二章の九
「はい。みなさん、こんにちは。今日は重大なお知らせがあります。驚かないでくださいね」
"なんだなんだ、味噌ドラゴンの発売?"
"ソシャゲコラボか?"
"もしかして:総裁選出馬"
「本当に出馬して権力を手に入れたら、まずやることはここのチャンネルのコメントの住民を破壊することだよ」
ねこさんは俺の方をチラリと見て頷く。
「まぁ、それでお知らせというのは、なんと彼氏が出来てしまったのです。あー、これはコメント欄炎上必至ですね」
"炎上するほどチャンネル登録者いなくない……?"
「そのチャンネルにソシャゲコラボとか味噌ドラゴンとか言ってたのは誰だよ! と、まぁ、紹介いたします! これが噂の先輩です!」
カメラが俺の方に向き、俺は真顔でカメラを見つめる。というか……どんな表情をしていたとしても映る映像に変わりはないだろう。
「コーホー」
"彼氏ってもしかして闇側の存在?"
"なんか……こう、あるよね、カリスマなオーラが"
「……コーホー」
"こっち見るのやめて、怖い"
"なに、なんなの? なんで無言なの? こわい"
「コーホー」
"「親戚の子に彼氏が出来たんだ、おめでとう」ぐらいの感覚で見てたのに何故かホラーが始まったな"
"何か言ってよ、怖いよお"
……なんでこんなことになっているのだろうか。ねこさんの配信チャンネルに彼氏役として出演することになり、顔出しは流石にアレかということで覆面をすることになったが、何故かSFな感じの鎧しかなかった。
というか何故それがあったのだろうか。
「……あの、先輩、余計なことを言わないでとお願いはしましたけど、普通に話しても大丈夫ですよ。すみませんみなさん、いつもはこんな感じじゃないんですけど」
"いつもこうなら怖いよ"
"先輩……前情報だとマトモな人っぽかったのに……"
俺は何故ここまでボロクソに言われているのだろうか。……いや、まぁねこさんのお姉さんが心配して様子を見にくるように振る舞わなければならないのだから仕方ないが。
「コーホー」
"なんで!? なんで許可が降りたのに無言なの!?"
俺はゆっくりと手をあげて落ち着いた声で話していく。
「貴方たちが静かになるまで、3分かかりました」
"ウザいタイプの校長先生?"
"なんで初見でコメント欄を黙らせようとしてくるんだ"
"うるさいかどうかはそっちの環境のせいで俺たちのせいではない"
「では、これから自己紹介がてら質問に答えようと思いますが、こちらがシークレットダイスを振って2d6で5以上なら真実を4以下なら偽りを答えます」
"TRPGはじまった?"
"六分の一なんだからダイス一個でいいだろ"
「では、質問をどうぞ」
"な、名前は……"
「破壊竜王ゴンザレス・マキシマムです」
"いきなり六分の一を引いたぞ"
"いや待て、本当に破壊竜王ゴンザレス・マキシマムの可能性もある。山田ねこねこドラゴンもいたわけだし"
"ここはもう一度同じ質問をしたら分かるんじゃないか? 名前は?"
「破壊竜王ゴンザレス・マキシマムです」
"やっぱりゴンザレスなんだよ、1/36はかなり可能性が低いぞ"
"本名が破壊竜王ゴンザレスマキシマムの可能性よりかは高いだろ。5回ぐらい聞いてみよう"
"名前は? 名前は? 名前は? 名前は? 名前は?"
「破壊竜王ゴンザレス・マキシマムです。破壊竜王ゴンザレス・マキシマムです。破壊竜王ゴンザレス・マキシマムです。織田信長リターンズです。破壊竜王ゴンザレス・マキシマムです」
"破壊竜王疑惑が深まったたな……。いや、でも一度は別の名前出てるし……"
"落ち着け、騙されるな。織田信長リターンズも名前としておかしい"
"一番高いのは破壊竜王ゴンザレス・マキシマムが本名で、織田信長リターンズが嘘の可能性だな"
"ゴンザレス……ゴンザレスなのか……?"
