猫より自由で不自由な生き物

二章の一

「はい。荒らしのみんな、こんばんはー。今すぐに全員チャンネル登録解除してね、これからカップルチャンネルとして運用するので、今いる皆さんには消えてもらおうと思ってます」


 "こんドラゴン"

 "こんドラ〜、視聴者をいろんな呼び方をする配信者はいるけど荒らし呼ばわりはここだけだな……。というか、彼氏がいないとカップルチャンネルは開設出来ないんだよ?"


「ふはは、触れてしまったな、その話題に。いつも散々煽ってきたから触れてもいいと思ったのだろうね。けど、甘い! なんと、学校の先輩にアプローチを受けたのです!」


 "嘘つけ"

 "先輩を解放しろ"

 "うぐぐ、みんなの先輩が……"


「ハーッハッハッ! 残念だったね。先輩は私のものなのですよ!」


 …………めっちゃ俺の話しとる。

 チャンネル登録してと頼まれたので、暇だし一応見にきたら……ちょうど俺の話をしていた。


 気まずい。……これ、見ない方がいい気がするな。


 "その先輩ってどんな人?"


「ふふふ、よくぞ聞いてくれた! あのですね、先輩は……」


 楽しそうな声で話していたねこさんは考える様子を見せたあと、徐々に顔を赤くしていく。


「……お、終わり! 先輩の話はおしまいです! 今日はゲーム配信をします」


 ねこさんはパタパタと動いてカメラを切り替える。


 "先輩の話は……? 俺たちはもう先輩に夢中なんだよ"


「なしです! 今日はしないから! というわけで、今日も姉の自作ゲームをやっていこうと思います。……まったく、配信でもしながらじゃないとやってられない面倒くささです」


 そう言いながらねこさんが立ち上げたのは聞いたこともない、ネットで調べても出て来ないゲームだった。


 夕方に聞いた、ねこさんの話を思い出す。



 ◇◆◇◆◇◆◇


 河原からアコとふたり、半ば強引にねこさんの家に連れて来られた。

 ……女の子の家なんてきたの小学校の低学年のとき以来だな。と思いながら家にあがる。


「お邪魔します……」


 とアコが丁寧に靴を揃えながら家の中に入る。ねこさんはパチパチとスイッチを入れて部屋の中を明るくしながら「私の部屋2階なの」と俺達を案内する。


 ねこさんの部屋に入ると、なんだか妙にいい匂いがする。


 話していた妹と同じ部屋を使っているのか、二段ベッドで机が二つあり、片方の机の上にランドセルが置いてある。


 ねこさんの趣味なのか妹さんの趣味なのか、可愛らしいぬいぐるみが飾られていたり、レースフリフリとしたカーテンだったり、全体的に分かりやすく女の子の部屋という感じだ。


「どうしたの? 立ち止まって」

「いや……いい匂いがするのが妙に悔しくて。ねこさんの部屋なのに……と」

「嗅がないでよ。……えっち。……あ、座布団持ってくるから待ってて」

「お気遣いなく……」


 それにしても、姉を探してほしい……か。あんなにおちゃらけているねこさんの姉が行方不明になっているというのは……なんだか変な感じだ。


 少しするとねこさんは座布団とジュースを持ってきて俺達の前に置く。


「……姉を探すって、行方不明なら警察とかに行った方がいいんじゃないか? 俺は正直なところ役に立たないぞ」

「行方不明じゃないの。……いや、行方は分からないんだけど。自分で出ていったというか……」

「……家出?」

「えっと、とりあえず見てもらいたいものがあるんです」


 ねこさんはそう言いながらパソコンを立ち上げて、何かのソフトを起動する。

 いったいなんなんだ……と思っていると、画面によくある街並みが表示される。


「……どこかの風景の画像……いや、動画?」

「ゲーム画面だよ。大手プラットフォームが作ってるマップのストリートビューってあるでしょ。あれをAIに読み込ませて、街並みを自動で生成してくれる……というものらしいです」


