶がふたつ乗っていた。

「悪いな、うちジュースとかあんま買わない家でさ」

「いや、別にいいけど」

 そう答えながらグラスの片方をもらう。カランと浮かぶ氷が鳴った。

「それよりーー」

 問いかけるより先に、視線が再び鳥かごの方へ戻った。すると、鳥籠の中の「餅」はいつの間にかすっかりと形態変化を果たしており、立派な一羽の鳥の姿をしていた。くちばしはうっすらと桃色がかっており、その他の体躯は全て真っ白である。

 視線をやったことで家主も気がついたのか、かわいいだろ、と明るい声をかけてきた。

「最近迎えてさ。だいぶなついてきたとこ」

 今日は初対面の自分がいるから鳥籠の外には出さないが、普段は鳥籠を開けておいたら家主のもとまで飛んでくるようになったらしい。

「いや、何かと思ったわ。前衛的アートに目覚めたとか言われたらどうしようかと」

「ないない」

 ケラケラと家主は笑う。この様子なら、どうやら少しは安心していいようだ。


 家主が事故に遭い、最愛の伴侶と別れてから数ヶ月が経っていた。

 置いていかれたと嘆く家主の死出の旅路を、いくらか留めたこともある。今日ここへ来たのも、家主の様子をうかがうのが半分、残りは単なる旧友たる相手と話がしたかったから、が半分である。


「生き物とか好きだったっけ?」

「飼ったことはないけど、いつか飼いたいって言ってたんだよ」

「なんて鳥?」

「文鳥。いろんなとこに聞いて、どうやら飼いたかったのはこれらしいってことになってさ」

 生活バッタバタだよ、と苦笑する家主の言葉とは裏腹に、後悔など微塵も感じさせない声音だった。

 家主は今もなお、亡き影を追い続けていることは変わらない。

 それでも、少しは前を向いたようで心中は複雑だった。


 いつだって、こいつを前に向かせるのは「あの人」なのだと、思い知らされる。


「……大事にしろよ。ちゃんとした命だぞ」

「わかってるよ。忠実な召使のつもりでお世話してるからな」

 こちらの気持ちを知ってか知らずか、家主は久方ぶりに朗らかな笑みを見せた。

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