一章の七

 二人の元に戻る。二人も話を聞いていたのか不思議そうに首を傾げていた。


「……結局、犯人は分からないってことですよね」

「そうだな。まぁ、さっきのヤンチャそうな子じゃなさそう」


 先生が一番に疑った相手が犯行不可能……ということは、いじめられっ子が被害者だけどいじめっ子が犯人ではないということか。


 仲間や友人がいるって雰囲気でもなかったし……。


「……なんか進んだようで逆戻りって感じだな」

「あの、白川さんは手伝ってくれるの? この件、関係ないと思うけど」

「ん、ああ……まぁ……手伝おうとは思う」


 アコとのこともあるが、それ以上に……このことで自殺などで死んでしまったら目覚めが悪い。


「あ、僕もお手伝いしようと思います。その、かわいそうなので。山田さんは……」

「むう……配信業があるから……でも、人に助けを求めておいて自分は何もしないのは……」


 ねこさんは「よし」と自分の顔を叩いて宣言する。


「ここに山田ココ探偵団の発足を宣言する」

「えっ、あっ、おお」

「えっ、は、はい」

「なんですか、ノリ悪いですね。アンチスレのみんななら「ねこねこドラゴン騎士団だ!」とか「おし、竜騎士としていっちょやってやるか!」みたいなことを言ってくれるのに」

「素でコメント欄をアンチスレ呼ばわりするな。じゃあ、ねこねこ竜騎士団でいいか」

「うむ、そういう反応……って、あれ、私は名前いじりが嫌なはずでは……?」


 ねこさんは「自分が理解出来ない。本当はいじられたがっている……?」と震える。


 いや……まぁ、自分の名前が嫌じゃない方がいいだろうしそれはそれでいいのでは?


 ねこさんは気を取り直したように白いワイシャツに隠れた胸を張る。


「さてと、とりあえず、どうしようか?」

「……普通に岩間に会ってみて話を聞くのが一番だろ。事件の解決もあるけど、それ以上に本人のメンタルのケアを考えるべきだ」

「め、めちゃくちゃ真っ当なことを……。先輩、分かってます!? 今のところ先輩、イジメはまず先生に連絡してそれから被害者に寄り添おうとしてるんですよ!? ……真っ当だ」

