三章の三

 緑とふたりで一年生の教室に入ると、ねこさんとアコが二人で話もせずに微妙な距離感で座っていた。


「あ、せ、先輩!」

「ああ、俺を待ってたのか。……ねこさんと仲悪いの?」

「仲は悪くないです。……その、仲良しではあるんですけど、ほら、友達の友達ぐらいの距離感のあれです。って、あれ? 山田さんがふたり……いや、あれ? 制服着てるのはそちらの山田さんで……」

「制服着てる方がお姉さんの方で合ってる。コスプレしてるだけ」

「コスプレ言うな」


 緑に不満そうな顔をされ、そんな俺と緑のやり取りを見たねこさんは驚いた表情で俺を見る。


「……お姉ちゃん、白川さんと仲良くなったんだね」

「なってないよ。この人、ちょっと変だし」


 そう言いながら緑は俺の脇腹をちょこちょことつつく。


 女の子に囲まれてるの気まずいな……と思いながらアコの隣にいき、彼女が持ってる祖父のメモ帳に目を向ける。


「調子はどうだ? あ、小説の話ではなくてな」

「大丈夫です。ありがとうございます。……あ、僕、今日本屋さん寄ろうと思っていたのでそろそろ失礼しますね」

「えっ、ああ……」


 俺に用があるから残っていたんじゃないのか? ねこさんとマトモな会話もなかったみたいだし、この教室もアコのクラスではなくてねこさんのクラスだ。


 明らかに俺を待っていたのに、俺を避けるような……。


「あー、俺も一緒に行っていいか?」

「えっ、でも、山田さんと用があるんじゃ……」

「いや、ないだろ。用事あるやつ、双子で服を交換してドッキリを仕掛けたりしないだろ。暇な奴しかしないやつだろ」

「白川さん、私、今から赤点とった小テストの補習で忙しいんですけど。はい論破」

「補習がある奴が服着替えて遊ぶな」

「お姉ちゃんに受けてもらおうと思ってるんです。はい論破」

「替え玉試験はやめろ。ほら、自分で受けろ。というか、高校行ってないのに解けるのか?」


 ねこさんよりかは賢そうだけど……そもそも習ってないのではないだろうか。


「んー、補習は替わらないけど、高校生の範囲なら問題ないよ」

「ふふん、お姉ちゃんは賢いのです。今から東大にだっていけますよ」

「いや、それは微妙。とにかく、ねこはちゃんと補習を受けること」

「えー、いやです、私も先輩と本屋さんデートを……」


 二人でわちゃわちゃとしているのから目を逸らしてアコの方に目を向ける。


「……アコ、行くか。勉強の邪魔みたいだし」

「えっ、あ、は、はい」


 ……ねこさん、やっぱりあんまり勉強出来ないんだな。と思いながら、ねこさんの恨み節を無視して教室を出る。


 玄関に向かう階段、アコは癖のように数歩だけ後ろを歩こうとして少し上の段にいる。

 振り返ると階段のおかげで背の高さが合って、アコの顔がいつもよりも少し近くに見えた。


「……あの、よかったんですか? 山田さんを置いていって」

「補習だから仕方ないだろ。どうかしたのか?」

「どうかって……」


 アコは俺を見て、それから目を逸らして足を止める。


 遅れて足を止めたけれど、階段の数段分だけ距離が離れた。


「山田さんと一緒にいたいのかな、と、面倒なことを考えてました」

「……。いや、そういうんじゃないから大丈夫」

「そういうのでも大丈夫ですよ。僕」


 アコの目は確信を持つように俺を捉えている。


 別にアコと付き合っているとか、ねこさんと付き合っているとか、そういう話ではないが……アコからの好意を伝えられた手前、なんとなく罪悪感を抱く。


「割と、人と変に距離感が近いから勘違いされやすいだけだ。ほら、クラスメイトの坂根とも仲良くしてたろ」

「……はい。すみません。変なこと言って」

「いや……俺も色々と雑なところがあるから、悪いな」


 アコに笑いかけると、アコは合わせるように笑う。

 それから学校を出て本屋に向かって歩く。


 日差しは強く、アコの長すぎる髪は随分と暑そうだ。


「……僕って面倒くさい奴じゃないですか? と、聞くのも面倒くさいですよね」

「……めちゃくちゃ答えにくい質問きたな。まぁ、いや、言葉に困るけど面倒とは違うかな」

「前も話しましたけど、キッカケはアレでも僕は異性として先輩に惹かれていて好意を抱いている。だから、仲良さそうな女の子とか、先輩が気を許していそうな女の子を見たら、多分、嫉妬しているんだと思います。多分」

