第2話[崩壊するのはもう覚悟した方がいい]
「まさかこんなことになるとはなぁ」
夜、メリーが横で寝ている中、俺は一人ぼやいていた、ちなみに性な事があったわけじゃない、というか今まで俺たちはそんなことをしたことが一度もない、なんでかと聞かれればメリーがまだ冒険者を続けたいと言うからなのだが…と言い訳を述べるのはやめにしよう、本当は怖かっただけだ、メリーの純を貰うとき、自分はどうなってしまうのだろうと、メリーを傷付けてしまうんじゃないかなんて甘えたことを言って、ただ前に進むことを恐れていただけ、その結果、メリーの純が別の男に奪われたんだからほんとバカだなと思う
「…」
メリーの方を見る、俺はいつも通りをきちんと演じていられていただろうか、今もこうしていつものように同じベッドに寝てはいるが、俺の心のうちが彼女にばれていなければいいなと思う、だって彼女に浮気をさせてしまったのは俺のせいだ、俺がもっとメリーの事を気にしていれば、こんなことは起こらなかったかもしれない
「ほんっと、情けなくて、ごめん、メリー」
そっと彼女の頬を撫でる、浮気をされても彼女を愛しく思ってしまうのは、俺の心の弱さの現れなのだろうか…
―
「…オレオール」
「んぇ?」
「大丈夫か?さっきから上の空だぞ?」
「ははは、すまんすまん」
次の日の朝、俺はギルドで親友であるガナッシュ・ステングスと話していた、彼はうちのギルドきっての剣士で、他のギルドからは剣聖と呼ばれるほどの実力を持つ24歳、昔からの幼馴染と結婚していて、それ以降はやけに早く家に帰っては奥さんや子供と仲良く街を歩いているのを毎日のように発見されている。これ以上ないほどの愛妻家だ。
「いや、昨日全然寝れなくてさぁ」
「お?なんだ?ついに我がギルドのエースも卒業したか?」
「剣聖様にエースとか言われると嫌味にしか聞こえん」
にやにやしながら聞いてくるガナッシュ、ほんとその通りだったら何倍も良かったんだが
「で?で?どうだったんだ?」
「バカか、そんなん起きてないわ」
「なーんだ、ようやくかと思ったのに」
「お前は何を望んでんだ」
「そんなのうちの子とお前のとこの子を結婚させることだが?」
「なに[当たり前だろ]みたいに言ってんだ」
こいつはこういうところあるからなぁ、普段はしっかりしているのに…残念なイケメンだ…
「まぁそれは置いておくとしても、寝れなかったってどういうことだよ、合同任務の休憩時間とか気が付かぬ間に寝てるくせに」
「人を寝坊助みたいに言うのはやめろ」
しかしどうするか…あのことをこのままこいつに話していいモノか…こいつは信用できるし口も堅い、だから話してしまっても問題はないだろう、だがそれで何も関係ないガナッシュを巻き込んで良いモノか…こいつのことだ、配偶者を裏切ったとあればメリーを本気でぶん殴りに行きかねない
「まぁちょっと調べ物があってな、そのまま本を調べてたら色々読みたくなって気が付いたら朝」
「何してんだよお前…」
「朝日が窓に輝きながら入ってきたときは声が出るほど驚いた」
「そりゃそうだろうな!?」
まぁこれは完全に嘘なのだが、ガナッシュはこういう時普通に騙されるので助かる、単純な男だ…まぁ、だからこそガナッシュの家族が喧嘩したという話を全く聞かないんじゃないかとか考えてしまう俺を許してほしい
「今なんか失礼なこと考えたろ」
「まっさかぁ」
なんでこういうときだけ鋭いんだこいつ
「えぇ?本当かぁ?」
「ほんとほんと」
こうした何気ないやり取りをしていると、本当にいつも通りって感じだ、メリーが浮気をしていたなんて信じられないほど
だけど、俺のこの日常はすでにいつも通りではなくなっている
「ん?お、あれメリナちゃんじゃないか?」
「?」
ガナッシュが指さす方に目を向ける、そこには俺と同い年くらいの男の後についていくメリーの姿があった
「まぁた告白か?いつもの事ながら諦めないねぇ男性諸君は、メリナちゃんにはオレオールっていう旦那がいるってのに、ま、あんだけかわいけりゃそりゃそうか…うちの妻は冒険者じゃなくてよかった~」
横でガナッシュが何か言っているが、俺は自分の心臓の音がうるさくてそれどころじゃない
あいつだ
本能的にそう思った、メリーの浮気相手はあの男だと
「?どうした?オレオール、やっぱ不安か?」
「あ、あぁ」
「はははっ、大丈夫だって、あのメリナちゃんに限って万が一にもありえないよ、昔っからお前にお熱だったしさ!」
なら億が一にはありえたみたいだな…
「すまん!ちょっと行ってくる!」
「え!?あ、お、おい!…なんだぁ?今日のあいつ、変なの」
―
二人にばれないように近づき裏に回る、ここなら話し声が聞こえるか…?
