二章の六
「それで白川さん、お姉ちゃんは見つかってないですよね」
「ああ、まぁ、いるかもわからないからそこまで真面目に探してないけどな」
「まぁそうですね、とりあえず普通に遊びましょうか」
それでいいんだ……。まぁ、いるかも分からない人を探すのは不毛か。
「それにしても、そんなに家が遠くないのにわざわざ家に帰らないって、仲悪いのか?」
「そういうわけではないですけど……。高校に行かないと言ってから親とは折り合いが悪いですね。……本人としては今の技術で十分以上に食べていけるから行動が制限される学校には通いたくなくて、親としてはそんなお姉ちゃんを心配しているという形で」
「……あー、大変だな」
ねこさんはこんなにねこねこドラゴンという感じなのに、姉は天才なのか。
俺がねこさんを見ていると、彼女は照れたように俺から目を逸らして誤魔化すように「えっと」と口を開く。
「そう言えば、二人でなんの話をしてたんですか?」
「あ、あー……」
まさか正直な話をするわけにもいかず、アコに一瞬だけ目配せをしてから返事をする。
「アコの小説……いや、ラノベの話をしていたんだ。あんまりそういうのが得意じゃないから、ヒロインのキャラとかに迷ってる感じで」
ねこさんは少し驚いた顔をしてから、ぽすんと自分の胸を叩く。
「なるほど、そこで魅力的な女の子である私をモデルにしたいということですね!」
ねこさんは言う。
俺とアコは黙る。そういう話は一切考えていなかった。
「……クリッとした目の可愛い美人さん」
アコはねこさんを見ながら言う。
「背はそんなに高くなくて、すらっとしていて、でもお胸は大きくて……。明るくて楽しくて、いい人で……」
「えっ、な、なに、きゅ、急にっ」
ねこさんは照れたように自分の胸を抑えて隠す。
「……すみません。こんなヒロインだったら、素敵だなぁって。みんな好きになるだろうなって、思いまして」
「どうしたの急に……ぬへへ、褒めても何も出ないよ、ぬへへへへ」
めっちゃなんか出てきそう。
「……きっと、主人公も、山田さんみたいな人を好きになるんだろうなって」
「そうかなぁ、ぬへへ。「へえ、おもしれー女」みたいなことを言われちゃったりするかな」
まぁねこさんが面白いやつというのは間違いないが。
「あ、そうだ、北倉さん、服見に行こうよ。せっかくだし」
「え……えあ、あ、い、いいですよ」
「よし、じゃあ決定!」
間違いなくそういう意味の「いいですよ」ではなくて遠慮の意味だったと思うが……。
鬱鬱とした空気から離れるには、それぐらい勘違いして引っ張ってもらった方がいいか、と、ねこさんに引き摺られていくアコを見て思う。
ふたりの後を追うと若い女性向けの服屋に入っていき、気まずさから店の外で待とうとしたら俺の手も握られて引き摺られていく。
「よし、では夏に向けて服を買いましょう!」
「……俺いる意味なくない?」
「あるよ! むしろメインと言っても差し支えないね!」
「えっ、俺が……に、似合わないと思う」
「違います。女装という意味ではないです。白川さんの好みを教えてほしいということです」
「ああ、なるほど……。なるほど?」
いや、それはそれでおかしくはないだろうか。
ねこさんもアコも彼女というわけではなく、現状ただの友人なわけで……。と思っているとねこさんは近くにあった服を手に取って自分の身体に当てて俺に見せる。
「どうです? 白川さんはワンピースとか好きなタイプと見たよ」
「……可愛いと思う」
「どうです! 聞きましたか北倉さん。白川さんは女の子に似合ってると可愛いとしか言えないタイプです。分からないからとりあえず安牌で褒めとくかと思うタイプなので……服を選ぶ時の最後の一押しに最適なbotなんです!」
「人をbot呼ばわりするな」
ねこさんは俺がとりあえず褒めているということに気づいているようだが、それでも機嫌良さそうに服を手に取って俺に感想を聞いてくる。