 画面中央のキャラクターがぴょこぴょこと自由に街中を走り回る。


「……AIって今ここまで出来るんだな。それと姉が何か関係してるのか?」

「このゲーム。今どこにいるか分からない姉が作ったんです」

「ゲーム会社に入ってるのか?」

「いえ、個人制作ですね」


 ひとりでこんなものが作れるのか……すごいな。

 アコも興味津々という様子でマウスとキーボードを貸してもらってちょこちょことキャラクターを動かす。


「それで、家の中に入ろうとしてもらうと分かるんだけど……」


 ねこさんの言葉にアコが手を動かして玄関から中に入ろうとして、首を傾げる。


「扉を開けるのはどのボタンですか?」

「入れないの。この家に限らず、だいたいの建物に」

「……あー、ストリートビューから再現してるからか。そりゃ中の写真はないよな」

「それで、お姉ちゃんは今は毎日色んなところを練り歩いて写真を撮ってるんです」

「労力すごそう。……あー、人のいない風景写真の必要があるからか」

「そうそう。ネットで探すのも大変だし、ということでさ。定期的にどこかでアップデートしてるのか、駅とかスーパーとかなら入れるようになっていってはいるから、元気なのは間違いないんだけど……。なかなか帰って来ないとなると、家族として心配で」


 まぁ……そりゃ、どこかで姉がフラフラしていたら不安か。


「……電話とかメールは?」

「お姉ちゃん自由人だから」

「……返事ないのか。自由人すぎるな」

「昔からこういうところがあって……しばらく見ないと思ったら、そこら辺の山で草を食べて生きてたり。お姉ちゃん自由人だから」

「それはもはや自由人とは違う何かじゃないか」


 まぁ生きてはいるが、変な姉だから心配ということか……。


「自由人だから野生化しがちなんだよね。あと、近所の野良猫やカラスを従えてる。自由人だから」

「自由人を万物に通用する言い訳と思ってらっしゃる?」


 アコはゲームが面白いのか、かちゃかちゃと操作して街中を暴れる謎のドラゴンと戦っていた。


「……戦闘あるんだ。お散歩ゲーかと思ってた」

「あと、クラフト要素と恋愛シミュレーションと街づくり要素があるよ、お姉ちゃん自由人だから」

「自由人ってすごい。……で、その姉を探してほしい……か」


 頼みたいことも頼みたい理由も分かったが……探偵でもない俺が人を探すなんてハッキリ言って無茶だろう。手がかりもないことだし。


 ……いや、そうか。手がかりがないわけじゃないのか。


「……今、建物の中の写真を撮って更新しているってことは、実装されている建物に似ているところを通ったってことか」

「うん。例えば、先日美術館が実装されたんだけど、この近辺の美術館で撮影が自由なのは……」


 ねこさんはスマホで美術館の写真を見せる。


「ここだけ、だから、ここを資料に作られてる。細部は違うけど似てるでしょ」

「ああ……つまり、街中を探索していけば行き先をある程度追えるのか」


 一応、手がかりはある。

 次に実装したそうなものを推測すれば待ち構えて追えないことはなさそうだ。


「……問題としては、単純に人手が足りないことと、あと……めちゃくちゃゲームがつまらないんだよね」

「……クオリティ高そうに見えるけどつまらないんだ」

「めっちゃつまらないよ。校長先生の挨拶をループさせた音源をスピーカーに流してたらゲーム画面ではなく校長先生の話の方に意識を持っていかれるぐらいつまらない」

「校長先生の挨拶を録音して自室で流すのは狂気だろ。……とりあえず、ウチのパソコンでダウンロードして、手分けして実装されそうな所を探すことになるのか」


 俺がそう言うとねこさんは首を横に振る。


「めちゃくちゃ重いから多分動かないかな。普通のゲーミングPCだとたぶんほとんど動かさないと思うから、うちに来てもらえると……パソコン動かすのも怖いし」

「ああ、ねこさんの家に集まればいいのか。まぁ、アコの小説の件でも集まる場所はほしかったし……いや、でもなぁ」

「でも?」

「いや、なんでもない」


 …………問題は、ねこさんとは言えど女子の家に何度も訪問するのは緊張するし落ち着かないということだ。


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