一章の六

 アコは驚いた表情でねこさんの方を見て、それから俺の方を見る。


「……ああ、ねこさんとは昨日たまたま知り合って」

「……そうなんですか。あ、今お時間大丈夫ですか? 部活とか」

「部活入ってないから平気だ」


 俺がそう答えると、アコは不思議そうに首をこてりと傾げる。


「あれ? でも、うちの学校って部活動、どこかに絶対入らないといけないんじゃ……」


 アコの不思議そうな態度に、俺はやれやれと首を横に振る。


「確かにうちの高校は部活強制だ。どこかしらに所属することを義務付けられている。……けど、別に罰則規定とかはないんだ」

「……!?」

「だから、ルールをガン無視しても不利益はないんだ」

「え、ええ……」


 アコは自分が真面目すぎるのかと思ったのか、周りの人を見て不安そうな表情を浮かべる。


「あ、白川くんはなんか真面目そうな雰囲気を出してるけど、基本的にこういう感じだからね。騙されちゃダメだよ」

「……そ、そうなんですか」


 いや……そこまで言われることじゃないだろ。そんなに迷惑かけてないし。

 俺がそう思っていると、坂根は続ける。


「本当、白川くんは悪い奴だからダメだよ。ほら、今日もらったグミもなんかレモン味ばっかりだったし、嫌いな味を女の子に押し付けるタイプなんだよ」

「……それ、私が白川さんにあげたグミです」

「……」

「……」


 絶妙に微妙な空気が部屋の中に漂い、短い沈黙が支配する。


「し、白川くん、女の子からのプレゼントを別の女の子に渡すなんてっ!」

「!? ここで俺にくるの? プレゼントとかそういう流れじゃないだろ」

「白川くん……女の子が男の子にプレゼントする、そこには大切な意味があるんだよ」

「ないよ。少なくとも食べかけのグミにそんな意味は」


 坂根は助けを求めるように和田さんを見るが、和田さんは巻き込まれまいと本に集中しているフリをして誤魔化していた。


「あのな、罪を押し付けようとするんじゃない。後輩がしたことを責めるみたいなことを言ったのは坂根だ。俺になすりつけようとするな」

「っ……いいじゃんっ! どうせ白川くんの好感度なんて下がるところまで下がるんだからっ、遅かれ早かれなんだから引き受けてくれても」

「現在進行形で好感度を下げるようなことを言ってる奴が何を言う」


 ねこさんの方を見ると、不満そうな表情を浮かべて俺の頬をぐいぐいと指先で押す。


「……いや、大半は俺が食べたから」

「なら良しとします。それより、事件のことなんだけどさ」

「あー、幽霊がどうとかの話だった」

「幽霊?」


 アコが首を傾げるとねこさんが「あ、そうなんです!」と言って俺にスマホを見せる。


「その幽霊なんですけど……これを見てください」


 ねこさんが俺に見せたのは、ねこさんのこの前の配信だ。唐突に心霊スポットに向かったねこさんだが、髪の毛を見てビビり、幽霊を見て逃げて配信が終わるというものだが……。