「ゴンザレスです。……ちょっと配信止めます。……アコ……アコさん!? カンペおかしくない!?」
俺は配信を止めながらカメラの向こうにいるアコの元に向かう。
アコはペンと紙を持ったまま首を横に振る。
「何もおかしくはありません。山田さんのお姉さんが心配になるような受け答えをしなければならないんですから」
「いや、それはそうなんだけど。……信じるぞ」
俺はそう言いながらカメラの前に戻って配信を再開する。
「失礼しました。では、再開させていただきます。あんまり手間取るのもアレなので同一内容の質問は一度までにさせていただきます」
"ゴンザレスは何歳なの?"
"イケメン?"
「29歳です。イケメンです」
"学校の先輩なのでは……。いや、バイトの先輩とかの可能性も……"
"29歳は多分嘘だろ。ドラゴンは15とかそこらなんだから犯罪になるし……。いや、でも……しかし……"
"やめない? この企画やめない? 無限にゾワゾワする。たぶん寝る前も「大丈夫なのか……?」ってなる"
「質問がないなら俺の勝ちだが?」
"そういうルールだったの!?"
"かつてない強敵にコメント欄が押されてる"
"ドラゴンが黙ってる。なんだ? これ、なんなんだ!?"
「そういうルールではありません。 This is it」
"そういうルールじゃないのかよ! いや、これも嘘か……嘘なのか?
"突然英語でイキんな"
……とりあえず配信のカメラとマイクを止めてアコに目配せをする。
「セーフです。セーフ」
「いや、アウトだろ。……よし、一回変わろう。ほら、マスク被ったら分からないから」
「む、むぅ……」
そう言ってからマスクを脱いでアコに被せてカメラの裏に回り、スマホで配信映像とコメントを見ながら配信を再開する。
"なんか中断多いな……"
"お、再開した。……なんか先輩小さくなってない?"
"先輩縮んだ? さっきまでドラゴンさんより大きかったのに小さくなってない?"
「小さくなってないでゲス」
"声変わりした?"
"第二形態? 強くなればなるほど小さくなるのか? 破壊竜王ゴンザレス・マキシマムは"
"誰か語尾のゲスにツッコミを入れろ"
「何のことか分からないでゲス。……先輩、これバレません? 本当にバレてないんです?」
"バレてないよ"
"俺はゴンザレスを信じてる"
「いや、これ絶対バレてますよ。先輩、戻ってください!」
「いや、カンペで変なこと言わされるの嫌だし……」
「僕も嫌ですよ! ほら、交代です」
「あ、もう、二人ともまだ配信中──」
そもそもカンペを使う意味があったのだろうか。二人とわちゃわちゃと揉み合って、なんとかねこさんにマスクを押し付けてからカメラの前に戻る。
"……!?"
"ねこねこドラゴンの配信のはずなのに謎の男とゴンザレス・マキシマムが……"
"ねこさんがゴンザレスになるのは無理があるだろ……"
「……私がゴンザレス・マキシマムだねこ」
"じゃあ隣の謎の男は誰なんだよ……"
"どう考えてもお前はねこねこドラゴンだろ。語尾がねこだし"
"山田の語尾はねこじゃないから別人では?"
"俺たちは、俺たちは何を見せられているんだ?"
コメント欄と俺たちが混沌の渦に呑まれかけたそのとき、背後の扉がガチャリと開きねこさんにそっくりな少女が顔を出す。
"!? 後ろから本物のねこねこドラゴンが!?"
"じゃあ今ゴンザレスやってるのは誰なんだよ!"
"誰? 誰なの!? 知らない人と知らない人なんだけど、怖い"
「では、今日の配信はここまでにします。おつドラゴン」
"無理矢理締めるな、説明責任を取れ"
"謎の男が締めやがった……"
"カオス回だった。何がなんだったのかは分からないが、これまでにないぐらいの「輝き」をこの配信から感じた"
"高熱のときに見る夢"
パソコンを閉じて、マスクを外したねこさんと共に振り返る。そこにはねこさんとそっくりな少女……。
「お姉ちゃん! もう! 心配したんだよ! なかなか帰ってこないから!」
山田ねこねこドラゴンの双子の姉、山田緑がそこに立っていた。
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