可愛いやら似合うと思うやらと適当に返していると、アコがおずおずと長袖の服を俺に見せる。
「こ、これ……その、に、似合うと思いますか?」
褒められることが前提というねこさんとは違う、ほんの少し怯えと緊張を見せるアコ。
「ああ、アコが着たら可愛いと思う」
「じゃ、じゃあ、これ、買おうと思います。……あ、足りるかな」
そういや、フィギュアを取るのに結構使ったもんな……。「買おうか?」と聞きかけた口を閉じる。
あんまり良くないか、付き合ってもないんだし。
「白川さんっ、持ってきた中でどれが一番好きだった?」
「その質問は困るな……自分で好きなのを選んだ方がいいと思う」
「それは白川さんがいない時でも出来るから、ね?」
そうは言われても……。と思いながら考える。
最初のワンピース……可愛らしかったとは思うが、アコの言う通りねこさんは細身だけど胸がある。
たぶん、その胸のせいで変に太って見えてしまいそうだ。
ねこさんは顔が整っているからシンプルな方が映えそうだ。
あと、パタパタと忙しない動きが多いから、今みたいなミニスカートよりもズボンの方が良さそうに思う。
「さっきのが一番いいと思う」
「なるほど……ボーイッシュ系がお好みですか」
「……ボーイッシュ」
アコは手に持ってる服を見てから、少し考えたような表情を浮かべて戻してから俺の隣にくる。
「買わなくていいのか?」
「……はい。あ、その……ちょっと、行きますね」
「ん? ああ」
トイレか。
ねこさんが服を買っているのを横目に服屋の外に出てベンチに腰掛ける。
少ししてからねこさんはパタパタとやってきて、キョロキョロと見回す。
「あれ? 北倉さんは……?」
「トイレ。少し待っとこうか」
「……ちょっと強引すぎたでしょうか」
思いがけないねこさんの言葉に少し驚いていると、ねこさんはじとーっとした目で俺を見る。
「何か失礼なことを考えてない?」
「いや……気を遣ったりするんだな、と」
「明らかに落ち込んでたら、そりゃ気にするよ。……虐めたの?」
「虐めてない。……あー、まぁ、あんまり話すべきな内容じゃないから、気にしないでくれ」
「……うん、分かった」
思ったよりも素直にねこさんは頷く。
普通、気になるものだと思うが……いや、たぶん気になっているけど、気にしないようにしてくれているのだろう。
……ねこさん、本当にいい子だな。それに比べて俺は……と、自己嫌悪に陥っていると、ベンチに座っているねこさんの脚がパタパタと動く。
「ねこさん、岩間のときもアコのときも……案外、面倒見いいよな」
「好きになっちゃいました?」
「ああ」
「ぬえっ!? あ、ひ、人としてということですよね。か、勘違いしてないんだからね!」
「……おう」
「その反応やめてください。あ、これからどこに行きます? カラオケとかどうですか?」
遊びに夢中で姉のこと忘れてないか……?
「あー……ねこさんはさ、お姉さんが天才で、何か思うこととかないのか?」
「劣等感……という意味ですか?」
「まぁ、それも含めて」
……まぁ、劣等感とか感じるタイプじゃなさそうだなぁ。と思っていると、ねこさんはコクリと頷く。
「ないと言うと嘘になるかな。……遺伝子も環境も一緒のはずなのに、お姉ちゃんは特別で。……配信をしてるのも、お姉ちゃんへの対抗心……というほどではないけど、自分も何かになりたいって思って」
「……そんなもんか」
「……そんなはずもないのに、自分も一介の人でなければ対等に話せない気がして。対等に話して、叱ってあげられるような自分でいたくて」
「……立派だなぁ、ねこさん」
「そんなことないよ。配信もアレだしね」
まぁ配信はアレだけど。
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