一章の八

「……前提として、確信はない。そんな名探偵ってわけでもないし、単に素人が想像しただけだ」

「……分かるんですか?」

「まず前提として……学校に来てないやつに制服を着させて学校近くの川まで呼び寄せるのは無理だ。どう考えても無理だし、やる意味がない」


 ねこさんは「いや、でも実際に動画に映ってるし……」と言う。


「でも、無理なものは無理だろ。だから、考えられる可能性として……自分でやったんだと思う」

「……ま、まさか散髪を!?」

「なんでだよ。いや、まあ、たぶん自分で切ったんだと思う。……わざわざ制服を着てってところを見ると、むしろ見せつけることが目的だったんだと思う」

「……見せつけるって。……あっ、さっきの」


 俺は「ああ」と頷く。


「……新谷さんが嫌いだから停学させようと……?」

「いや、たぶん逆だと思う。新谷、クラスのメッセージグループにも入ってないのに岩間さんの連絡先は知ってたろ」

「……確かに? えっ、なんで」

「普通に仲が良かったけど、ヤンキーっぽいのと不登校気味の子だから普通にしててもイジメっぽく見えたんじゃないか。学校の外で心配に思った近所の人が学校に連絡して、学校も対処せざるを得なくなる……けど、新谷にはそんな覚えはないから反省文なんて書く気にはなれないだろうし、口下手なのや素行もあって信じてもらえない。岩間の方もたぶん言ってるけど、まぁ脅されてとか怯えてとかと勘違いされたとか」


 長々と話してから昨日ねこさんと会った場所につく。

 橋の下の方を見てからゆっくりと息を吸い直す。


「……そこで、一計を案じた。学校外からの通報に反応したのだとしたら、具体的な生徒名は出ていないはずだ。新谷にアリバイがある状況でイジメの現場を目撃させて、再び近所の人に通報させることで「新谷は犯人ではない」と学校に認識させるというものだ」

「……な、なるほど……確かにそれなら制服を着ているのも」


 ねこさんはそう言ったあと首を傾げる。


「でも、分かりにくいんじゃないですか? 橋の下なんて。心霊スポットを配信してた私でもないと見つけられないんじゃないですか?」

「河原なら散歩してる人とかいるだろ。……それにその心霊スポットの噂……どこから発生したんだ?」


 ねこさんは不思議そうな表情を俺に見せる。


「……今やってるアニメ、流行ってるんだろ。幽霊のやつ。ねこさんのコメント欄でも話してる人がいたぐらい」

「…………えっ、もしかして」

「心霊スポットになったの、たぶん岩間さんがそこで幽霊のアニメ見てたからだろ。そのアニメの音声を聞いた人が本物の幽霊と勘違いした」

「え、ええ……。でも、辻褄は合うような……」

「正解かは分からないけどな。とりあえず、岩間さんに連絡頼む。俺も新谷に聞いてみる」


 話した内容を、岩間の狂言の部分をぼかして新谷にメッセージを送ると「なんで知ってるんだよ、キモい」と返ってくる。


 ねこさんが岩間さんに送ったものも返事がきて俺の考えがあっていたことを裏付ける。


 アコは置いてけぼりになった表情を浮かべてから俺の方を見つめていた。


「……解決、ということですか?」

「まぁ、あんまり穏当な話ではなかったけど、俺たちが首を突っ込むような内容でもないかもな」


 それにしても、岩間さん文芸部でアニメが好きという特徴を持ってるのに橋の下でたむろしてるのか……。


 さて、帰るとするか。と、思っていると、ねこさんの手が俺の制服の袖を掴む。


「あの……少し、いいですか? その、白川さんにお願いしたいことがあって」

「いや……今、アコから頼まれてることがあるからあんまり時間に余裕ないかも。小説のネタ探しの手伝いをしていて」


 俺がそう言うも、ねこさんは真剣な目をして離さない。


「……その、小説のネタ探しなら、ちょうどいいと思うんです」


 夕暮れの中、少女の髪は夕陽に照らされて風に揺られる。


「姉を探してほしいんです」


 いつも騒がしいという印象の少女は、言葉のひとつひとつを大切にするようにゆっくりと静かにそう口にした。

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