「メリナさん、急にもう会えないなんてどうしたんですか?」
「ごめんなさい、夫にばれてしまって」
やっぱり、この男だ
「オレオールさんに…」
「だから私、もう君に会えないの、本当にごめんなさい」
そう言って頭を下げるメリー、それでも男は引き下がらなかった
「でも、メリナさん言ってたじゃないですか!夫は大事にしてくれているのはわかるけれど、ただそれだけだって!」
「そ、それは…」
「もっと自分を求めて欲しいって…俺、諦められません!俺だったら、メリナさんにそんな寂しい思いは絶対にさせません!」
「…」
「だから、俺を選んでください、メリナさん…あんな男より、絶対に幸せにして見せますから!」
「…少し、考えさせて」
今、出ていくべきだったろうか…そしてメリーの手を引いて、この場から立ち去るべきだった?…無理だ。俺にそんな権利はない、俺はすべての判断をメリーに任せてしまった、自分の気持ちをメリーにぶつけることもせずに、だけどこの男は違った、自分の思いをきちんと告げ、本気でメリーにぶつかった、だからメリーの考えを少しだけでも変えることが出来た…あぁ、先ほどあの男が言っていたメリーの愚痴、自分をもっと求めて欲しいというのは、きっとこういうところなのだろう、俺は、今回のことが分かってから…いや、もっとずっと前から逃げてばかりだ、それがメリーにはわかってしまったのだろう、七年の付き合いだ、お互いのことはよくわかっている、こんな女々しい、頼りない男だから、メリーは…わかっているのに動き出せない、俺は臆病者だ、卑怯で姑息な男だ
「…戻るか」
俺は歩いてきた道を戻る、ガナッシュのところに戻る前に、いつも通りの表情にしておかないと…あいつに余計な心配をかけるわけにはいかない…その場に残る二人をちらりと振り返りながら、俺はギルドに戻る道を歩くのだった
―
「お、おつかれー、どうだった?大丈夫だったろ?」
真っ黒も真っ黒だったよ、だなんて正直に答えるわけにもいかず、俺はとっさに嘘をついた
「あ、あぁ、さすがメリー、なんか断り慣れてるみたいだったよ」
「そりゃぁ昔から告白されまくってるからなぁ、メリナちゃん、子どもや同世代に中年のおっさんまで!そりゃ嫌でもなれるだろうさ」
「ははは、はは…そうだな」
確かにメリーは昔からいろんな人に告白されていた、そのたび見事なまでに振っていたので俺も告白するときはドキドキしたもんだよ、これまで告白を断って来たのは俺のことがずっと好きだったからと教えてもらったときは感極まっていつの間にかメリーを抱きしめたっけ
「ま、これでまたしばらくは安心だな、オレオール、よかったじゃないか」
「あ、あぁ…うん…」
何も頭に入ってこない、怒りも嫉妬も、今の俺には何もない、今の俺に残ったものは、ガナッシュに嘘をついた罪悪感と、深い悲しみだけだった
―
紫のヒヤシンスの花言葉「悲しみ」「悲哀」「初恋のひたむきさ」
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