爆弾と偽物と文豪と猫の悪事
三章の一
「へい、白川くん、へいへーい!」
「……」
……普通、高校生って放課後に男女混合でドッヂボールをするものだろうか。
ゆるく投げたボールは坂根に受け止められて煽られる。
坂根は思いっきり俺に向かって投げるが、運動部でもない女の子の投げたボールにマトモに当たるはずもなく簡単に受け止めるが……。
女の子に思いっきり投げるのもな……と思って近くにいた女子にパスをする。
「てやっ」という掛け声と共に投げられたボールはまたしても坂根に止められ、彼女はニヤリと笑って俺に言う。
「ふふ、本気を出す時がきたようだね。雌雄を決そうじゃないか!」
いや……普通に男女の体力差があるのでボールに当たることは……と、思っていると聞き覚えのある声が聞こえてそちらに顔を向けてしまう。
「あ、白川さーん! 北倉さんが探してましたよー!」
「ねこさ……あれ? ────うおっ!」
俺を呼びにきた少女の方を見て意識を止めてしまっていた一瞬に坂根の投げたボールが俺の頭にぽこりと当たる。
「ふははは、ついにあの白川を倒したぞ!」
「……はいはい。ちょっと呼ばれてるみたいだから行ってくるな」
「敗北を噛み締めながら行くといいよー
「普通に行かせてくれ」
彼女の方に行くと、少し申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません。お邪魔でした?」
「いや、なんか無理矢理付き合わされてただけだから助かった」
「クラスの人たちですか? 仲良しなんですね」
「高校生にもなってみんなでドッヂボールするのは仲良しとはまた違うくない……?」
そう言いながら彼女の顔を見る。
「んー、どうしたの? じっと見て」
「いや、それで何の用なんだ?」
「北倉さんが呼んでてね」
「アコが? わざわざ緑さんにか」
俺がそう尋ねると、彼女……ねこさんの姉は驚いたような表情を浮かべる。
「あれ? 変装がバレてたならもっと早くに指摘してくれたらよかったのに」
「ああ、変装だったんだ。てっきり女子高生のコスプレかと」
「コスプレ……いや、女子高生じゃないけど、年齢はねこと同じだし……コスプレじゃないもん。でも、よく分かったね。髪型も一緒にしてきたから、親でも分からないのに」
感心したような表情を向けながら俺の顔を覗き込む。
まぁ……見分けがほとんどつかないぐらいそっくりではある。けれど、まぁ……一目で分かる。
「全然、笑った顔……というか、表情の作り方が違うから割と分かるな」
「笑顔かぁ」
「ふぅん」と、ねこさんの姉である緑は含んだ笑みを浮かべる。
歩いていた足を止めて、近くのベンチにトスンと座る。
「君にさ、会いにきたんだ。ねこのことが心配だから」
「あー昨日の配信のことか。ねこさんから聞いてると思うけど、あれは緑さんを誘き出すための……」
「……昨日、貴方を見つけて、話してる最中に出ていったから」
ああ、アコを送った帰りか。そんなに急に出てきたのか。
「ねこさん、落ち着かないしそれぐらい普通にしそうだけどな」
「貴方にだけだよ」
「……そうか。あー、まぁ、つまりは妹の新しい友達が気になるって話だろ? 俺も緑さんに聞きたいことがあったから話はしたかった」
「……うん。それで、貴方は妹をどう思ってるの?」
一発目からめちゃくちゃストレートに聞いてくるな……。
「……変わった子だけど、一緒にいて楽しい。それに、少し救われるところもある」
「救われる?」
「めちゃくちゃ聞いてくるな……。ちょっとした事情があって、会いにくいけど会いたい人に「一緒に会いにいこう」と言ってくれたんだ。まぁ……かなり遠くて日帰り出来る距離じゃないから、実際はもし行くとしてもひとりで行くと思うけど」
「……ねこは嘘をつかないよ」
それは……泊まり込みでも一緒に来てくれるだろうということだろうか。……流石に思春期の男女で泊まり込みの旅行は親が承認しないだろう。
というか、俺も流石にそれは出来ない。
ポリポリと頭を掻きながら緑を見る。
