二章の七

「……ねこさんも、アコも、自分の問題を解決しようとしてるよな」

「そりゃそうですけど」

「……そりゃそうってわけでもないだろ。……惰性でどうにでもなるからなぁ、大抵のことは、ほっとけば時の流れに削られてなくなっていくもんだろ。飢えて死ぬ時代でもなし。……立派だな」


 ねこさんは少し考えた表情を浮かべて「んー」と手を伸ばして俺の頭をぽすぽすと撫でる。


「……急になんだよ」

「落ち込んでるように見えて」


 ねこさんの手は小さく、か弱い。

 後輩の少女に頭を撫でられているという状況に気恥ずかしさを覚えて、睨むフリをしてねこさんを見ると彼女はクスリと笑う。


「自分がしたいことだからしてるだけなので、立派とかじゃないと思うのです。私だって、問題かなと思っているけどほっておいてらことぐらいあるんだよ」

「……どんなことだ?」

「例えばお勉強とか、友達がいないこととか、です。あと、部活も入らないと先生に怒られます」

「……普通だな」

「普通だよ。なのに、それがすごいと思うのは……きっと白川さんがどうしてもしたいと思っているのに、踏み切れないでいるからだと思うんです」


 ねこさんの言葉。

 俺はほんの少し考えてから、ゆっくりと彼女の顔を見る。


「……善意とか、好意とか。一見よく見えるものも、それで人を傷つけることはよくあると思う。俺のはそれなんだ」

「……誘拐事件のことですか?」


 なんで知って──と、目を開くと、ねこさんは少し気まずそうに頬をかく。


「ごめんなさい。何かSNSやってないかと思って調べたら出てきてしまって……。その、年齢とか名前とか一致してたので」

「……いつ知ったんだ?」

「えっと、昨日です。……めちゃくちゃ記事を集めちゃって、そのせいで寝不足に……ごめんなさい」

「まぁ、別に隠してることでもないからいいんだけど、隠せるものでもないしな」

「……その、違ったらすごく失礼なんですけど。……誘拐した人に会いたい……とかですか?」


 ねこさんの言葉に、彼女を見ていた目を逸らしてしまう。

 思わず行った本音を隠そうとするその行動は、隠すのとは反対の意味を持ってしまっていた。


 ねこさんはニコリと笑ってあっけからんと俺に言う。


「なら、会いに行きましょう。秘密にしてればバレやしませんって」

「いや、バレなくても今の親に申し訳が……」


 俺がそう言うも、ねこさんは俺の手を引っ張る。


「行きましょう。連れていってあげます」


 あまりに明るくそう言われて、思わずコクリと頷いてしまう。


「……絶対に、悪いことだよな」

「なら、悪いことをしようよ」


 当然の権利のようにねこさんは言う。


 これは勘違いなのだろう。ねこさんの周りがきらきらと輝いて見えるのは。


 とくりとくりと自分の脈の音が聞こえ、周りの騒音が気にならなくなる。


 ……ああ、俺はこう言うべきだったのか。アコに、間違っていてもいいのだ、と。


「……ねこさんのお姉さんが見つかって、アコの小説の件が終わったらだな」

「うん。今度会ったら、お姉ちゃんのスマホにGPSで位置情報を教えるアプリを突っ込むことにするよ」

「……近場とはいえ、頻繁に失踪するならマジで入れた方がいいかもな」

「あははー、あれ、北倉さん遅いね。道に迷ったのかもしれないし見てくるね」

「あー、ああ」


 ……さっきのことのせいで一人で落ち込んでいるのだろうか。心配ではあるが、まさか女子トイレに入るわけにもいかず、どうにも落ち着かない感覚でベンチに座って待つ。


 やっぱり、ねこさんの力になってやりたいな。そうは思うが……俺は名探偵じゃない。


 ねこさんが感心してくれた推理は、実際には推理と呼べるようなものではなく「悪い奴じゃなさそう」と思ってから辻褄を合わせただけで、ちゃんと証拠を集めたり確信を持って正解を導けたりしたものではない。


 アコの小説の方も手伝おうとはしているが……俺を主人公の参考にするなんてことは、きっと良くないだろう。


 ……半端な善意から下手に手伝おうとしているせいで余計な手間を取らせているのではないかという後悔が湧き出る。


 邪魔になるぐらいなら謝ってやめてしまおうかと考えたが……アコの怯えた顔を思い出してしまう。


「……カッコよく、主人公みたいに名探偵ぶってみせるか」


 伊達でも嘘でも、引き受けたのだから。


 と、ねこさんに優しくされて絆されて覚悟は決めたものの、結局のところやれることなんて大してない。


 ……けど、やれることからやっていこう。


「やや、お待たせー。あれ、どうしたんです? 真剣そうな顔をして」

「いや、ねこさんもきたことだし、お姉さんのことについてもう少し尋ねようかと……。色々聞いていいか?」


 二人が戻ってきたので、アコの気分転換にもなると思ってそう提案する。

 ねこさんは頷いて俺の隣に座り、アコはその隣にちょこんと座る。


「まず容姿だけど、一卵性の双子と言っても生活習慣によって多少変わるだろ」

「んー、ほとんど一緒だよ。あ、でも割とアウトドア派だから私と違って少しだけど日焼けしてるし、服の上からだとわからないけど少し筋肉質かも。髪型は日によって変わるけど、長さはおんなじぐらいかな」

「ほとんどねこさんと一緒か。服装は?」

「んー、スカートよりもパンツの方が好きなのかな。割と男の子っぽい感じかも」


 平均身長ぐらいで、体格は細身、服装はボーイッシュ……。改めて聞くと、すれ違っていても見落としていたかもしれない。


「……外食が多いのか?」

「んー、コンビニも多そうかな。あんまり興味ないみたいだし」

「とんでもなく散財してそうだけど……」

「昨日やったの以外でも、パソコンとかすごく得意でめちゃくちゃ稼いでるみたいだよ。投資とかも当たったって言ってたし」


 歳下とかは思えないな……。食事をする場所で特定は難しそう……。となるとホテルだろうか。


「夕方ごろに近くのホテルを張ってみるか? あー、いや、俺はよくてもアコは門限とかあるか」

「あ、は、はい。あまり遅くなると少し……」

「それに近隣のホテルと言っても何ヶ所かあるしな……当てずっぽうだと難しいか」


 どうにもいい策は思いつかない。


「そんなに思い悩まなくても、適当で大丈夫だよ、適当で。お金は持ってるし、移動距離は狭いからそんなに危ないことにはならないから」

「……まぁ、そうなのかもしれないけど。それでもねこさんが心配してるのも事実だろ?」

「それはそうなんですけど……と、とりあえず、遊びましょう! 土曜日なんだから、遊ばないと損だ!」

「……いや、でも遊びに来たわけじゃないしな」

「でもじゃない! 言い訳するな!」

「!? えっ、これ、俺が悪いの? 俺が言い訳してるの?」

「じゃあ行きますよ、次の遊びに」


 ねこさんは「仕方ない人だね」という表情を俺に向けて、立ちながら俺の手を握る。


 俺が……俺が間違っているのか? いや、俺は真面目にねこさんのお姉さんを見つけようとしてるだけなんだけど……。

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