「自信ないのか」

「……言葉にしようとすればするほど、自分の思いと乖離します。きっと、綺麗な言葉でラッピングしようとしてしまい、汚い本心と離れるのだと思います」


 あけすけだな。

 ……いや、違うか。アコは俺に本心見透かされるのが嫌で、バレる前に見せてしまおうとしているだけだ。


「……制服、汚れてます」

「あー、ドッヂボールしたから、それでだな。……アコは、嘘とか誤魔化すのとか嫌いだよな」

「……はい。あまり、好きにはなれないです」


 本屋に二人で入る。涼しい空調の空気、一瞬、別の本棚に行きかけて慌てて足を戻す。

 癖で漫画のコーナーに行きかけた。


「それは、北倉先生……おじいさんが死んだからか?」


 アコは答えない。ほんの数秒、迷った様子を見せてから近くにあった本に目を向ける。


 北倉先生の遺作……と、なってしまったアコの書いたものだ。


「思うところはあるだろ。客観的に見たら、利用された挙句ハシゴを外された形だ」

「……それは、そうですけど」

「……おじいさんがアコのしていることが嫌だったのなら、そう言って欲しいってぐらいはワガママにもならないだろ」


 北倉アコは爆弾みたいだ、と、思う。改めて。

 心優しいのだろう、気が弱いのだろう、人に気を遣っているのだろう。


 いつ限界がくるのだろうか。小さな溢れるような火ですら爆ぜそうな……そんなものを感じる。


 爆ぜたら、きっと大変だ。

 そうは分かっているけれど、俺みたいに湿気て濡れて火薬が流されるのはもったいないと……そう思った。


 本棚の間を歩き、アコの目を見る。


「アコのこと、尊敬している。義理と人情があって生真面目だ。何が何でも責任を取ろうとしてるの、カッコいいと思う」

「……そんなこと」

「気が滅入るのは分かる。色々と、しんどいのも」

「……はい。でも、やろうと思います。やれることを。……あの、先輩」


 アコは足を止めて俺をじっと見る。

 その目は強く、俺が言うまでもなく、アコは何かを決意していたようだ。


「……僕は間違えていました。祖父が喜ぶと思って、小説を書いたことを」


 続ける。


「祖父は間違えていました。何か理由があったのだと思いますが、僕の書いたものを自分の名前で発表したことを」


 ああ、と、頷く。

 俺が何かをするまでもなく、アコはきっと自分で立って決めていたのだろう。


 ……腑抜けの俺と違って、アコの導火線にはとっくに……きっと、祖父が死んだ日から火が点いていたのだ。


 ただ、長く長くて、爆弾に届くまで時間がかかっていただけだ。


「祖父の最後の小説を書き終えたら、正直に話そうと思います。信じてもらえないでしょう。年頃の少女の虚言と言われて笑われて馬鹿にされて批判されるでしょう。けど、今まで吐いてきた……僕と祖父の嘘を、誰にも聞こえるように話そうと思います」


 ……やっぱり、爆弾みたいだ。と、笑う。

 アコの手は俺の服を握り、強い瞳から一転して弱々しく俯く。


「ニセモノばかりの意気地なしで、だから山田さんに嫉妬していました。……だから、ちゃんと本物になれたら、それが終わったら……貴方に告白しようと、思うんです」


 アコは小さな手と唇を震わせて、それから俺から顔を隠すようにして言う。


「でも、その……勇気がないので、だから、その……い、今のうちに……な、内々定をいただけないでしょうか。で、出来レースなら……ちゃんと告白出来るので」


 ……告白って、内々定とか出すシステムあるのだろうか。

 アコの言葉に思わず笑いそうになりながら、少しでも誠実に答えようとした。


 その時だった。

 ……奥の棚。ライトノベルの新刊コーナー。可愛らしいポップな絵柄の少女達が表紙のライトノベル作品が目に入る。


 思わず、自分の目を疑う。

 あり得ないとしか言えないような文字列がそこに並んでいた。


 そのライトノベルのタイトルは、よく知ったものだった。





【エロかわ美少女達に愛されてるけど幼馴染を寝取られたことがトラウマな件〜女性不信でオタクな俺も何度フラれても告白し続けてくる女の子には揺れてしまう〜】





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