「あんまり迷惑かけたくないな。ねこさんには。それはともかくとして、わざわざ来てくれたわけだし話ならゆっくり聞くぞ。あ、何か飲むか? 昼間だし暑いだろ」
「いいよ。大丈夫です」
「ねこさんと同じ顔で遠慮されると違和感すごいな。お茶でいいか?」
とりあえず自販機で買って渡すと、微妙そうな顔で見返される。
「……。用というほどのものではないよ。随分と妹が気に入ってるみたいだからどんな人かなって」
「本当に恋人とか、そういうんじゃないから安心して大丈夫だぞ」
また胡乱な目で見られる。……ねこさんは姉に俺のことをなんて説明してるんだ……なんで初対面なのにこんなに信用がないんだ。
「……私に聞きたいことって?」
「あー、まぁ大したことじゃないんだけど、あのゲームはなんなんだ?」
「ゲーム……私の?」
「ああ。あれ……なんか、人を楽しませる気が感じられない」
「めちゃくちゃ失礼なことを。まぁ、そうだけど」
「それに、いくらでもマップを作れるのにこの街の辺りを作ってたり、わざわざ自分で写真を撮りに行ったり、不思議だと思って」
緑は俺の方を見て「ふーん」と口にしてから、ねこさんのように首を傾げる。
「なんでだと思う?」
「……この街を模しているのは、ねこさんにプレイさせるためだと思う。わざわざ家のパソコンを更新させたりしてるわけだし、プレイヤーをねこさんに限定しているというか……ねこさんが遊ぶのを前提にしてるように感じた。でも、その理由は分からない」
「まだまだだね、名探偵さんも」
「名探偵って……ねこさんは本当に俺のことをなんて紹介してるんだよ……」
俺が少し俯いてため息を吐きながら隣に座ると、彼女はクスリと笑う。
「……でも、すごいね。やり方はめちゃくちゃだし、ちゃんと証拠とか手がかりを集めたわけじゃないけど、君は事件を解決出来るんだ」
「褒められてるのか……?」
「もちろん。褒めてる褒めてる。……君は、証拠集めや推理は得意じゃないけど、人を見るのは得意なんだね」
「……それもどうかな」
「いいと思うよ。人を疑うんじゃなくて、信じるのが得意な名探偵っていうのもさ」
人を信じるのが得意な名探偵……というのは、なんだか矛盾しているようにも思えた。
探偵やら推理やら、そういうものはいろいろな前提を疑ってかかり、ひとつひとつ可能性を潰していくものなのではないだろうか。
「それで、何のために作ってると思う? 探偵さん」
「分からないから聞いてるんだけどな。そうだな……」
改めて彼女を見る。
ねこさんよりも日焼けしているとは聞いたがよく見なければ分からない程度でほとんど違いはなく瓜二つだ。
制服はねこさんから借りたものだろう。放課後に着ているということは、つい先ほどにねこさんから借りて着ているのだろう。
と、すると、今、彼女がねこさんのフリをして俺と会っていることはねこさんも承知のことなのだろう。
「……推理でも探偵でもなんでもないけど。妄想なら」
「うん。どんな妄想?」
「まず、前提として風景写真から人物を取り除いてデータとして用いるのは可能だと思う。つまり、緑さんは仕方なくではなく「手間がかかっても自分で写真を取る」ことを選んだ」
あっているのか間違えているのか、緑さんは頷く。
「大量の写真データを元にするのと緑さんが直接撮るのでは差がある。主に身長による視点の位置が。AIによって生成される景色というと、客観性やランダム性を感じるが、緑さんが歩き回って写真を撮ったら、緑さんの視界に依る」
「まぁ、元のデータには引っ張られるね」
「AIによって作品を作った、となると、一見して作家性やテーマ性が少ないように感じるけど、このやり方はむしろ強く作者の色を出そうとしているように見える。この街を模しているのも相まって。……その上で、意図的につまらないゲームを作る」
ゆっくりと息を吸ってベンチに背中を付ける。
「ねこさんに「私が見ているこの街はこんなにも退屈だ」と伝えたいのかと、そう思った」
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