「真っ当ならいいだろ……。けど、不登校みたいだし、家とかも分からないか」


 先程の女子生徒の怒声もあってか人が減った廊下の中、背中を壁に預けながら二人に尋ねる。


「クラスグループとかないのか? メッセージアプリの」

「クラスグループ……? 聞いたことないです」

「いや、ないということはないだろう。今時、何かしらの連絡で使うだろ?」

「いえ、僕は参加してないですよ? 山田さんは?」

「聞いたことないなぁ。ウチのクラスにはないんじゃないかな」


 いや、流石にあるだろ……。と、思っていると、先程の女子生徒が俺たちの前にくる。


 さっきのことでやっぱり不満があったのかと思っていると、女子生徒は「ん」と言いながら俺にジュースを押し付ける。


「ジュース?」

「さっき、助かったから。一応、礼」

「いや……俺の説明が悪かったせいで揉めただけだし」

「いいから受け取っとけ」


 年下の女の子からもらうのは少し抵抗あるな、と思い、鞄からチョコを取り出す。


「じゃあこれはお詫びってことで」


 女子生徒は少し不満そうにしながらも俺からチョコを受け取り、そのまま口に運んでゴリゴリと噛む。


「んじゃ、また」

「あ、ちょっと待ってくれ。SNSやってる?」


 俺が尋ねると、女子生徒は立ち止まって不思議そうな顔をしたあと「はあ!?」と驚く。


「な、な、なんで、そんな急に」

「いや……さっきのことで岩間さんに話を聞きたいけど、このねこさん、クラスグループにすら入ってないから連絡取れなくて」

「…………」


 女子生徒はゲシゲシと俺のスネを蹴る。

 なんで怒られてるんだ……と、思っていると、彼女はスマホを取り出して、俺のポケットからスマホを取って何か操作をする。


「クラスグループみたいなのに入ってるように見えるか、アタシが」

「あー、入ってないのか?」

「入りたくもない。……ほら」


 スマホを返されて確認してみると、見覚えのない「新谷マナ」というアカウントから岩間のIDが送られてきていた。


「さっきの、それでチャラだから」


 そう言いながら女子生徒……新谷マナは去っていく。


「……案外いい子そうだな」

「ええっ! 白川さん、感覚おかしいよ、めちゃくちゃ先輩のこと蹴ってたよ!?」

「いや、まぁそれはそうなんだけども。ほら、連絡先教えてくれたし」

「連絡先ぐらいでデレデレして。どう見ても変わってる人だよ」

「いや、連絡先は岩間のやつな。あと、変な奴度で言うと会って一日なのにこの距離感のねこさんの方がおかしいからな」

「女子高生は距離を詰めるのが早い生き物なんだよ」

「ならクラスのメッセージグループに入っとけよ……」

「…………」

「…………」

「ごめん。あと、なんか流れ弾が入ったアコもごめん」


 ……なんか知り合う女の子、ぼっちしかいない。


「……とりあえず、連絡取りたいけど男の先輩からだと威圧感強いだろうし頼んでいいか? あんまり連絡先とかを教えて回るのは良くないんだろうけど」

「あ、うん。じゃあ私からメッセージ送るね」


 ねこさんは両手でちょこちょことスマホを弄ってポケットに戻す。

 それから数秒、既にやれることがなくなったため、微妙な空気が流れる。


「え、えっと……これは解散の流れ? 岩間さんから連絡あったらまた集まる感じで」

「まぁ……あんまりやれることないな。せいぜい改めて現場を見にいくぐらいか」

「あ、それがあったね。案内するね」


 ねこさんに連れられて学校の外に出る。

 あまり明るい繋がりでもなく、元々仲が良かったわけでもないので話すような内容はなくまるで葬式のような空気だ。


 ……いや、もっとうるさいか。葬式は


「あ、改めて自己紹介でもする? 私は配信が趣味だよ」

「あー、俺は白川ヒロ。趣味は……防音グッズ集め?」

「えっと、えっと、北倉アコです。趣味はしょ…………しょ、ショルダータックル」

「ショルダータックル!?」


 ショルダータックル!?


「す、すみません。嘘です」

「嘘なの!? なんで唐突に嘘ついたの!? ウチのリスナー!?」

「視聴者に対する信頼が低すぎる。リスナーじゃないやつも嘘ぐらい吐くだろ。……いや、なんで訳わからない嘘を」

「……途中まで小説と言おうとしたんですけど、何書いてるのとか聞かれるの嫌だなって、咄嗟に……」

「咄嗟にショルダータックル出るんだ……」


 顔を赤らめているアコを見ながら、文豪のプロットを思い出す。


「まぁ恥ずかしいか。【エロかッ──ゴフッ」

「ぬあわっ! い、言わないでください!」


 アコのショルダータックルが俺の胸に突き刺さる。

 な、なかなか……いいショルダータックル持ってるな……アコさん……。咄嗟にショルダータックル出るタイプなんだな、アコさん。


「ふむ……それにしても、だいぶ謎は深まっていますね。なんで制服を着ていたのかも、加害者が誰かも全然心当たりがないとなると」


 アコは困ったようにそう言う。

 風を受けながら、俺はアコの方を向く。


「あー、いや、なんとなく分かったな」

「えっ、まだ動画見ただけですよ!?」

「驚くほどのことでもないだろ。まだ確信というほどでもないけど」

「いや、調査を始めたばかりで、何も分からないです……よね?」


 アコはねこさんの方に顔を向けて、ねこさんもちんぷんかんぷんという表情を浮かべる。


「何も分からないけど。というか、情報がほとんどないし」

「あるだろ。全然分からないというのが。それに……そのカメラ」

「動画のこと? あんまり大したことは映ってないと思うけど」


 現場の河原に来て、周りを見回す。確かに言われていたように大量の髪の毛が落ちていた。


「うあ……これは、ちょっとひどいですね。ここまでするなんて」


 アコは引いたようにそう言うが……俺には「ひどい光景」には見えなかった。


 髪の毛が斬られて散らばっているという状況だが、けれども、むしろ真逆の印象を覚えた。


 俺は髪の毛を見たまま、ゆっくりと二人の顔を見る。



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