「……分かりますか?」

「……ああ、めちゃくちゃコメント欄でレスバしてる奴がいる」

「問題はそこじゃなくて。……いや、そこはそこで問題なんだけど。今回は幽霊のことで……制服を着てます」

「ん、ああ、本当だな。というか、ガッツリ映ってるな」

「なんで幽霊よりもレスバの方に反応してるんだよ」

「いや……なかなか読み応えがあって。……というか、生きてるな、画面ブレブレだけど」


 一瞬、心霊動画っぽく見えるのは確かだが、よく見てみればうちの制服を着ている女子生徒に見える。髪の毛もグチャぐちゃぐちゃになっていて水に濡れているが……。


「……二年の子じゃなさそうだな。見覚えがない」

「あ、見せて見せて。……わっ、ひどいね、これ。ん、んー見覚えがあるような……和田さん、見たことある?」

「えっ、わ、私ですか? ……あ、岩間さんです。一年生の」

「えっ、知り合い?」

「はい。文芸部の後輩の子で……休みがちなんですけど」


 文芸部か……。和田さんも文芸部なんだな。

 それにしても、休みがちな子がこんな間に遭ってる……か。


「イジメとかか? かなりひどいな。……今日来てるのか?」

「…………普段、休み時間は常に寝たフリをしてるので分からないですね」

「私も寝たフリしてるからわからないや」

「友達を作れ。……とりあえず、結構問題ありそうだし、話を聞きに行った方がいいな」


 たぶん、ねこさんもそのつもりで俺のところに来たんだろう。


「あ、私も部活いかないと……。ごめん、そのこと頼んでていい?」

「ああ、まぁ、元々俺のとこにきた話だし」


 坂根は申し訳なさそうに謝って「何かあったら手伝うね」と言ってから教室を出て行き、和田さんは気まずそうに俺の方を見る。


「部室に来てるかもしれないからちょっと見てくるね」

「ああ、ありがとう。……とりあえず、一年の教室の方に行ってみるか」


知り合ったばかりの二人と共に一年生の教室に向かう。


少し前までよく歩いていた廊下だけど、後輩の姿が多いとなんとなく居心地が悪い。


クラスを回って見て、件の生徒がいないことを確認する。


「……アコとは別のクラスだけど、ねこさんとは同じクラスみたいだな。名前ぐらい知らないのか?」

「んー、入学したばかりだし。あっ、でも、ずっと隣の席が空いてるね」

「……そこだろ」


ねこさんの席に来て隣の方を見る。

特に特徴もない机だ。机の引き出しからはみ出しているアニメのクリアファイルを見てアコが口を開ける。


「こ、これは……!?」

「何かあったのか?」

「祖父が好きな漫画です! アニメ化を楽しみにしていたやつです!」

「もうアコは祖父の話をするな……。印象が、印象が変わるから」

「あ、これ、私の配信の荒らしが好きなやつだ。幽霊の美少女が爆弾処理犯になって活躍するの。第三話の爆弾を仕掛けたライオンの幽霊とのバトルは必見だね」

「あるの? 本当にあるのか。適当言ってない?」


アニメはともかくとして……。

この机、なんとなくしばらく使ってなさそうな風に見えるな。


「ねこさんも覚えがないって言ってたし、たぶん、しばらく来てないっぽいよな。……あれ?」

「どうしたんですか?」


……おかしい。不登校で学校にしばらく来ていない子が、昨日「制服で学校の近くにいた」なんて普通ないだろう。


そのことを二人に話すと、二人も不思議そうな表情を浮かべる。


「……不思議ですね。呼び出された……としても制服はおかしいですし」

「……あ、とりあえず配信は見返さないようにしておきます。顔、映っちゃってるので」


 ……今の時代、すぐにSNSで拡散する世の中でよくこんなことをするな、と。


「……どうします?」

「よし、とりあえず、先生に言いにいくか」

「常識的な解決法……!」

「いや、そりゃそうだろ……」

「でも、それでどうにかなる話なのかな……。普通に、こんなに分かりやすく襲うのって誰かしらに見つかると思うし、何かしら対策してるとかない?」

「単にアホで考えなしの可能性もあるし相談したほうがいいだろ。俺たちだと誰かも分からないし。あ、すみません、ちょっといいですか?」

「この先輩、大人しそうに見えて決断のテンポ早い……!」


 近くにいた一年生の担当をしている教師に動画を見せる。

 教師は面倒そうに動画を見た後、最後の場面で一時停止をして目を開く。


「……これは、どこだ?」

「あ、あそこです。学校から駅側に行く方の川の」

「……岩間だな。岩間雫……最近学校に来てないと思ったが、アイツまた……。ああ、報告してくれてありがとう。先生がなんとかするから、あんまり広めないようにな」


 そう言って教師は去っていく。何か心当たりがあるようだ。


 ねこさんは俺の方を見て口を開く。


「……なんとかなったね?」

「なんかしてくれそうだな」

「先生が犯人を分かっているなら、解決でしょうか?」

「ん、そだね。……イジメなんてあったんだね……」


 コイツら本当にぼっちなんだな……。


 けれども、やっぱり……普通におかしくないだろうか? 学校を休んだ子が、学校近くの河原に制服を着てそこにいるのは。


 何か妙だと思っていたら、先ほどいたねこさんの教室の方からガタッと机が倒れる音と女子生徒の声が聞こえてくる。


「説教をした昨日の今日でまたこんなことを──!」

「ッ! だーかーらー! イジメなんてやってねえって! 何か証拠あるのかよ!」


 どうやら教師が犯人らしき女子生徒の方に怒りにいったようだが、その女子生徒は反対に怒っているらしい。


 周りの生徒もその女子生徒の素行の悪さを知っているのか「うわ、またやってるよ」という反応で避けていく。


 教師と怒鳴りあっている姿を見て、俺は山田からスマホを借りてそちらに向かう。


「あのー、いいですか?」

「なんだよ! またアタシに文句ある奴がきたのかよ。いいよ、表出ろよッ!」

「こら、今は取り込み中だから後に……」

「いや、たぶん、その子は犯人じゃないと……」


 女子生徒は驚いた表情を浮かべて、教師も訝しげな表情で俺を見る。


「んだよ、証拠でもあるのか?」

「なんで冤罪受けてる奴がそのキレ方してるんだ……。今、先生、昨日説教したみたいなことを言ってましたよね。放課後ですよね」

「……ああ、そうだけど」

「ほら、この動画の時間、5時です。放課後と言ったら早くて4時過ぎぐらいからだろうから、それから何分話したのかは分からないんですけど、それから河原まで行って髪を切って川に落とすとなると時間結構大変でしょう」

「……確か、4時30分から4時45分ぐらいまでだったと思う」

「15分……学校の校門まで行くのに5分、校門から河原に行くのに5分、5分でここまでやるのはキツイそうなので、無理かと」

「だろー? ほら、アタシはやってねえよ! 謝れって、ほーら、あーやーまーれー」


 子供みたいな反応をするな……。まぁ、冤罪をかけられたのなら、そういう気分にもなりそうだ。


 教師はグッと堪えて謝ろうとし、その前に俺が先に頭を下げる。


「悪い。俺がもっと先にちゃんと状況を伝えるべきだった。……お菓子こぼしちゃったみたいだな、代わりの買ってくるから勘弁してくれないか?」


 俺が倒れた机を見ながらそう言うと、女子生徒は興が削がれたとばかりに眉を顰めて立ち上がる。


「もういいよ。そいつの悔しそうな顔は見れたし。帰るから、バイバイ」


 去っていく女子生徒を見て、教師は嫌そうな表情をして倒れた机を直してこぼれた菓子の袋を持ち上げる。


「先生もすみません。ややこしいことを言って」

「……いや、俺の早とちりだ。新谷には悪いことをしたな」

「新谷? あ、さっきの子ですか。……イジメみたいなことやってたんですか?」


 箒を取ってきながら尋ねると教師は軽く頷く。


「ああ……反省文を書かないと停学と言ってるのに、一向に書く気がないらしくてな……その矢先のことだったから」

「あー、それはまあ……そうなりますよね。すみません」

「いや、俺が悪かったよ」


 掃除をしながら考える。……イジメは別にあったけど、そのイジメの犯人とは別にこの事件が起きた?


 ……やっぱり何か妙な感じがするな。

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